その眼鏡は不可視なものを映し、やがて俺は途方にくれる
にゃべ♪
見えすぎるメガネ~世の中には見えなくていいものもあるのだ~
第1話 突然見え始めてしまったッ!
俺は休日に街をブラブラしていた。地方の中堅都市でも休日になればそれなりに人が歩いていて割と賑やかなものだ。暇だからと商店街にやってはきたものの、最初から目的がなかったためにすぐにこの人混みに飽きてしまう。
こんな事ならショッピングモール内の映画館に行って流行りの映画でも観れば良かった。スマホで時間を確認すると13時12分。今日は天気もいいし、今からもっと人が増える時間帯だ。
さて、これからどうするかな。取り敢えず書店にでも行ってみるか。もしかしたら掘り出し物の本に出会えるかも知れな――。
「うわあっ!」
行きつけの書店に行こうと進行方向を変えたその瞬間だった。俺は向こうから歩いてきた人とぶつかってしまう。何たる不覚。お互いに道路に尻餅をついた後、そこで自分の身に起きた違和感に気付く。メ、メガネがない。
どうやらぶつかった衝撃で外れてしまったらしい。俺の視力は裸眼でも何とか普通の生活が出来るギリギリの0.1くらいだ。メガネなしでは遠くの景色がぼやけてしまう。早くメガネを探さなくては……あれ?
「あの、すみませんでした」
「い、いえ……」
ぶつかった相手――多分中学生くらいの女の子――もメガネを落としたらしく、素早くそれを拾ってかけていた。俺もすぐに自分の落としたメガネを拾う。幸いな事にレンズに大きな傷もなくそのまま普通に使えそうだ。
メガネをかけ直した時に少し頭痛がしたけれど、これは別にネガネのせいではないだろう。ふいに頭痛が襲うなんてよくある話だし。
俺にぶつかった女の子は先に立ち上がると、ペコリと頭を下げて雑踏の中に消えていった。もしかしたらこの出会いが何かしらのきっかけになって人生を大きく変えていくかもとか思ってはみたものの、現実はそんな物語のようにはならない。
俺はため息を吐き出すとおもむろに立ち上がり、腰をパンパンと手で払った。
書店に入った俺はお気に入りのジャンルの並ぶ本棚に向かう。新たな出会いを期待したものの、特に新刊が入荷された形跡はなく、ラインナップは特に変わり映えしてはいなかった。
落胆しながら店を出ると、目の前をスーッとおばけみたいな半透明な生き物が横切っていく。メガネを外して目をこすって裸眼で見ると、そんな生き物はどこにもいない。
もう一度メガネをかけ直して凝視しても、もうそこには代わり映えのない見慣れた商店街の景色が見えるだけ。俺はすぐに何かの見間違いだと自分を納得させはしたものの、ちょっと怖くなって一旦家に戻る事にした。
家に帰る途中でまたしても半透明の物体を目撃する。そいつもまたスーッと空中を浮遊していて、目で追っていると同じようにスーッと姿を消した。俺は心霊現象は目に見えたら信じる派なので、この状況に困惑する。
仮に自分に霊能力が目覚めたとして、そのきっかけは何だったのだろう? 思いつくとしたらさっきぶつかったあの件くらいしか思い浮かばない。
もしかしたらあの女の子は特殊な霊能者か何かで、接触した人を霊能力に目覚めさせるとかそう言うのかも知れない。
「まさか……ね」
俺はそうつぶやくとダッシュで家に戻った。体はガクガクと震え、恐怖で顔は多分顔面蒼白になっているような気がする。今まで見えなかったものが見えると言う事がこんなにも恐ろしいものだったとは知らなかった。
ホラー映画なんかで登場人物がやたら怯えているのも演出とかじゃなくて、アレはきっとリアルな反応だったんだな。
「あ、お兄ちゃんお帰り。早かったね」
「さおり、お前のクラスメイトに霊能者とかいる?」
「は? 知らんけど」
妹のさおりは中学二年生。あのぶつかった少女も見た目はそのくらいだった。だからもしかしたら彼女の事が分かるかもとダメ元で質問してみたものの、やはりそんなに話はうまく行かなかった。
じゃあ今度はもう少し話を広げて聞いてみよう。
「なぁ、クラスで霊能者の噂とか聞いた事は?」
「あんなのってみんなインチキなんでしょ?」
「……知らないならいいよ」
「変なの」
質問がおかしすぎたのか、妹は不思議そうな顔をしながら自分の部屋に戻っていった。うーん、何の手がかりも得られなかったか、残念。地元に中学校は他にもあるし、あの子は他校の生徒だったのかも知れない。
ただ、もし霊能者と言う事を隠して生活していたとすれば更に探すのが困難になる。どうにかもう一度会ってこの現象について彼女に話を聞きたいんだけど……。
もしかしたら俺はこの自分の身に起こった出来事を受け入れるのに誰かに承認して欲しかったのかも知れない。
自分の部屋に戻った後、PCを立ち上げるとすぐに霊能関係のサイトを片っ端から閲覧する。どのサイトでもそれらしき記事を目にするものの、どこかに引っかかりを感じてしまい、結局は悶々とするだけだった。
俺は家にいる間はテレビを見る時とかPCを触る時以外は裸眼で過ごしている。だからだろうか、流石に家の中では半透明の何かを見る事はなかった。
そう、見えないものはメガネをかけて外にいる時だけに見える現象なのではないかと俺はそう推測していたのだ。家の中では見るものが決まっているのでメガネをかけていても見えないのだと。
改めてかけていたメガネをよく観察するとこの予想は的中していた。これは自分のメガネじゃない。かなりそっくりなものの、フレームに印字されている文字がアルファベットを模した見た事のない謎の記号だったのだ。多分ぶつかった時に少女が間違って俺のメガネをかけてしまったのだろう。
つまり、霊能力に目覚めたのではなく、この特殊なメガネのせいで見えてはいけないものが見えていたと言う事。偶然だとしても度が自分の視力と合っていたために間違いに気付かなかったんだと思う。
この霊の見えるメガネをかけていたあの少女は一体――。
で、この自説を証明するには家の中であちこちメガネをかけたまま見渡せば済む話ではあるんだけど、逆に怖くてそれをする事は出来なかった。家の中でおばけが浮遊しているだなんて、もしそれが本当だったならもうどこにも安住の地は存在しなくなってしまう。
せめて家の中だけでも不安からは開放されていたかったのだ。
次の日、俺は高校に行くためにこのメガネをかけて外出する。何事も起こらないように、変なものが見えないようにと願いながら……。
って、玄関開けたらいきなりいたけどね。半透明の長ぼそーいやつ。ここら辺てこんなに未成仏霊が多いものだったのか?
驚いた俺がたじろぎながらすぐにメガネを外して確認すると、やはり裸眼ではおかしなモノは何ひとつ確認出来なかった。
じゃあ裸眼で行けよって話にもなるけど、実際、それは出来ないんよだな。家の中ならともかく、外に出て裸眼ってそれはそれで危険すぎる。遠くが見えないとどんなトラブルに遭ってしまうか。
例えば車が飛び出してきたら逃げ切れない気がするし、とにかく路上は視力が確保されていないと危険すぎる。
幸いな事にメガネをかけて見えてしまう半透明な何かは、ただ目の前を通り過ぎるだけ。間違ってもこっちに向かって襲ってくる事はない。
うん、じゃあこっちが気にしなければいいだけじゃあないかあ。気にしない気にしなーい。あはははは……。
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