旅館

 旅館に着いた俺たちは持ってきた荷物を置き、寝巻きに着替える。寝巻きといっても、室内用の浴衣ではあるが。

 浴衣なんてもう10年以上は着ていないため、若干戸惑う。


「見てみて!パパ! 似合ってる?」


 俺よりも早く着替え終えていた陽菜が俺の方を見て聞いてくる。同じ浴衣のため、誰が着てもさほど変わらないと思っていたが、やはり顔が可愛い人は何を着ても他の人よりも可愛く見えてしまうということを実感した。陽菜もその1人だということを改めて感じた。


「似合ってるよ。寧ろほんとに俺と同じ浴衣なのか? っていうレベル」

「あはっ、ありがとっ! パパも十分似合ってるよ?」

「そ、そうか?」

「はい! そこは私が保証します!」

「ははっ、陽菜が保証するってんならそうなんだろうな」

「はい! それでこれからどうするの? もうお風呂入る?」

「それもそうだな。汗も流したいしな。夜ご飯食べたらもう一回行こうかなって思ってる」

「昼と夜でまた違った感じになっていいかも」

「何回入っても温泉はいいからな〜」

「そうだね! パパってそんなにお風呂好きだったっけ?」

「普段は一回入ればそれでいいが温泉になると話は別だ」

「そうなの?」

「そりゃーな。こんな機会滅多にないんだし、楽しまないと損だろ?」


 せっかく温泉の有名なところに来ているってのに、一回しか入らないとかお金もだけど、なにより勿体無さすぎる。


「それもそっか。もう二度と来ることないかもしれないもんね」


 陽菜は目に見えて落ち込んでいた。

 今までは知らんが、確かに旅行なんてそんな何回も行ける事の方が少ないよな。

 俺だって家族と旅行なんて行った記憶がないし。


「今日の温泉次第だな。ここの温泉がよかったら、他の場所にも行こうぜ」

「えっ? また旅行に連れてってくれるの?」

「この温泉次第だがな」


 なんて言ってるが、この温泉がどうであれ、陽菜とまた旅行するのは決定事項なんだが、今ここで『今度また旅行行こうぜ』って言ったら面白くないし。


「いい湯だったらいいなぁ〜」

「まあな。疲れがとれたように感じれればいいな」

「そうだね」

「おう」

「なら、早速行こー!」

「それもそうだな」


 俺たちは下着をもち温泉へと向かった。

 中に入り着替え終わり扉を開けた瞬間、俺は感動した。

 そこからの景色は、やはり有名どころなだけあって、とても綺麗だった。

 思わず声が出そうになったくらいだ。昼でこんな感じなら、夜はもっと凄くなりそうだなと今からワクワクする俺であった。


 身体を洗い、湯船に浸かる。少し熱いが、それでも最高だ。


「あ〜、身体に染みるな。今までの疲れがとれる気がする」


 そう1人ごちた。

 流石に周りに人が沢山いるため大きな声では言えなかったが、思わず小さい声で言ってしまうくらい、気持ちがいい。


「これは何時間でも入ってられるな」


 なんて思っていたが、やはり少し熱いのが後になって響いてきた。


「1時間ももたんな、こりゃ」


 我慢できなくなった俺は、速やかに出てしまった。




 部屋に行くと、既に陽菜はそこにいた。


「随分と早かったな」

「今は汗を流したかっただけだしね。あっ、と言ってもちゃんと堪能してきたよ? パパも早かったね? 堪能して来るんじゃなかったの?」

