拝啓、スコープ越しの君へ
雨霧 夕
第1話
銃声が鼓膜を震わせた。きっとこの音と共に誰かの命も弾けたんだろう。カミサマなんてのもいるのかもしれないが、俺たちのそれはどこかに失踪中のようで祈りなんて聞いちゃくれない。安寧に犠牲は付き物らしいと言っていたのは果たして誰だったろう。
「1、2……5人か」
双眼鏡を覗いて一人呟く。先刻銃声の聞こえた方角から5人、こちらに走ってくるのが見えた。瓦礫に身を隠して手元の銃に弾丸が装填されていることを確認する。物陰から様子を伺うと、5人組はもうすぐそばまで迫っていた。このまま彼らが進めば俺は確実に見つかるだろう。そしてそうなれば終わりだ。至近距離から5人に襲撃されたら勝ち目はない。
殺られる前に、殺れ。
短く息を吸い込んで瓦礫から飛び出す……と同時に一発。先頭の男の心臓目がけて弾丸を放つ。
「なっ……!?」
驚き、声を上げた隣の男に一発。続けて後ろの二人を同時に撃ち抜いた。急所を狙って撃ったから、たぶんもう皆死んでいる。あと、一人。
「ひっ……」
目だけを動かして見ると、最後に残った一人は悲鳴ともいえない情けない声を出した。仲間が一瞬にして物言わぬ骸と成り果てて、動揺しているようだった。間を空けたのは間違いだったかと、内心で自分に舌打ちをする。可哀想だとか、申し訳ないだとか、そういう情が入ると引き金を引くのを躊躇ってしまう。しかもよく見ればまだ背も伸びきっていないような少年で、今にも泣き出しそうな顔で、じっとこちらを見ていた。
「……このまま身を引くなら、お前だけは撃たないでやるけど。どうする」
無表情のまま、あくまで冷静を装って問いかける。すると少年は、ついさっきまでの情けない表情から一変し、目を剥き叫んだ。
「退くわけあるか!みんなのこと殺しやがって!!ふざけんな、ふざけんな!!殺してやる……!!」
少年の瞳にあるのは、憎しみの色。何度も向けられたことのある、だけどいつまで経っても慣れない色。真っ直ぐに突き刺さるその視線から逃げたくて俺は目をすがめた。
「う、おおあああああ!!」
少年が吠え、抱えていたライフルを構え直した。退く気は無いらしい。叫び声と破裂音と一緒に、少年の撃った弾が的外れな方向へと消えていった。
「……バカが」
なんで自分から死にに行くんだ。
ギリ、と歯を鳴らして先刻少年の仲間を撃った銃のトリガーを引く。次の瞬間、少年の身体が後ろに飛び、そして動かなくなった。それを確認してから、俺はたった今、5人の命を奪った愛銃を腰のホルダーに戻し溜息をついた。
「あっという間に5人。すごいね君」
不意にそんな声が頭上から降りかかり、俺は思わずそばにあったドラム缶に身を隠した。
気づかなかった。どこだ。どこから話しかけている?
「そんなに怖がらなくていいのに。君強いんだし。大丈夫、俺は別に君と戦いたくて話しかけてるわけじゃないよ。だから顔出してくれない?見えないまま話すの結構心が辛いんだけど」
不服そうに、だけどどこか楽しそうに声が言う。自分で言うのもなんだが、俺は勘が良いほうだし、索敵にも長けてるほうだと思う。いくら直前まで戦闘状態だったとはいえ、それでも気づけなかった相手だ。一体何者なんだ。警戒したまま、俺は声を発した。
「……その言葉を俺が信用すると思うか?本当に戦闘意志がないってんなら、まずお前から出てきたらどうだ」
「あー、なるほど。確かにそれもそうだね。じゃあ……よっと」
掛け声と共に一人の青年が目の前に落ちてきた。色素の薄い髪に中性的な顔立ち。身長の割に細い身体を黒い上着に包んでいる。武器は持っていないようだった。本当に戦うつもりはないらしい。だがまだ油断はできない。片手を腰の銃に添えたまま問う。
「どこにいた。いつから見てた。お前は誰だ」
「そんないっぺんに色々訊かないでよ、せっかちだなあ」
困ってるのかわからないような調子で笑い、青年は俺の目を見据えて答えた。
「俺はユウヒ。隣町から来たんだ。君のことはそこの5人と撃ち合いを始めるちょっと前から、この建物の三階から見てたよ、『疾風の黒狼』サン」
「っ……お前、なんで俺が黒狼って知ってんだ」
『疾風の黒狼』は俺の二つ名だ。どこの誰が付けたのかは知らないが。この国––––メギドで生き残るため、グループで行動する人が多い中、俺がいつも単独で行動して、グループの連中を一人で倒すさまが群れを成さない狼のようだから、というのが由来らしい。
「なんでってそりゃあ、有名だからね。風のように前線を駆け抜け、狩ると決めた獲物は逃さない。常に単独行動し、他人を寄せ付けない、最強の一匹狼。まあなんで君が黒狼ってわかったのかは、今は言えない、かな」
「は?なんでだよ」
「だから今は言えないって。ところで君、本名は?」
「教える必要ないだろ」
「えー、さっき俺には聞いてきたのに?それってあまりに自分勝手じゃないかな、黒狼さん?」
ニヤニヤと笑いながら正論を突きつけてくるユウヒに多少ムカつきつつも、正論に抗えず俺はユウヒの問いに答えた。
「ハヤテだ」
「ハヤテ。いい名前だね。よし、じゃあハヤテ。本題に入りたいんだけど」
「は?本題?」
「うん。まさか何の目的もなく君に近づくわけないでしょ」
「む……」
それもそうだが、突然見ず知らずの男に話かけられ旧知の仲のように接してこられた側の気持ちも考えてもらいたい。
「まあまあ、困惑するのはわかるけど話くらい聞いてよ。で、とりあえずその物騒なモノから手を離してくれない?野蛮な取引をするつもりはないんだけど。俺も今は武装してないし」
ほら、と両手を広げ、上着の裏を見せ何もないことを示す。わかった、としぶしぶ銃から手を離すとユウヒは満足そうに微笑んだ。
「うん、ありがとう。ええと、単刀直入に言うと俺が君に近づいたのは、しばらく俺と臨時でタッグを組んでほしいからなんだ」
「臨時タッグ?お前と?理由は?」
「殺したい相手がいるから」
その一言に息を止めた。あまりにさらっと、ちょっと近所に散歩に行ってくるような調子で言うユウヒに思わず慄いた。穏和そうに見えたが、どうやら俺の見立ては間違いだったようだ。
「……仇でも取るつもりか」
「まあそんなところだね」
「俺は私怨に巻き込まれるのはゴメンだ」
「もちろん殺すときは俺がやるよ。そうじゃなくちゃ意味がない。今回ハヤテに頼みたいのは、殺しじゃない。ただ、俺が君から学びたいだけだよ」
「どういうことだ」
「噂じゃ君は、敵を必ず一撃で仕留めるそうだね。てことはそれ相応の技術やら集中力やらを持ってるはずだ。俺はそれを間近で見て仇打ちのために習得したいんだよ」
どうかな?と笑顔で首を傾げるユウヒ。その目は俺に拒否権は無いと言っていて、ここで断ったら俺もいつかこいつに殺されるんじゃなかろうかと思って、
「……わかったよ」
俺はユウヒの頼みを引き受けることにした。
かくして俺とユウヒの共同戦線は幕を開けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます