教育係2

「水原さん、何度同じこと言えばいいんだ? こうもミスばっかりされると困るんだが」

「す、すみません。すぐに直してきます」

「頼んだぞ」

「はい」


 教育係に任命されて1週間ほどたち、普段の感じで接することができるようになった。それはよかったんだが、こうもミスばかりされるとたまったもんじゃない。

 最初会った時は、仕事ができるイメージだったが、次の日にはそのイメージが180度変わった。

 もしかしたら前の教育係の人も、耐えられなくなり、結婚したと同時に辞めたのかもしれない。よく考えたら、別に結婚したからといって辞める必要はないんだしな。って、流石にそれは俺の思い込みがすぎるな。


「秋本〜。今日も大変だね〜」


 隣に座っている野田に急に声をかけられた。

 一瞬びっくりしたが、なんとか表情に出さないようにした。


「まぁな。毎回毎回ミスしてばっかで大変だよ」

「怒る時は怒ったらいいのに。秋本優しすぎなんじゃない?」

「なんか、水原さんを見てると怒るに怒れなくなるんだよな」

「なんで?」

「水原さんが一生懸命やってくれてるのは見てればわかるし。それに、何度ミスしても最後までちゃんとやってくれるしな。たとえ失敗続きでも、頑張ってる人を俺は怒れないかな」

「やっぱ秋本って優しいよな。俺なら普通に怒ってるかも」

「というよりも俺の場合、女性を怒るなんて事出来ないしな」

「あ〜、そういや秋本って女性苦手だっけか。忘れてたわ」

「苦手っていうよりは、長年関わってこなかったせいで、どう接すればいいのかがわからないんだよな」

「なるほどな。それじゃ、これからも秋本は女性を怒ることはないって事か」

「まぁそうなるな」

「そっか。ならこれから女性に慣れてかないといけないぞ?」

「そうだな」


 そう言って俺は自分の仕事に目を向けた。ここ最近残業ばかりしてたし、今日は早く帰んないとな。




「秋本さん、秋本さん!」


 自分の仕事に集中していたせいか、水原さんに肩を叩かれるまで気づかなかった。


「っと、悪いな。気づかんかった。出来たのか?」

「は、はい。多分大丈夫だと思います」

「どれどれ」


 水原さんが書いた物に目を通していく。注意したところもきちんと直っており、感心していたが、字の間違いを何箇所か発見した。まぁこのくらいなら後で直しとけば問題ないし、今回はよしとしよう。


「あ、あの。どうですか?」

「あー、字の間違いが何箇所かあるかくらいで、他は問題なかったぞ?」

「ごめんなさい。直してきますね」

「あー、別にいいよ。俺の方で直しておくからさ」

「で、でも」


 水原さんは凄い申し訳ないような表現をしていた。

 別に字の間違いくらいなら、直すのにそんな時間もかからんし、気にしなくてもいいのにな。


「時間もかかんないし、俺が直しとくよ。それより、もう時間だし、先に帰ってていいからな?」

「いえ。秋本さんが私の直しをしてくださるのに、私だけが先に帰るわけにはいきません」

「そうか。なら後5分くらい待っといてくれ。すぐ終わらせる」

「……はい」


 そうと決まれば、早く直さないとな。じゃないと帰れそうにないし。

 手を動かしつつ、チラッと水原さんの方を向くと、下を向いて申し訳なさそうにしていた。

 ったく、今までそんな態度とったことなかっただろうに、いきなりどうしたってんだまったく。

 ……早く終わらせるか。


「もう終わったし、帰るぞ?」

「は、はい」

「そんじゃ、お疲れさん」


 その場を後にしようとした俺だが、水原さんに止められた。


「あのっ! この後時間ありますか? もしよろしかったらご飯でも食べていきませんか?」

「た、確かに腹減ったしな。なんか食べてくか」


 陽菜が家でご飯を作って待ってくれていると考えると申し訳なく思うが、陽菜の事は内緒にしてるから言うわけにはいかんし。それに上手く断る方法を俺は持ってない。

 いや、むしろ喜ぶべき事なんじゃないか? 女性と食事に行けるのなんて、あれが最後だと思ってたし。それに、なんか不安ごとでもあるみたいだしな。教育係としてフォローできる事はしてやんないとな。


「何食べますか?」

「なんでもいいぞ?」

「なら、ファミレスでもいいですか?」

「俺は問題ないが、水原さんはそれでいいのか? もっとオシャレなところでもいいんだぞ?」


 わざわざ俺に気を使う必要なんてないのに。

 そう思っていたが、帰ってきた言葉は意外な事に肯定的な返しだった。


「ファミレス結構いいじゃないですか。美味しいし、何より安いですし」

「確かにな。わざわざ高いところに行く必要もないか」

「そうですよ。レストランとかって、無駄に気を張って、疲れちゃいます。美味しいもの食べても美味しいって感じませんもん」

「わかるわ、その気持ち」

「ですよね!」

「おう」

「なら行きましょう!」

「そうだな」

「ゴストでいいですよね?」

「いいぞ」

「ならいきましょう!」

「おう」


 俺たちは近くにあるゴストに入った。

 席に着き、注文を決める。俺の方は注文を決めたが、水原さんはまだ決まっていないようで頭を悩ませていた。


「何と何で悩んでるんだ?」

「ハンバーグにウインナーがついてるのと、チーズハンバーグのどっちかで悩んでるんですよね〜」

「俺もチーズハンバーグ食べたいと思ってたし、その2つにするか」

「いいんですか? 無理してませんか?」

「無理も何も、俺も食べたかったやつだからな」

「なら、その2つ頼みますね。……すみませーん」


 水原が店員を呼び、素早く注文を済ませる。

 注文を聞き終わった店員さんは厨房の方に戻って行く。

 注文が終わると、なぜかシーンとしてしまった。まぁ元々俺は喋る方でもないし、女性相手なら尚更喋れない。今は普通に話せているとは思うが、話題提供するだけの話術は持ってない。


 しばらく待っていると、注文した品が届いた。

 それをお互い無心で食べた。

 そろそろ食べ終わる頃に、唐突に声をかけられた。


「……秋本さん。私、この仕事向いてないですよね。こんなにミスばっかして、秋本さんには迷惑しかかけてませんし」


 どこかで聞いたことあるような事を言われたため、思わずため息がでる。


「あのなぁ、人は誰でもミスはするんだよ。それの何が悪いってんだよ。むしろ今はミスしていいんだよ。俺に迷惑かけていいんだよ。そうやって成長していけばそれでいいだけの話だろ?」

「で、でも」


 水原さんは今にも泣き出しそうになっていた。

 側から見たら、俺が泣かせてるみたいになってるんだが。


「まぁ、なんだ。水原さんは何度ダメだって言っても、きちんと最後まで仕事してくれてるしな。今はそれで十分だよ。むしろ頑張り過ぎなくらいだな」

「ふふっ、なんですか、それ」

「俺なんて、上司に怒られるのが嫌で、時間ギリギリに出してたりしてたこともあったからな」

「そうなんですね」

「おう」

「私、これからも頑張りますね! 秋本さんに相談して良かったです! ありがとうございました!」

「それは何よりで。っと、そろそろ帰るか」

「そうですね」


 会計を済ませカストを出た俺たちは、そのまま帰った。夜だし危ないからと思い送って行くか聞いたが、大丈夫と言われたため、そのまま別れた。

 よく考えたらすげーキザな台詞を言っていたなと思い恥ずかしさが込み上げてきて頭を抱えながら帰る俺であった。

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