64 あれほど探し求めていたのだろう?
季白と張宇が陽達を連れてきたのは、すぐだった。
明珠は指示された通り、龍翔が座る椅子の斜め後ろに控える。
入室の許可を得、季白と張宇に間を挟まれて入ってきた陽達は、龍翔の奥に控える明珠を見た途端、息を飲んだ。
「明……っ!?」
叫びかけ、かろうじて唇を噛みしめる。
次いで、龍翔を見た目が、こぼれんばかりに見開かれた。
龍翔のそばへきた陽達は、両膝をつき、深く
「このたびは、第二皇子殿下に
深くうつむいた陽達の表情は見えない。が、広い肩が緊張に張り詰めているのがうかがえた。
「わたしに会いたがった理由はなんだ? 減刑を求めての嘆願か?」
ひやり、と龍翔から威圧感が立ち昇る。陽達の身体がびくりと震えた。
「こ、このたびは、わたくしめの思い違いで、第二皇子殿下の侍……従者殿に多大なご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした」
侍女と言いかけ、陽達があわてて従者と言い直す。
性別を偽って龍翔に仕えていることを陽達に話した記憶はないが、季白辺りから何か言い含められたのかもしれない。というか、明珠の主が龍翔だと話した記憶もない気がする。
ここに明珠がいるのを見て、陽達が驚くわけだ。
「減刑の嘆願などは考えておりませぬ! むしろ、わたくしの罪を明らかにし、相応の罰を与えていただきたく、参上いたしました」
陽達が大きな身体を折り畳むようにして、頭を下げる。
「ほう。どういうことか、申してみよ」
龍翔に促された陽達が説明する。
「わしくしが前族長・
《堅盾族》の村を出て以来、砂波国で暮らしていた陽達と、前族長に従って砂波国に移住していた陽達の仲間に誘いの手を伸ばしたのは、砂波国の将軍の一人である
「乾晶の副総督と懇意になる機会があるといわれ、紹介された
あらかじめ倉の中の品々を移動させておいた貞は、まるで賊が倉を壊し、盗んでいったように見せかけるために、倉の破壊と放火を陽達に命じたのだという。
その見返りとして、地震の後、村へと引っ込んでしまった《堅盾族》の代わりに、陽達と彼につき従う者達を自警団として取り立てると約束したらしい。
自警団が《堅盾族》に代わって乾晶の治安を守るのならば、貞が官邸を動かして、《堅盾族》を護り手には復帰させぬ。
そうすれば、義盾の信頼は地に落ち、代わって、街の人々の信頼を得た自警団長の陽達が、《堅盾族》の族長へ返り咲ける日も近いだろう、と……。
「なるほど。自警団長自身が犯人であるなら、どれほど捜索しても、見つからぬわけだ……。貞にとっては、わたしを王都から乾晶へ呼び寄せるために、犯人が捕らえられては困るからな」
「ありもしない反乱をでっち上げ、龍翔様を王都からおびき寄せるなど……。万死に値しますね」
扉近くに控えて話を聞いていた季白が、凄絶な笑みを浮かべる。
乾晶への途上、敵の術師の襲撃を受け、龍翔が禁呪をかけられたのだから……忠誠心にあふれる季白にしてみれば、その遠因となった貞は、八つ裂きにしてもし足りぬに違いない。
季白の鬼気迫る様子に、明珠は背筋が寒くなる。季白の怒りを買うなんて、そんな恐ろしいこと、絶対に御免こうむりたい。
「今の話が真実であるという証拠はありますか? 陽達、あなた自身、乾晶には恨みがあったことでしょう? あなたが今回の騒動の首謀者でないという証拠は?」
陽達まで射殺しそうな目で睨みつけ、厳しく詰問する季白に、陽達はごくりと
「貞から指令を紙にしたためたものを得ております。都合が悪くなった時に、実行犯のわたくしだけを切り捨てられては、かないませんから。今、この場にはございませんが、乾晶の詰所の私室に、保管しております」
陽達の言葉を受け、季白が龍翔に視線を向ける。龍翔が重々しく頷いた。
「それがあれば、貞も言い逃れできんだろう。副総督の地位につきながら、乾晶を混乱に陥れ、史傑の罠にはまって砂郭をむざむざ砂波国に奪われかけた大罪、さらには、皇帝陛下に献上するべき品々を掠め取ろうとした罪は、償ってもらわねばな」
龍翔の威圧感が増す。季白が恭しく口を開いた。
「もちろんでございます。龍翔様と龍華国への罪、その身をもって、きっちりと償っていただきましょう」
冷ややかな季白の声は、いっそ楽しげなほどだ。
「……で、陽達。お前についてだが」
龍翔の静かな声音に、陽達の広い肩がびくりと震える。頭を垂れたまま、震えを抑えつけるように、陽達が固い声を出す。
「己の野望のために、どれほどの罪を犯したのか、承知しております。どのような罰でも、お与えください」
「殊勝な心がけだな」
頷いた龍翔が、ふと、声を
「ところで。わたしの従者が、お前を
陽達が弾かれたように顔を上げる。明珠も、息を飲んで龍翔と陽達の顔を見比べた。
明珠としてはもちろん、陽達と晶夏を会わせてあげたい。
砂郭の宿で、明珠の肩を掴んだ陽達の力の強さを思い出す。
おそらく、陽達は牢に入れられることになるのだろう。従者である明珠が、龍翔の判断に異を唱えることはできない。
けれども、それでも何とかしたくて、口を開こうとして。
明珠を見つめたまま、陽達が小さくかぶりを振る。
「会いたくないと申せば、嘘になります。ですが、わたくしは罪人。こんな兄がいると今さら言われても、晶夏には迷惑でしかないでしょう」
明珠から龍翔に視線を戻した陽達が、きっぱりと告げる。龍翔がゆっくりと頷いた。
「なるほど。お前の言い分はわかった。沙汰については、まだ貞や史傑と話していないのでな。今はなんとも言えぬ。乾晶に戻ってから伝えるゆえ、しばし待て」
「かしこまりました。身を慎んでお待ちしております」
陽達が覚悟を決めた顔で、決然と頷く。
次いで、龍翔が見やったのは季白だ。主の視線を受けた季白が、心得たように頷く。
「砂郭ですべきことは、ほぼ済ませております。後は、砂郭の役人達に任せても、大きな問題は生じないかと。馬車の用意も整えております。すぐに乾晶へ発たれますか?」
「ああ。いまさら、貞に逃げられるわけにはいかんからな。陽達が話した証拠も、できるだけ早く手に入れておきたい。夜道を行くことになるが……」
「陽達と史傑を護送するのです。賊が増えるのは、むしろ好都合でございます。この際、
季白が見る者の背筋を寒くするような、人の悪い笑みを浮かべる。
「
「かしこまりました」
龍翔の言葉に、季白と張宇が声を合わせて一礼した。
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