変化

教育係 1

「あれからどんな感じなんだ?」


 休日明けに、野田が急に聞いてきた。


「前と何も変わってねーよ」

「てことは、まだ一緒に寝てんのか?」

「ああ、まあな」

「この前、布団買うって言ってなかったか?」

「布団はもちろん買ったさ。だがな、こればかりはどうにもならんかった」


 俺が話した途端、野田はなにかを察したのか、呆れたような顔で俺のことを見てきた。

 俺だって一緒に寝たくて寝ているわけではないということを、わかっていただきたい。誰だって女性が泣きそうになってたら、言うことを聞いてしまうだろう。それと同じだ。


「……たく、なにやってんだよ。一緒に寝るのだけはやめとけって言ったよな?」

「俺だってちゃんと言ったさ。だが、泣きそうになったんだぞ? 断れるわけないだろ」

「ほんと、秋本はお人好しだなぁ。まぁ、間違いさえ起こさなければいいか」


 なかば、投げやりな感じで言われてしまった。

 俺が悪い事は確かだし、そう言われてもしょうがない事は分かっている。


「そういや最近、パパって呼ばれるようになったんだった」

「はぁ?」


 今日1番大きい声がでていた。それくらい野田は驚いていた。

 赤の他人の事をパパって呼んでれば、誰だって驚くのも無理はない。俺も初めてパパって呼ばれた時は言葉を失ったくらいだから、野田の反応は当然っちゃ当然なんだよな。


「そういうプレイが好きなのかな。あ・き・も・とくん?」

「いや、プレイってなんだよ。全然そんなのじゃないから。なんか、今のパパは俺だから、パパって呼んでるんだと」

「……なるほどな。たしかに陽菜ちゃんからすれば、秋本はパパっていう位置付けになるってことか」

「せめてお兄さんにしてほしかったんだがな」

「お兄さんって」


 なにが面白かったのかわからんが、野田がクスクスと笑いだした。それを見て、少しだが腹がたつ。


「なに笑ってんだよ。笑う要素どこにもなかっただろ?」

「いや、秋本がお兄さんだったらって想像してな。下の子の面倒見てる姿を想像すると、少し笑える」

「ひでーやつだな」

「悪い悪い」


 一応謝ってはいるが、まだ笑いが止まっていないのか、手を口元に当てている。

 なにが笑いのツボにはまったのかがわからないが、流石に腹が立ってきた。


「ごめんって。そういや、朝来た時部長が秋本の事呼んでたこと言うの忘れてた」

「いや、それかなり大事な事じゃねーか。笑ってる場合じゃなかっただろ。それ、今からでも大丈夫なのか?」

「多分大丈夫だと思う。そんなに急ぎって感じじゃなかったし。ただ、昼休憩が終わる時間までには来てほしいとは言ってたな」

「いや、それならもっと早く言ってくれよ。後20分くらいしか時間残ってないじゃん」


 部長から言われていた事をすぐ言わないってことがあるのか? せめて昼休憩に入ってすぐに言って欲しかった。


「ごめん。ほんとごめんな」


 野田を見ると、申し訳ないというような顔をしていたため、怒るに怒れなくなった。

 誰しも忘れることぐらいあるよな。それになにも時間オーバーだったわけでもないし、今回は許すとするか。


「まだ20分あるし、まだ間に合うだろ」

「今度、何か奢るよ」

「別に気にすんなって。そんじゃ行ってくる」

「悪かった」


 最後にもう一度謝ってくる野田に、やっぱいいやつだなと思ってしまう。

 普通の人ならこんなに謝ってこないだろうに、野田はその辺しっかりしているからな。俺なら、一回謝ったら、その後謝る事はしないと思う。女性の場合はわからないが、男友達ならそれで許してくれるだろうと勝手に思ってしまうだろうしな。

 ほんと、いい友達もったな。




「部長、遅くなりすみませんでした」


 深く頭を下げ謝った。流石に来てくれと言われた時間のぎりぎりに来たのはまずいだろうし。


「頭をあげてくれ、秋本くん」

「……わかりました。それで、私はどうして呼ばれたんですか?」

「秋本くんに頼みたいことがあってね」

「頼み事ですか?」


 頼み事とはなんだろうか。まさか出張とかの話じゃないだろうな。それだと困るんだが。


「君に新人の教育係になってもらいたくて呼んだんだ」


 なんだ、出張の話じゃなかったか。とりあえず良かった。


「それは別にいいんですけど、確か新人の教育係って、他の方たちに分担されてませんでしたか?」

「そうなのだが、この前教育係の人が結婚してしまってね。寿退社してしまったんだよ。どうしたもんかと悩んでいたんだが、新人の人が秋本くんを希望してね。今にいたるわけなんだ」

「はぁ」


 なんでその新人が俺を希望したのかが今いちわからないが、俺に部下なんてまだ早い気がする。俺が人に教えるなんてできそうにないが、部長の頼みを断るわけにもいかないしなぁ。


「どうだい? 引き受けてくれるかい?」

「……わかりました。頑張ります」

「ありがとう、秋本くん」

「それで、その新人は誰なんです?」

「水原くんだ」

「わかりました。なら、俺の方から声かけときますね」

「そうしてくれると助かるよ。それじゃあ、秋本くん。頼んだよ」

「はい。失礼しました」


 その場を後にした俺は、まず水原という人を探すことにした。名前は部長に聞いてわかったが、顔を知らないためどうしたもんか。


「秋本。部長の話なんだったんだ?」


 考えていたら野田に声をかけられた。

 野田に聞いてみたらわかるかもしれないし、聞いてみるか。


「なんか、新人の教育係になってほしいんだとさ」

「へぇ〜、誰の教育係になるんだ?」

「水原さんって人らしいんだが、野田知らないか?」

「あ〜、あの人か。それなら知ってるぞ」

「ほんとか?! 今どこにいるかわかるか?」

「あそこにいるぞ」


 野田が指でした方向を向くと、そこには女性の姿があった。

 部長が水原くんって言ってたから、てっきり男の人だと思っていたが違ったみたいだった。


「教えてくれてありがとな。ちょっくら話してくるわ」

「おう。行ってら〜」


 女性かぁ。正直苦手なんだが。

 ……しょうがない。覚悟を決めて話しかけるか。


「水原さんだよね?」

「はい! そうですよ!」

「今日から水原さんの教育係になった秋本だ。よろしく頼む」

「はい! 秋本さんを推薦した水原千里みずはらちさとって言います! よろしくお願いします!」


 ニコッと微笑んだ姿はとても可愛らしかった。

 髪はセミロングできちんと手入れされていて綺麗だ。胸がほとんどないに等しいが、顔が童顔なためそれはそれでありだ。


「なんで俺を教育係に指名したんだ?」

「そんなのなんでもいいじゃないですか。それより、よろしくお願いしますね?」


 早口で言っていたためあまり聞き取れなかったが、理由は言えないということはなんとなくわかった。


「こちらこそよろしく」

「はい!」


 普通に仕事できそうな人で良かったと思っていた。

 だが、これからが大変になるとはこの時の俺はわかっていなかった。

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