出勤

「あの後ちゃんと帰れたのか?」


 野田は心配してくれてたのか、そわそわしながら聞いてくる。


「車に轢かれそうになったが、大丈夫だったぞ」

「それ、大丈夫じゃないから。道路で寝転がってたのか?」

「いや、そもそも帰りの時には酔いは覚めてたからな」

「なら、なんで轢かれそうになってんだよ?!」


 野田はまたしても心配したように聞いてきた。だが、表情を見るに、こいつ頭大丈夫か? って事で心配しているとなんとなくだがわかってしまった。



 仕事の休憩中に、飲みから帰った後の事を野田に聞かれ、言わなくていい事まで話してしまった。

 でもまあ、俺の事心配してくれてるんだし、嘘つくのも申し訳ないよな。


「簡単に言うと、人が轢かれそうになってたから、無意識のうちに助けにいっちまったってわけよ」

「なんていうか、秋本らしいな。俺なら絶対にそんな事できないよ」

「なんつーか、身体が勝手に反応しちまってたからな。頭で考えれたら、俺だって助けてなかったと思うし」

「すげーな。お前、かっこよすぎかよ!」

 野田は驚きを隠せないでいた。

 俺は、かっこいいと言われ内心喜んだが表情にはださず、無表情のまま話を続けた。


「こっからは、誰にも言わないって事が前提で話すが、聞くか?」


 俺がそういうと、野田は緊張したおもむきで首を縦に振った。


「わかった。誰にも言わないよ」

「まあざっくり言うが、親を両方とも亡くして、親戚の方たちの決定で施設に入れられそうになったから、家出した子だったんだよ。助けた相手がさ」

「……そうだったのか」

 野田は渋い顔をしていた。

 俺だって話を聞いた時は、他人の事なのに悲しいと思うと同時に、親戚の人たちに腹が立ったからな。


「その話聞いてさ。俺、その子の事ほっとけなくて、引き取る事にしたんだ」

「へ?」


 野田はさっきまでとは裏腹に口を開けポカンとしている。

 こんな姿の野田を見るのは初めてだが、案外面白い顔になってるな。


「だから俺が引き取る事にしたんだって」

「なんでそういう話になったんだ?」

「俺もよ、高校時代に母親亡くしてるんだわ。だからっていうのもおかしいとは思うが、親がいない時の寂しさはそれなりにわかってるつもりだ」

「……秋本の母親も亡くなってたのか」


 野田は、申し訳ないというような暗い表情になっていた。


「まあな。といっても俺の場合は親父がいたからな。まだマシだったけど、その子は両方ともだったからな」

「……そっか。もう一緒に住んでるんだっけ?」

「ああ。土曜日にその子の親戚の所に行って、承諾ももらえたしな」

「ならいいけど。それよりずっとその子って言ってるけど、男なのか? それとも女なのか?」


 流石に名前は教えれないと思っていたが、まぁここまで話してるし、野田には教えても大丈夫か。


「女子だ。それも高校生の」

「高校生って、それ大丈夫なのか? 手だしてないだろうな?」


 心配した表情で俺のことをみてくるが、流石に高校生相手に手をだすほど俺も馬鹿じゃない。


「だすわけないだろ。そもそも高校生なんてまだガキだぞ?」


 高校生といってもめちゃくちゃ可愛いため、ドキドキはしているが。


「なら良かったよ」

「おう。まぁ、一緒に寝てるくらいだな。変わったところといえば」

「えっ?!」


 野田はさっきまでとは違い、びっくりした顔つきになっていた。

 そこまでびっくりする事ないだろとは思うが。

 ……いや、普通ならびっくりするか。


「一緒に寝てるって、同じ布団でって事でいいんだよな?」

「おう。そうだが?」

「それはやばいでしょ」


 野田は言った。

 まあ予想はしてたが。

 俺もやばいとは思ってたからな。


「やっぱりそう思うよな?」

「やばいでしょ」


 野田は再度そう言った。


「だよなぁ〜。今日、陽菜にもう一回言ってみるわ」

「もう一回行ってみるって、どこ行くの?」


 急に話しかけられたため驚き、椅子から落ちるところだった。

 秘密の話をしているところに、後ろから急に声をかけられ、振り向くとそこにはニコニコした表情で八城さんが俺たちの事を見ていた。


「……八城さん」


 その時の俺は、なんともいえない表情をしていたと思う。

