帰宅

残業してしまった。

出来るだけ早く帰りたかったが、最寄り駅に着いた頃には21時を回っていた。


「陽菜、ちゃんと飯食ったかな」


家にいるであろう陽菜の事を思い浮かべる。

朝食を見るに、料理はできるからそこまで心配はしていないが、俺の帰りを待っている可能性もある。


「早く帰んねーとな」


小さく呟いて俺は家へ向かった。

とその前に布団でも買いに行くか。



鍵を開け中に入ると、中から美味うまそうな香りがただよってくる。

リビングに向かうと、陽菜はご飯の支度を終わらせて、おかずにラップをかけている状態で椅子いすに座っていた。


「陽菜、わざわざ俺の帰りを待ってなくていいからな? お腹空いたと思ったら食べていいんだぞ?」

「そんなの寂しいじゃないですか。私は一緒にご飯を食べたかったんです!」


力強く答えた陽菜に、これは何かあるなと思った。


「なんでそこまで一緒にご飯食べたいんだ?」

「私、誰かと一緒にご飯を食べた事、物心ついた頃からないんですよね。秋本さんと一緒にご飯食べた時、とっても楽しかったんです! これが誰かと食べる事なんだなって実感した瞬間でした」


感情のこもった声だった。

そういえば、前に両親との思い出はあんまり無いとか言ってたような気がする。そりゃ〜1人でご飯食べてもなんも美味しく無いよな。

俺もお袋亡くなった時からそうだったし、陽菜の気持ちわかってるつもりだったのに。

俺、情けねぇな。

何が『陽菜の気持ちわかってるつもりだ』だよ。全然わかってなかった。

俺はその場で頭を抱えていた。


「秋本さん?」


陽菜は俺の行動に心配になったのか、声をかけてくれる。


「いや、なんでもない」

「ならよかったです!」

「おう。まぁ、俺が遅くなる時とかは先にご飯食べててくれた方が、俺的には嬉しい。じゃないと心配で仕事に手つけられなくなっちまう」


出来るだけ早く帰って、一緒にご飯を食べると心に誓った。といっても残業あるときはどうしようもないんだがな。


「なら21時までは待っていることにします。それでも来なかったら先に食べてますね?」

「そうしてくれると助かる」

「出来るだけ早く帰ってくれたらなぁ、なんて思っちゃいけませんよね。仕事忙しいのわかってますから」


陽菜は寂しそうな顔をしていた。

それを見るとなんともいえなくなってくる。


「まぁ出来るだけ早く帰ってくるようにするからよ。安心しろ」

「はい! やっぱり残業とかって毎日あるんですか?」

「いや、今日は残業しただけで、毎日は流石にないぞ?」


なんなら毎日残業があるならブラック会社だろうし、そんなところだったら俺は一年も経たずに辞めている。


「ならよかったです! さっ、早く食べちゃいましょ!」


ご機嫌になった陽菜を見て安心する。

一人でご飯を食べるっていうのは確かに美味しくはないからな。

会話がないと、どんな料理でも味気なく感じるもんだ。


「そんじゃ、食べますか」


そう言って陽菜の座っているところの対面に座る。

お腹も空いてるし、早く食べようじゃないかと思い、肉じゃがを取ろうとしかけた時に、陽菜が胸を張っていて、みるからにニヤニヤしていた。


「どうした? 俺、なんか変だったか?」

「いえ、今日の肉じゃが、私の得意料理なんですよ!」

「そりゃ〜楽しみだな」

「はい! 美味しくて声も出ませんから」

「なんじゃそりゃ。流石にそこまでにはならんだろ」

「まずは食べてみてください! 話はそこからです!」


どうぞどうぞと手で合図してくるため、一口食べてみる。

……お袋の味に似て、優しい味がすんな。こりゃ〜声だせないわけだわ。

何も言えなくなっている俺をよそに、陽菜は俺をみてニタァとしていた。

なんか腹たつな。でも、美味しかったのは事実だしな。


「この肉じゃが美味しいぞ。優しい味がする」

「そうでしょうそうでしょう。どんどん食べてくださいね!」

「おう」


その後結局3回もおかわりをした。




ご飯を食べ終わり風呂に入る。


「やっぱ一緒に寝るのだけはなんとかしないとまずいよなぁ〜」


といっても、布団を買ったまでは良かったんだが、届くのが土曜日のためどうしようもない。

俺は床で寝てもいいんだが、いかんせん陽菜がそれをよしとしない。

まぁダブルベットだから2人で寝ても狭くはないんだが、陽菜は寝相が悪いのか目を覚ますと抱きついている。

もしかしたら意図して抱きついてきてるのかもしれないが、その辺はなんとも言えないんだよなぁ。


「どうしたもんかな」


無意識のうちにため息が出てくる。

高校生同士なら嬉しい限りなのだろうが、俺は24で相手は高校生だ。何か間違いが起こったら、社会的に終わるのは俺のほうだ。なんなら陽菜に訴えられる可能性だってあるかもしれない。