「俺もその予定だったんだがな。少し熱かったせいで少しのぼせそうになっちまってよ。だから出てきた」

「そうなんだ。そう言われて見ると、確かに少し熱かった気がする」

「いつも風呂の温度38度くらいだったからなぁ〜。40度超えると熱いな」

「いつも42度くらいで設定してるよ? パパは入るのが遅いから、ぬるくなってるのに入ってるからだよ」

「それもそうか。いつも陽菜が入る時間に沸かしてるもんな。ぬるくなるのも当然か」

「はい!」

「まぁ夜までは暇だし、卓球でもして来るか?」


 風呂から出た時に少し確認したが、確か卓球台があったはずだ。俺の見間違いって事もあるが、まぁそれはそれで旅館の中を見て回れたという事でよしとしないとな。


「さっきお風呂入ったばかりだよ? また汗かかないといけないの?」


 少し嫌そうな顔で言われたため、申し訳なく思う。

「それもそうか。悪いな」

「ごめんごめん、嘘だよ。卓球しに行こ!」


 俺の反応が面白かったのか、笑いながら謝ってきた。

 結局卓球しに行くことにはなったが、なぜ1回目で頷かなかったのかが謎だ。まぁでも、嫌じゃなかったのは良かった。


「そんじゃ、卓球しに行きますか!」

「はい!」




 卓球台のところに着き、俺の見間違えじゃなかったんだなと安心する。


「パパ、早くやりましょっ!」

「そうだな。そうだ、ただやるだけじゃ面白くないし、陽菜が俺に勝ったらなんでも言うこと聞くよ。欲しいものがあれば言ってくれれば買うし。あっ、高いもの以外でね」

「いいの?」

「おう! その方が楽しいだろ?」

「なら、パパが勝ったら、私を抱き枕として寝る時抱きしめててもいいよ!どこ触ってもいいからね!」

「いや、抱きしめてきてるの、いつも陽菜からだよね? 結果毎日抱きしめあって寝てる気がするんだが。それにどこ触ってもいいとか、そんなこと言うなよ」


 やはり陽菜は変態だということがわかった。前々から変態だとは思ってたが、ここまでだったとは。というか寝てる時、抱きしめあってるんだから無意識のうちに触ってるかもしれんしな。


「私にはこれくらいしかできないもん。パパが喜んでくれるの、私知らないもん」


 泣きそうになりながらそう訴えてくる陽菜を見て、少しびっくりした。

 今までの行動は俺を喜ばせるためにしていたのかと、少し嬉しくもなったが、流石にエロの方向で来るとは誰も思わないだろ。


「なら、俺が勝ったらその抱き枕権にしてもらおうかな。それでいいんだよな?」

「はい!」

「なら始めるか」


 淡々と卓球したが、これが失敗だった。陽菜が強すぎて手も足も出ない。さっきまでのやり取りはいったいなんだったのかというくらい、相手にされていなかった。

 そうこうしているうちに、もう陽菜のマッチポイントだ。それも普通にスマッシュをうたれて、終わった。


「陽菜強すぎだろ。卓球部とかに入ってるのか?」

「入ってないよ〜。授業中やってただけだよ!」


 むしろ授業中しかやってないのにこんなに強いのかよ。どう考えても卓球部より強いと思うんだが。俺も少しだけだが卓球経験者なんだが、ここまで手も足も出ないとなると、びっくりするしかない。今からでも卓球部に入るべきだろ。