 数日前に俺のことをあっさりとフッた相手だ。しかも、タイプじゃないときたもんだ。

 これも社交辞令なんだなと思うと、急に心が落ち着いた。


「別に、たいした話じゃないですよ」


 ……前と変わらず、話せているだろうか。

 不安になってくる。


「この前秋本と一緒に行ったお店があるんだけど、もう一度行こうねっていう話をしてたんだよ」


 俺が何も言えないと思ったのか、野田がフォローしてくれた。

 正直ありがたい。


「てっきりいやらしいお店に行くのかと思っちゃった!」


 くすくす笑って、八城さんは俺たちに軽く手を振った。


「なら今度、私もそのお店に連れてってね」

「ははっ、まかしといて」


 俺が何も答えることができなかったため、またも野田が変わらに答えてくれた。

 自分じゃ、なんて声かけたらいいのかわからなかった。そもそもフッた相手に対し、ここまでフレンドリーに話しかけられるだろうか。

 ただ演技だとわかっていても、胸がドキドキしているのは確かだ。

 まぁ、店に行くこと自体が嘘なのだから、どうしたものか。


「そろそろご飯食べないとお昼休憩終わっちゃうから、気をつけなよ〜」


 手を振って歩いて行った八城さんの後ろ姿をただ見ていることしかできなかった。


「なぁ秋本、ずっと気になってたんだが、なんで八城のこと呼び捨てじゃないんだ?」


 八城さんがいなくなったのを確認するやいなや、野田が俺に聞いてきた。

 別にたいした理由があるわけではないんだがな。


「なんでって、そりゃ〜呼び捨てにはできないだろ」

「なんで?」

「中・高は男子校だったから彼女なんて作れなかったしな。それなら大学で彼女作ろう、と意気込んだまではよかったが、その時にはもう女子とどう接すればいいのかわからなかったからな。基本話ししてこなかったんだわ」


 野田は可哀想な人を見るような目で俺のことを見てくる。


「成る程な。まぁ、そうなりゃ呼び捨てはしづらいわな」

「だろ?」

「よくそれで告白なんかできたな」


 褒められてるのか、貶されてるのかわからないような感じで野田に言われてしまったが、どちらかといえば後者の方だろう。野田の顔にそう書いてある。

 その顔、腹立つな。


「ここにきて、初めて話しかけてくれたのが、八城さんだったんだよ。その時の俺なんて、話しかけてくれたのが嬉しすぎて、家帰って寝れなかったくらいだからな」

「なんか、想像できないな」

「そっからだよ。八城さんを意識するようになったのはさ。八城さんからしたら俺なんてモブのモブ、眼中にされてないってのはわかってたがな」

「ならなんで告白したんだよ。それ、成功する可能性ゼロじゃん」


 呆れたような顔で俺のことをみてくる野田に、少しイラッときた。


「食事に誘えたってのが1番の理由だな。俺の事ちゃんとみてくれてるって思っちまってな。それに……いや、なんでもない」


 初恋の相手だったから諦めたくなかった、なんて言えない。

 野田のことだ、どうせ鼻で笑うに決まってる。

 この歳で恋愛経験ゼロというだけでも笑われるというのに、それに初恋がこの歳までないときたら、爆笑もんだろ。いくら友達だろうが、笑われると心にくるものがあるからな。


「それに、の後はなんて言おうとしたんだ?」


 流石というべきか、野田はそこの部分を聞いてきた。


「教えねーよ」

「ならしょうがないか。でも意外だったな。秋本はそこそこモテてたと思ってたよ」


 何をどう勘違いしてたのかわからないが、野田はそう言ってきた。

 だが、どうして俺がモテてると思ったのか疑問でしかない。普通にモテるわけないだろうと俺は心の中で呟いた。


「それはないな。っと、そろそろご飯食べるぞ」

「そうだな」


 俺たちは、慌ててご飯を食べ始める。

 野田に話したせいで八城さんの事をまた思い出してしまう。

 さっきの八城さんの、一つ一つの仕草に胸がドクンと波打つ。

 やっぱりまだ好きなのかもな。

 あ〜クソッ。吹っ切れるまでまだ時間がかかりそうだな。

 そんな事を思いながら俺はご飯を食べるのであった。





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