「はぁ……」


何度目かわからないため息が風呂場を支配した。


「とりあえず、土曜日まではなにかと理由つけて一緒に寝るのはやめるか。そうすれば布団がくるんだし。そうなれば俺の勝ちだ」


勝ち負けなどあるはずないのに、勝利宣言をした俺だが、俺の考えが甘かったという事を、この時の俺は思ってもいなかった。




風呂から上がった俺は目の前に下着姿の陽菜が立っていた。


「陽菜、なんて格好してんだ?」


俺は慌てて目をそらす。


「何ってこれから寝るんですよ?」


さもこれが当たり前だというような表情をして俺のことを見ていた。

女子は寝るときに下着姿になるんだな、と納得しかけたが、そんな事あるわけない。


「なんで下着姿なんだよ? 昨日までは制服で寝てただろ?」

「確かにそうですけど、制服着たまま寝ると制服にシワついちゃいます。それに、汗かいたとき大変だってわかったので、脱いだだけですよ?」

「それにしたって、何か着てくれ。ていうか、前ジャージ貸したじゃねーか」

「それなら昨日他のと一緒に洗濯しちゃいましたよ? なので、私が着るものはないですよ?」


そういやそうだった。ていうか、洗濯してたのかよ。

俺が着る部屋着はあるが、陽菜の部屋着については考えていなかった。一応俺の部屋着は今着ているのも含めて2着あるんだが、昨日洗濯してもらったばかりだ。

なんで俺はそんなことに気付かなかったんだろう。


「なぁ、一つ確認なんだが、服とか下着類とかってのは、何着もって着てたんだ?」

「下着類は上下合わせて3着ずつ持ってきましたが、服は流石に邪魔になると思ったんで、持ってきてません」

「そ、そうか」


最初に会った時もバックを一つしか持ってなかったところをみるに、たいして持ってきてないとは思ってたが、まさか服を1着も持ってきてなかったとわな。


「大丈夫ですって。布団の中に入れば下着なんて見えませんから!」

「いや、全然大丈夫じゃないから。寧ろ問題しかないから」

「えー」


……まてよ。俺の私服があるじゃねーか。なにもジャージじゃなくてもいいんだし。確かパーカーあるし、部屋着になるだろう。


「そういや、俺のパーカーがあったわ。今持ってくるから、ちょっと待ってろ」


俺はクローゼットの中から何着かある中のパーカーをね手に取り、陽菜に渡す。ついでにスウェットも渡しておく。


「あ、ありがとうございます」


俺から服を受け取った陽菜はお礼を言ってから着替え始めた。

たく、ほんと前もだけど何考えてるかわからんやつだな。普通男の人がいる時に下着姿になんないだろ、普通はよ。

これは注意が必要かもな。


「次、こんな事したら怒るからな?」

「ごめんなさい。ごめんなさい……どうか捨てないでください……お願いします」


俺がそういうや否や、陽菜は急に身体が震え始め、何度も何度も謝りだした。

俺はそんな姿をみて、しまったと思った。


「たく、そんなに謝んなよ。陽菜を捨てるわけないだろ? ただもっと自分を大事にしてほしいと思ってな。男性の前でむやみやたらに下着姿になってたら、いつか襲われるからな? そのことについて言っただけだぞ?」


出来るだけ優しい声で言った。


「わ、わかりました。で、でも私、秋本さんに迷惑しかかけてません」

「そんな事気にすんなって。子供は大人に迷惑かけてなんぼだろ? だからそんな風に考えるなよ」

「で、でも、男の人は皆こういうのが好きだって亡くなる前にお父さんが言ってたので」


いや、陽菜になんて事教えてんだよ。

普通年頃の女の子にする話じゃないと思いますよ。陽菜の親父さん。


「確かに普通なら興奮するしドキッともするだろうが、俺はお前の下着姿を見たところで興奮しないっての。だいたい、女子高生には興奮しないわ」


なんて言ったが、ほんとはめちゃくちゃ興奮している。童貞舐めんなよ。ちょっとしたことで反応しちまうんだよ。

陽菜の太ももが白いため、余計エロく見えてしょうがない。


「で、でもこの前大きくなってたじゃないですか!」

「あれは生理現象だからしょうがないだろ」


ああ、情けない。俺は女子高生相手になんて事を口走ってんだよ。俺もガキみてーじゃねーか。


「……そろそろ寝るぞ」

「はーい。寝ますか! おやすみなさい……パパ」


急に爆弾発言をした陽菜は、布団の中に入っていき、寝むりについていた。

なんで俺のことをパパと言ったのか、その意図はわからないが、せめてお兄さんにしてほしかった。





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