「私が勝ったって事は、パパはひとつだけなんでも言うこと聞いてくれるんだよね?」

「おう。そういう約束だしな」

「やった! なら、今日の夜に言うね!」

「わかった。んじゃ、いい汗もかいたところだし、また風呂にでも入ってこようかな」

「またお風呂に入るの? なら今は部屋についてる露天風呂でいいんじゃない?」

「それもそうだな。楽しみだな」

「はい!」


 俺たちは部屋に戻り、早速温泉に入る。先に陽菜に入らせようとしたが、後からでいいと言われたため、先に入らせてもらうことにした。


「ふぅ。運動した後の風呂は気持ちがいいな」


 深く息を吐きながら1人そうごちた。

 しばらくお風呂に浸かっていると、唐突に扉が開く音がした。

 振り返ってみると、そこにはバスタオルを巻いた状態の陽菜がいた。


「パパ、背中流してあげるね!」

「ちょっ、なんで入ってきてるんだよ。それにバスタオル1枚ってどんな神経してるんだよ」

「えー、温泉といったらこのシチュは逃さないでしょ? 学校の男子たちが言ってたよ。これされたら嬉しくない男はいないって」

「た、確かにそうかもしれんが、俺にしなくてもいいだろ」

「いつもお世話になってるパパのためだもん」

「そ、そうか」


 そう言われると、断りづらくなってしまう。まぁ嬉しくなかったわけでもないし、背中流してくれたら出て行くと思うし、早めに終わらせよう。


「なら頼もうかな」

「はい! 背中向けて」

「おう」


 陽菜は手にボディーソープをつけると、泡を立ててそのまま洗い始めた。

 いや、なんで手で洗ってるんですかね? ここはスポンジとかにつけて洗うだろ。


「お、おい。なんで手で洗ってるんだよ。スポンジとかにつけろよ」

「えっ? 自分の身体洗うときは、いつも手だからいつも通りに洗ってるだけだよ?」

「いや、女子はそうかもしれんが、男は違うんだよ。スポンジとかにつけてから洗うんだよ」

「へー、そうなんだ。でも、今回は手で洗うね!」

「いやなんでだよ!」


 思わずつっこんでしまったが、俺は悪くない。


「すぐ終わるから! 」


 そう言って陽菜はまた再開する。

 背中を洗い終わり、これでやっと終わりかと思った俺だが、まだ終わっていなかった。


「前も洗うね!」

「いやいや、流石に前は洗わなくていいから。自分で洗うから。陽菜は早く出てくれ」

「ご、ごめん。ならもう出るね」

「背中洗ってくれてありがとな」

「はい!」


 陽菜が風呂場から出て行ったのを確認して、ふーとため息を吐いた。

 今回は俺のためにやってくれたみたいだし、今回はよしとしよう。流石にバスタオル1枚で入ってくるとは思わなかったが。

 それにしても、バスタオル越しに見た陽菜はスタイルよかったな。などと考えると、少し興奮してくる。


「ったく、もっと自分の容姿とか気にしてくれってんだ。身長が低い以外は普通に発育はいいんだからよ!」


 半ばきれ気味に呟いた。この気持ちを陽菜にぶつけるわけにもいかないし、どうしたもんか。俺はもんもんとしたまま風呂から出た。


「上がったぞ〜」

「なら、次は私が入ってこようかな」


 そう言って陽菜は風呂場に向かう。

 何十分かして、陽菜が出てきた。


「上がったよ〜」

「ちょうどよかった。夜ご飯もうくるみたいだから、座って待ってようぜ」

「はい!」


 数分すると、ご飯がたくさん並べられた。


「すげー美味そうだな!」

「そうだね! 食べるのがもったいないよぉ」

「食べてやんないと失礼だろ? んじゃ食べますか!」

「そうだね」


 いただきますをして食べ始める。

 どれを食べても美味しくて、満足のいく夜ご飯になった。


「パパ、さっきの続きなんだけど」

「さっきの続き?」

「なんでも言うこと聞いてくれるってやつ」

「あー、あれか」

「はい! それで、お願いなんですけど」

「なんでも言ってくれ」

「また、私とこんな風に旅行に行ってくれますか?」

「なんだ、そんなことか。いいに決まってるだろ?」

「いいの?!」

「おう!」

「よかった〜。そういえば、朝なんでこの服着てるのかって言ってたよね?」

「確かそんなこと言った気がする」

「この服着るときは、パパとの特別な日に着たいなって思ってたの。今日が私にとって特別な日だったんだ。家族と旅行なんて小さいとき以外行った記憶ないし。だから、パパと旅行できて、私は嬉しい。それだけで沢山の嬉しいをパパからもらうことができたの」

「そうだったのか」

「だから、パパが喜んでほしくて背中流してあげたいなって思ったんだ。結果的に迷惑にしかなってなかったと思うけど」


 ははっ、と笑いながら陽菜は俺に話してくる。

 たく、いつもいつも俺のこと考えてくれてたなんて、可愛いとかあるじゃねーか。


「正直、恥ずかしいってのもあったが、嬉しかったぞ。俺のためにしてくれたことを嬉しく思わないわけないだろ?」

「ほんと?!」

「おう。嬉しかったぜ。バスタオル越しだが、陽菜ってスタイルいいんだな」

「なっ、どこ見てるの?! 変態!」

「うっせ。ガラス越しに見えるだろ。それに変態は陽菜だからな」

「それは、そうだけど」


 そのあとの俺たちは、楽しい気分で夜を過ごした。



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