第2話
あれから1カ月が経った。が、この1カ月、特に変わったことはしていない。朝起きて装備が奪われていないことを確認し、寝床にしている廃屋から出て、適当な場所に隠れ、食料や物資を随所で調達しながら、襲撃があれば応戦する。今まで通りの日常に、ユウヒというイレギュラーな存在がいるだけだ。本当は寝床くらいは別々にしてほしいのだが
「え、一緒に寝させてくれないの?じゃあ俺どこで寝ればいいの」
「その辺に適当な場所探して野宿すればいいだろ」
「えええ……俺、さすがに死体の近くで寝る趣味はないなあ……」
「死体のない所探せば」
「それ本気で言ってる?もうこの町に死体が転がってない所なんて、居住区以外にはほとんどないと思うけど」
……というわけで俺が先に折れ、仕方なく生活まで共にすることになったのだった。
「もう1カ月かあ。早いものだね」
水筒の水を飲みながら呑気にユウヒが言う。話し方のせいなのかいつでも微笑んでいるからなのか、ユウヒは他人が苦手な俺でも一緒にいてもあまり苦にならないような人間だった。怖いと感じたのは出会った日のあの発言の時だけで、基本的には穏やかな性格のようだ。
「そうだな。それでお前は、いつ仇討ちをするつもりなんだ?」
「まだ決めてないよ」
「そうか」
仇討ちのために、君から学びたい。
ユウヒのその言葉から始まったこの生活だが、俺は正直、なんでこいつは俺の所に来たのだろうと思っている。というのもユウヒの実力は平均の遥かに上を行っているからだ。それほどの力があれば俺から学ぶことなどないだろうに。
「ねえ、ハヤテ」
そんなことを考えてぼんやりしていたら、名前を呼ばれた。
「ん?」
「その、ハヤテは、さ」
らしくもなく口ごもる。普段の態度が飄々としている分、いやに慣れなくて気持ち悪い。
「なんだよ」
「えっと、その……この国を、メギドをどう思う?こんな世界で生き抜いて、その先に君は何を見ている?何のために、戦ってる?」
「なんだよ急に」
「いいから。答えてよ」
そう言い俺を真っ直ぐ見るユウヒの表情は真剣そのもので、俺はつい後ずさった。あんまり、そういうことは考えたくないんだけどなと思ったが、その視線から逃れる術もはぐらかす器用さも持ち合わせていないのだから仕方ない。それに、今まで一人でいたからそんな話をする相手もいなかった。だからまあ、少しくらいは良いか。
「俺は、別にこの国が嫌いなわけじゃない。むしろこの国自体は好きだよ。生まれ故郷だしな。それに、なんだっけ。隣国の工業都市」
「ああ、アークのこと?」
「それだ。そのアークよりはある意味マシだ。あそこは町から出られない。出ようものなら殺される。何も悪いことはしてないのに。その理不尽さに比べたら、」
そこまで言って俺は言葉を止めた。違う、俺が言いたいのはそんなことじゃない。他所に比べたらだなんてそんな。一度だって思ったことはない。
「……いや、マシなはずないな。こんな鉛弾ひとつで全てが奪われるような狂った世界だ。正直、吐き気がする」
「でも現に君はこれまで何人も殺めてきた。『死にたくなければ殺られる前に殺れ』って言うけど、あれは生きたい人の言葉だ。君はその吐き気がするような世界で、それでも生きたい?」
「……そう、だな」
真っ直ぐに。核心だけを突いてこられると、人は素直にならざるをえないらしい。
「死にたくはないな。生き抜いてその先に何があるかはわからないけど。でも、俺には生きてやらなきゃいけないことがある」
「やらなきゃいけないこと」
「ああ」
こんなこと、他人に話すのは初めてだ。だけどユウヒになら、言ってもいい。そう思った。
「墓を立てたいんだ。今まで死んだ人の。俺が殺してしまった人の。それか教会でもいい。彼らが静かにいられる場所を作りたい」
「……へえ。随分、優しいんだね。でも何人殺してきたかなんて覚えてないでしょ。ましてやそれがどこの誰かなんて」
どこか皮肉ったらしく、だけど寂しそうにユウヒが言う。だが
「覚えてるよ」
「え」
「そりゃあ大集団相手とか顔も見えない相手はまあ、厳しいけど。大体の人は名前か顔かは覚えてる」
ユウヒの表情が固まった。
「本当に……?」
「ああ」
「じゃ、じゃあ、半年くらい前に君、俺の町との境界あたりで起きた戦闘にいたろ。あの時に殺した人も覚えてるのか」
半年前。ユウヒの指す戦闘がどの戦闘なのかはすぐにわかった。他と比べても酷いものだったからよく覚えている。
「そうだな。あの日俺は、合計で23人撃ってそのうち後で助かったのは6人だったと聞いてる。顔は皆覚えてるが…」
「名前は」
「10人くらいは。それと死んだ人の中に『双鷹』の片割れがいたって聞いてる。思い違いでなければ15、6くらいの少女のはずだ。確か名前は……」
その名前を発した時、ユウヒの肩がびく、と上下したのがわかった。
「……すごいね。確かにあの戦闘で双鷹の片割れは死んだ。まさか本当に覚えてるとは」
「お前もよく知ってるな。双鷹の片割れの名前とか」
「双鷹は俺の町で唯一の二つ名持ちだからね。本名くらいは聞いたこともあるんだよ」
「そうなのか」
『双鷹』の片割れの少女がユウヒの知り合いなのかと思って焦った俺は、どうやら知り合いではないらしいことがわかって内心ほっとしていた。そして安心した自分に驚いた。
そんな理由でほっとするだなんて。らしくもない。
「はあ……調子狂うな」
ユウヒと一緒にいるようになってから。どうにもおかしい。
ぽつりと呟くとユウヒは耳ざとくそれを捉えた。
「何が?」
「別に。何でもねえよ」
素っ気なく答えればユウヒはふうん?と首を傾げたまま遠くを見ていた。互いにそれ以上は何も訊かなかった。
帰ろうか。
瞳に映る空の色が橙色に変わり始めた頃、どちらからともなくそう言って立ち上がった。珍しく静かな黄昏だった。こんな静かな中で夕焼けを見たのはいつぶりだろう。どこからも銃声は聞こえず、帰路を行く二人の足音がいやに響いた。二人とも何も言わなかった。いつもは何かしら話すユウヒも今日だけは不気味なくらい静かだった。
だけど俺は気付かなかった。否、気付かないフリをしていた。ユウヒの様子がおかしいことに。もしそこでユウヒに何か言っていたらあるいは、結末は変わっていたのだろうか。
翌朝目を覚ました俺が真っ先に見つけたのは一通の手紙と、空っぽになったユウヒの寝袋だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます