第2話 襲いくる巨大な何かと意外な再会
そうして俺はこの環境の方に慣れるように専念した。予備のメガネは持っていないし、買う予算もない。それに度は合っているんだから何が見えてもそれを無視すれば何の問題もない。そもそも半透明だから逆に分かりやすいし、更にそいつらが色んな物を通り抜けても何の影響もなかったし。
何日か訓練している内に、俺はメガネを通して見える何かに全くの無関心を貫けるようにまでなっていた。
そうして風景の一部として見慣れてくると、この空中を漂うモノには何種類かの系統がある事も分かってきた。
人魂みたいな水の雫っぽい形のちっちゃいやつや、長細い布みたいなやつ、人の形をしたようなのや、獣みたいなもの、他にも常に形を変えるよく分からないのもいたかな。最後のは何となく嫌な雰囲気を感じて、寒気を覚えたりもした。
雰囲気を感じるだけで攻撃されるとかはないんだけど、今のところは。
平日はそうやって過ごしつつ、休日になれば積極的に街に出た。勿論それはあの時の少女に会うためだ。手がかりが何もない以上、街でまた偶然に出会う以外に方法がない。
商店街を歩く人々は行く度に違っていて、こんな行き当たりばったりの方法でお目当ての彼女に会える可能性は限りなく低いと言わざるを得なかった。
空中を漂う半透明は人が多く行き交う商店街が一番数が多く、逆にそう言うのが多そうな墓地はしーんとしていて全然見当たらない。その理由はさっぱり分からなかった。
分からないからそれ以上は考えもしない。今はそう言うものだと言う認識があればそれでいい。
3週間もすればメガネをかけて見える景色にも全く違和感を感じなくなっていて、漂う浮遊物を興味深く観察するくらいの心の余裕も生まれていた。
しかし、それが油断を招く結果になってしまうとは、この時は全く想像すらしていなかったんだ。
「おおお……」
それは商店街を歩きながら少女を探しつつ、浮遊物の様子を目で追っていた時だった。突然何かに吸い寄せられるように半透明の浮遊物がある一点に向けてすごい勢いで流れ始める。この現象に興味を持った俺は浮遊物が飛んでいくその方向に向かって走り出した。その雰囲気から何かすごいものが見られる気がしたからだ。
それが愚かな選択だとはこの時は微塵も思っていなかった。
そうして行き着いた先にあったのは全長が10メートルもあろうかと言う立派な半透明の何か。今まで見たどのタイプとも違い、RPGで出てくる龍型のモンスターのような禍々しい姿をしていた。長い胴体に申し訳程度の手足がくっついている。
この初めて見るタイプの何かに俺の目は釘付けとなっていた。
「うはあ、これはまた……」
今まで目にしていた半透明のそれは、ただそう言うものが見えるだけだった。だからこそ、このバケモノじみた塊も同じものだろうと思い込んでいた。そう、ヤツの攻撃が自分の頬をかすめるまでは。
「おおっ?」
あまりに見事だったそいつの姿をじいっと観察していると、偶然にもそいつと目が合った。何と、このバケモノには他の半透明と違ってしっかりと顔があったのだ。
「キョエエエエエエ!」
目が合った事でバケモノは突然火が着いたように大声を上げる。こんな事は今までにはない事だった。この大声で蛇に睨まれた蛙状態になっていると、そいつの腕が突然伸びてきた。あ、ヤバい……。
「うわっ!」
一発目の攻撃が俺の右頬をかする。痛みを感じた俺がすぐに拳で該当箇所を拭うと、手の甲にはべっとりと自分の血がついていた。嘘……だろ?
「うわああああ~っ!」
恐怖に駆られた俺はすぐにこの場から離脱しようと駆け出した。するとバケモノはこう言う物語のお約束のように逃げる俺だけを狙って一直線に追いかけ始める。
見えない人には被害がないのか、みんな何も気付かずに平然と買い物を楽しんでいた。
え? もしかしてこれ俺だけが狙われてるの? 俺が何をしたって言うの?
この時、冷静になっていればメガネを外せばいいって結論を導き出せたのかも知れない。
けれど一旦パニックになってしまうと、もうそんな判断すら出来なくなるものだ。俺は商店街の人混みを掻き分け、必死にバケモノから距離を取ろうと生まれてここまで本気になった事がないと言うくらいに思いっきり両足を動かした。力の限り走り抜いた。怖いので逃走中は全く背後を振り向けなかった。
俺はこの状況が悪夢であって欲しいと思った。寝汗をかいてガバっと布団から起き上がるとそこが自分の部屋で――そんなベタな展開である事を願った。
「グギャオオオオオウウウウ!」
背中越しに聞こえるこの奇声が願望を幻想で終わらせてくれる。少なくとも自分にとってこの状況は妄想でも夢でもない。ただの現実でしかなかった。
「わわっ!」
普段運動しない俺は運動不足な事もあって長時間走れるようには体が出来てはいない。この時、慣れない全力疾走で走り疲れた俺は足がもつれて無様にすっ転んだ。
このままだとやばい。早く立ち上がらねば……。
しかし一旦転んでしまった足は見事に脳内の司令を受けつかない。ヤバイ、このままじゃ……。
って、このままだとどうなるんだ? バケモノに食べられる? それとも――?
「何やってるの? 早く立って!」
この絶体絶命時、パニックで頭が真っ白になっている俺に手を差し出してくれる存在があった。すぐにその正体を確認しようと顔を上げると、そこにはずっと探し求めていた例の少女の姿があった。
ただし、以前とは少し違っている。何が違うのかと言えばその服装だ。前はカジュアルでラフな服装をしていた彼女が、今はチープな昔のSF映画に出てきそうなやっすいコスプレっぽい衣装を着ている。え? 何これ? ふざけてんの?
「あなた、アイツを怒らせたでしょ、ああなったらもう処分するしかない」
「俺は何もしてない!」
「どうせアイツと目が合ったんでしょ。目を見たらいけないんだよ」
「そ、そんなの知らないし!」
すごく緊迫した場面だと言うのに、少女に一方的に怒られ、俺は気分が悪くなる。それでも立ち止まっていると言う事実は変えようもなく、背後からものすごい勢いでバケモノが近付いてくる気配をビンビンに感じていた。
「だから早く起きなさいってば!」
俺は少女に腕を引っ張られ、無理やり起こされる。そのタイミングでうまい具合に彼女にメガネを外された。
「何を!」
「はい、これあなたのでしょ」
すぐにメガネを交換され、俺は本来のメガネを装着する。これで俺はもうバケモノの影響を受けない……はずだった。
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