日常

出勤前のひととき

「だから抱きついてくんなよ!」


 いつもよりだいぶ早い時間に目が覚めた俺は、この現状にあきれたような声で言っていた。

 まだ寝ている相手に言ったところで何にもならないということはわかっているが、それでも言ってしまう。

 引き剥がそうとしても、思ったほか陽菜の力が強かったため、引き離すことができない。というか、そもそも起き上がれていない。

 引き剥がすのではなく、普通に声をかけて起こせばいいのか、という事に気付き、肩をトントンしようとしたところで陽菜が目を覚ました。


「秋本さんのエッチ」


 目を覚まして、まだ抱きついている状態ですぐに言われた言葉がコレである。

 お互い抱きついている事で、必然的に顔も近くになるため、陽菜の吐息が顔にあたる。それだけでドギマギする。それに、心なしかいい匂いもしてくる。

 女の子なんだと意識しだすと、女子高生なんて関係なくドキドキする。


 陽菜は顔を赤くして俺に言ってくるが、どう考えても俺は悪くない……と思う。いや、今のご時世、身体に触れるだけでセクハラとかになるのかもしれない。ということは、俺のとった行動に対して陽菜が言った事はあながち間違いじゃないのか。


「ちょっ、俺はただ起こそうとしただけだろ?」

「でも、私のこと触ろうとしてましたよね?」

「あれは、肩を叩いて起こしてやろうとしただけだろ?」


 俺からも陽菜の腰に手を回している時点で触っているのだが、そこに関して陽菜は何も言ってこない。


「でも、私の身体で興奮してましたよね?」

「ガキの身体で興奮するほど俺はガキじゃねーよ」


 確かに陽菜は学生でガキだといっても、女の子だ。抱きつかれて興奮すんなという方が無理だ。男のさがかな、反応しちまう。


「ガキって、私、こう見えてもう高校生なのでもう大人ですよーだ」

「高校生はまだガキなんだよ。未成年って言葉しってっか?」

「それくらい知ってるもん! あれだよね?」

「いや、どれだよ」


 心の中でツッコンでいたが、声にもでていたらしい。


「確か、高校生以下は未成年だったような」


 曖昧なのか、陽菜は首をこてんとさせていた。


「まぁおおむねあってるが、未成年ってのはまだ20歳未満になってない人の事を言うんだ。要は、陽菜はまだガキって事だ。」

「え〜! 大人の人はみんな高校生が好きなんだと思ってました」

「いや、それは一部の人だけだから。それよりも早く俺を解放してくれ。正直きつい」


 話している間も、ずっと抱きつかれていたため、正直ドキドキしっぱなしできつい。

 渋々、陽菜は俺に回していた手を離し、ベットから出てくれた。

 俺はらよく普通な感じで喋れていたなと、今更ながら感じた。


「遺品整理してた時に、お父さんの部屋から女子高生もののエロ本が見つかりましたよ?」


 ベットから出て、陽菜と俺も立ち上がった事により、この話は終わったかのように思っていたがどうやら違うらしい。

 陽菜は話の続きをしたいみたいだ。


「いや、なに見つけちゃってんの?」


 陽菜の親父さん、娘にエロ本見られちゃってますよ。高校生好きってのがばれちゃいましたよ。親父さん、ドンマイです。


「エロ本見たことなかったんですけど、面白いんですか?」

「いや、あれは面白さを求めるために見るんじゃないから」

「そーなんですね! なら、なんのために見るんですか?」


 興味津々なのか、陽菜は次から次へと質問してくる。

 それにどうやって返事を返せばいいのか俺にはわからない。正直に言っちゃった方が楽なのかもしれないな。高校2年生なら大丈夫だろう。


「なにって、ヤるために見るんだよ」

「ヤるって、なんですか?」

「自慰行為だよ。流石に習ってるだろ?」

「成る程です。マスターベーションってやつですか」


 とんでもない発言をぶちかましてくる陽菜に、驚きを隠せない。

 女なら顔を赤らめてもじもじするところなのに、普通な態度で言っている。

 習っているとは思ったが、予想以上に陽菜は変態なのかもしれないな。


「まぁそんな感じだ」

「今度私も読んでみたいと思いますね!」

「はっ? なに言っちゃってるの?」


 この子はとんだ変態だ。さっきの説明を聞いてなお読みたいとか、どこの変態だよ。


「私、今までエロ本っていう存在知らなかったので、どんな感じなのかみてみたいなぁ〜と思いまして!」


 エロ本を知らなかったのに、マスターベーションはしってんのかよ。普通逆だろ。

 エロ本なんてコンビニのトイレに行く時に目に入るはずなんだが、まさかあれがエロ本だとわかっていなかったのか?


