準備

「秋本さん。今日親戚の所に行くんですよね? それ、午後からでもいいですか?」

「まぁ、俺は別にいいんだが、なんか午前中用事あるのか?」

「い、いえ。用事はないんですが、お風呂入ったりとか、色々したいので」


 確かに、男の俺は朝風呂などはしないが女性、それも高校生ともなれば、朝にお風呂はいるなんて当然のことなのだろう。いや、そもそも女性ならそれが普通のことなんじゃないか。


「わかった。なら昼頃になったら起こしてくれ。それまで寝てるからよ」


 どうせ準備することもないし、折角の休みなのだから少しでも多く寝ていたい。


「わかりました! きちんと起こしますね」

「頼んだ」


 陽菜がお風呂場に行った事を確認し、俺はベッドに入る。って、よく考えたらさっきまでここに陽菜が寝ていたんだよな。なんなら一緒に寝たんだよな。

 なんか緊張する。

 考えているうちに、寝れていたみたいだ。

 目を覚ましお腹の辺りに違和感を感じ見てみると、馬乗り状態で俺の上に乗っている陽菜が目に入った。しかもワイシャツ1枚という際どい格好で。

 ていうか、ワイシャツしか着てないってどうなんだよ。あんたはどこの痴女だよ。

 心の中でツッコミを入れる。


「なぁ、なんで俺のワイシャツ着てるんだ? ていうか、なんでそれしか着てないんだ?」

「これしか着るのなかったので、着ました!」


 いい笑顔で返事が返ってきたが、それしかなかったというのは嘘だろ。他にも沢山あったはずだ。


「いや、さっきまで着てた制服があるだろうが?!」

「確かにありますが、あれは汚れがひどかったので、洗濯しちゃいました」


 陽菜はてへぺろと舌を少し出して、可愛らしくそう言った。

 まぁ確かに陽菜が着てた制服は汚れがひどかったのはわかるが、なんでワイシャツしか着てないんだよ! ってところが問題なのであって、他は大した問題ではない。


「そういう事ならしょうがないが、せめてジャージくらい引っ張り出して着てくれ。確かあったはずだからよ」


 というか、この後何着て行くつもりだったのだろうか。

 まさかワイシャツ1枚で外に出ようとしてたんじゃないよな? それだったらとんだ変態を招き入れたことになり、頭をかかえていたところだ。


 タンスを開け俺はジャージを出し、陽菜に手渡す。

 受け取った陽菜はいそいそと着替えだした。って、その位置だとパンツ丸見えだから。少しは隠す素振りを見せて欲しいもんだ。


「おい、パンツ見えてるぞ」

「あ、ご、ごめんなさい」


 今更気付いたのか、陽菜が恥ずかしそうにしている姿をみると、ただの天然だという事がわかり安心した。

 まさかこれから引き取ろうとしてる相手が変態だったとか、救いようがないからな。いや、抱き合って寝てる段階で変態なんだろうが。


「あの、何時頃に行きますか?」

「遅くならないうちに行こうとは思ってるが、まぁゆっくり行こうぜ」

「そうですね! ゆっくり行きましょう! そうしましょう」

「お、おう。そうだな」


 いきなりどうしたんだ? 緊張するのはわかるが、今からそんな張り詰めてるともたないだろ。


「そんな緊張しなくても大丈夫だって。なんかあっても俺がどうにかしてやる。だから心配すんな」


 無意識のうちに陽菜の頭を撫でていた。

 陽菜は照れくさかったのか俯いてしまった。


「……ありがとうございます。でも、本当に私のこと引き取ってもいいと思ってるんですか? 秋本さんの迷惑になります」

「確かに昨日は酒が入っててちゃんとした判断ができてなかったのかもしれない」

「な、なら……」


 陽菜が何かを言おうとしていたが、それにかぶせてまたも俺が話す。


「でも、陽菜をあのままほっといたらいけないって事だけは察する事ができた。だから今でも言える。ってな。だから、後悔とかは全くしてないからよ。安心しろ」


 柄にもなくくさいセリフを吐いた俺だが、まぁたまには言ってもいいよなと自分に言い聞かせる。じゃないとやってられない。


「ほ、ほんとですか?」


 泣いている陽菜が、か細い声で俺に聞いてきた。

 不安になるのは目に見えてわかっていたので、さほど驚きはしなかった。

