第3話
「ユウヒ……?」
誰もいない空間に呼びかけてみるが、やはり誰も応えはしなかった。早朝の静寂の中、俺の声だけが虚しく響く。一足早く出かけたのだろうか。でもだとしたらこの手紙は?外出を伝える置き手紙にしては枚数が多すぎる。
嫌な予感がする。
見たくない。
それでも手はゆっくりと、寝袋の上に置かれた手紙に伸びていった。紙の束がカサリ、と音を立てた。恐る恐る開き、角ばった文字で綴られた文章を読んでは紙をめくり、読んではまためくり……
そして最後の一言まで全てを読み終えた俺は耐えきれず紙を握りしめてうなだれた。
「バカ……俺だって……俺だって、お前と……」
* * *
ハヤテへ
急にいなくなってごめん。だけど少し話を聞いてほしい。
俺たちが初めて会った日のこと覚えてる?俺、あの時なんでハヤテが黒狼だって知ってるかは言えないって言ったよね。ね、知ってた?俺とハヤテ、前に一度会ってるんだよ。半年前の、君が双鷹の片割れを殺したあの戦闘。あそこに俺もいたんだ。俺、普段ゴーグル着けてるし、そもそもスナイパーだから顔はきっとわからなかっただろうけど。それから、殺したい相手がいるって言ったよね。あれね、ハヤテなんだ。びっくりしたでしょ。でも俺の正体知ればきっと納得する。
俺はユウヒ。双鷹の片割れだ。君が殺したもう一人の双鷹は俺の妹だ。妹は俺にとって、残された唯一の家族だった。その妹を奪った君が憎くて憎くて仕方なかった。君を見つけてすぐに殺さずにわざと近づいたのも、仲良くなってから殺せば君はよりショックを受けると思ったからだった。我ながらなかなか酷いよね。俺はずっとハヤテのこと、人の心を持たない冷たい人間だと思っていた。でも、違った。君は無意味に誰かを殺すことはしなかった。無益な戦闘はしなかった。それどころか殺した人のことを忘れてなくて、弔いをしたいとまで言った。生きたいと、死にたくないと。
どこまでも人間らしかった。どこまでも優しかった。温かかった。正しさが何かわからないこんな世界で、それでも君はきっと正しかった。だから君を殺すことはやめた。君は殺していい人じゃない。君は……ハヤテは、生きるべき人だ。
でもそれなら俺はこの気持ちをどこに向けたらいい?この憎しみを誰に向ければ俺は、妹は救われる?
ねえ、ハヤテ。俺は今日、この世界に反逆する。きっと君とはもう会えない。短い間だったけどありがとう。君にはすごく、大事なことを教えてもらったよ。願わくば、狂った世界でこの先も、君が正しくあることを。もしもまたどこかで会えたらその時はまた、友達になってくれたら嬉しいな。
ユウヒ
* * *
遠くの空で銃声が響いた。
鷹は独り、蒼穹を翔けた。誰の追随も許さぬほどの速さで。ただひたすらに、目指すべき場所へ、思いを果たすため。
狼は独り、荒野を駆けた。全てを吹き飛ばすほどの勢いで。ただひたすらに、唯一の仲間の元へ、彼を連れ戻すため。
鷹と狼は吠えた。迷いを振り切り進むため。やり場のない感情をぶつけるため。覚悟を決めるため。大事なものを取り戻すため。
嘆きのようにも怒りのようにも聞こえる二つの咆哮が、朝焼けの中、戦場に響き渡った。
その声が果たして、彼の友に届いたのかは誰も知らない。
拝啓、スコープ越しの君へ。
再び逢うことがあったなら、今度もきっと友達でいよう。
拝啓、スコープ越しの君へ 雨霧 夕 @yuu-amagiri
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