「ま、まあ、この話は終わりにしよう」

「そうですね! これから朝食と昼食の準備しますね! 期待しててくださいね!」

「まっ、期待して待ってるよ」

「はい!」


 元気に返事をした陽菜は、キッチンに向かった。

 その後ろ姿を見ると、昔母さんがキッチンで料理していた姿と重なった。

 懐かしくなりその姿をボーッと眺めていると、陽菜は鼻歌を歌いだした。

 よく料理中に鼻歌を歌うと聞いたことがあるが、本当にしている人がいるとは思わなかったため、驚いた。だが、聞いていて不快に感じない。


「ふふふふーん。あれ? どうしたんですか?」


 俺がずっと見ていたことに気づいた陽菜は、料理していた手を止めこちらを見てくる。


「いや、鼻歌を歌ってたからよ。少し気になってな」

「ご、ごめんなさい。不快にさせましたよね?」


 俺が言った言葉を、陽菜は逆の意味に捉えたのか急に謝ってきた。


「い、いや。そういうわけじゃないんだが。どちらかというと聞いていて心地よかった」

「そ、そうですか。ならよかったです」

「それに、昔俺が子供の時に母さんが料理している姿と、陽菜の後ろ姿が重なってな。少し見ていた」

「そうだったんですね。ずっと凝視されていたので、後ろから抱きついてくれるのかと」

「おい、なんで見てただけで抱きつかれると思ってんだよ。そんなことするわけないだろ。それをしてもいいのは恋人同士か新婚とかだけだからな?」

「そーゆーもんなんですか?」

「そーゆーもんだろ」


 よくわかりませんねみたいな顔で困ったポーズをとっている陽菜だが、普通は嫌がるもんなんじゃないのか? まあ、俺もその辺はわからないんだが。

 陽菜は料理していたことを思い出したのか、再度料理に取り掛かっている。

 ボーッと眺めているわけにもいかないし、俺も会社に行く準備をしないとな。といっても、スーツを着るだけなので、そこまで時間はかからない。


「ご飯できましたよ〜!」

「おっ、できたか」

「一緒に食べましょっ!」

「そうだな。そんじゃ、いただきます」

「いただきます」

 鮭の塩焼きに卵焼き、味噌汁にご飯とザ・朝食、といった感じだった。その中で、俺は卵焼きを食べる。


「卵焼き、めちゃくちゃ美味いな!」

「ほんとですか?! それ、自信作だったのでお口に合ってよかったです!」

「いや、まじで美味い。店のよりも美味いぞ」


 甘すぎず、俺の好みの甘さだったため、感動した。そもそも卵焼きを食べたのも何ヶ月も前のこともあり美味しさに感動していた。


「そうそう、今日仕事から帰ってきたら、話したいことあるから、よろしく」

「な、なんの話ですか? ま、まさか、私のこと捨てちゃうんですか?」


 今にも泣きそうになっているが、勘違いだから泣きそうになるのはやめてほしい。

 俺が悪いみたいになってるじゃん。


「安心しろって。これからのことについて話しときたいと思ってな。というか、昨日あんだけ親戚の人と言い合いしてたんだぞ? 捨てるとかって表現もどうかと思うが、そんなことしないから安心しろ」

「そ、そうですか。なら、よかったです」


 陽菜は安心したのか、ホッと胸をなでおろしていた。


「おう。まあ、俺の言い方にも問題あったしな。ごめんな、心配させちまって」

「いえ、もう大丈夫です。私の誤解だってわかったので」

「ならよかった。んじゃ、そろそろ行ってくるわ」

「はい! 行ってらっしゃい!」

「行ってきます」


 なんか今のやり取り新婚みたいだなと思ったが、何しろ相手は女子高生というガキだ。新婚気分も削がれるというものだ。

 女子高生と過ごすのが思いのほか大変だということを俺はまだ知らなかった。



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