 そもそも俺は赤の他人でそれも歳上の男だ。陽菜の今までの言動自体がおかしかったのだ。まぁ、空元気だとは思うが。

 俺に捨てられるんじゃないかとずっと不安だったんだろう。だから俺にエロい格好なりして、俺が少しでも喜んでほしかったのだろう。

 ……たく、心配しなくてもそんなことする訳ないってのにな。ちゃんと言ってやんないとな。


「安心しろって。俺は何があっても、陽菜の事見捨てないからよ」

「あ、ありがとう、ございます」

「泣いてるところ悪いんだが、まだお礼を言うのは早いぞ。これからが本番なんだからよ」


 陽菜の親戚を説得しないといけないんだからな。

 今日の俺は昨日振られたのにも関わらず、妙にやる気を出していた。なんなら振られたってのが嘘のようだ。……振られたのは嘘じゃなかったです、はい。

 思い出したら急にやる気なくなったんですけど。

 だいたい、タイプじゃないってもっと他にもあっただろーが。どうせあれだろ? 生理的に無理とかだったんだろうな。それをにごしてああ言ってたんだ。

 思い出したら腹がたってきた。

 まあいい、月曜日会社に行ったら野田に愚痴ってやる。……いや、それは野田に悪いか。昨日も無理に付き合ってくれたわけだし、流石に申し訳ない。


「よし、準備もできたことだし、そろそろ行くか!」

「あ、あの。お昼ご飯は食べないんですか? 準備しちゃったんですけど」


 準備したと言っても、冷蔵庫には何も入ってないんだし必然的におにぎりだということはすぐにわかったが、それでも俺の為に作ってくれたことに嬉しくなる。


「そういや、まだご飯食べてなかったな。なら食べてから行くか」

「はい! それはそうと、冷蔵庫の中に何も入ってなくてびっくりしたんですけど、いつも何食べてるんですか?」

「あ〜、基本朝ご飯は食べないんだわ。昼飯はタッパーにご飯詰めてふりかけして持ってってる。たまにお茶漬けの素とかも使ってるし、夜は夜でスーパーとかコンビニで適当に弁当買って食べてるぞ」


 俺が話していると、陽菜はだんだんと呆れたような、はたまた馬鹿を見るような目で俺を見てきたように感じた。いや、感じたんじゃない。確実にあれは呆れている顔だ。


「明日からは私が作るので、話し合いが終わったら買い物に行きますから! い・い・で・す・ね!」


 可愛い顔に似合わない、鬼のような形相ぎょうそうで俺に詰め寄ってくる。


「わ、わかった。そうしよう」


 陽菜があまりにも怖かった為反射的に肯定してしまった。


「ならいいです。冷蔵庫の中、パンパンにしますよ!」

「勘弁してくれ。せめて持って帰れる量

 にしてくれよ?」

「そこは大丈夫です」

「ならいいが」


 陽菜の親戚の所に行くよりもある意味心配なんだが。

 そもそもまだ陽菜を引き取れると決まったわけでもないのに、もうその後のことを考えてるなんてな。女子高生おそるべしって感じだな。


「……なんか、こういうのいいですね」

「そうか? 折角の休みなのにもう既に俺、疲れてるんだけど」

「私、両親とあまり話してこなかったんです。父も母も仕事が大変でほとんど家にいませんでしたから。私が寝てる時に帰ってきて、朝も私が起きる前にはもういなかったんです」

「……そうだったのか」


 陽菜の両親が生きてた時でも、殆ど家ではひとりぼっちだったのか。


「はい。なので今とっても楽しいです! 家で誰かと話すって、こんなに楽しい事だったなんて思いもしませんでした。全部秋本さんのおかげです。って今こんな話してる場合じゃなかったですね。早く行きましょう!」

「……俺もだよ」


 陽菜に聞こえないように言ったため、陽菜は頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。


「今なにか言いましたか?」

「早く行こうぜ! って言ったんだよ」


 俺は、いつか必ずこの気持ちを陽菜に言おうと心に決めた。

 俺たちはやっと親戚の所に向かったのだった。



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