57 一緒に、会いに行きましょう?


「しょ、晶夏……?」


 陽達に告げられた名前を、寝台に押し倒されたまま、明珠は呆然と呟いた。


「ち、違います! 私は晶夏さんじゃ……っ」


 ぶんぶんとかぶりをふった明珠の言葉を、明珠の上に身を乗り出した陽達の叫びが遮る。


「覚えていないのは仕方がない! だが、お前の本当の名前は晶夏で……っ、オレの生き別れの妹なんだっ!」


 魂を振り絞るように陽達が叫ぶ。


 あまりに想定外の内容に、思考がついていかない。

 理解した途端、明珠は思わず、すっとんきょうな声を上げていた。


「ええ~~っ!? 確かに、義盾さんとは血がつながっていないって言って……」


「義盾っ!?」

 陽達の太い眉が跳ねあがる。


「義盾を知っているのか!? オレ達が生き別れになることになった原因の……っ。オレと父上を追放したあの卑怯者をっ!」


 叫んだ陽達が、何かに気づいたように目を見開く。


「もしかして、今まで義盾にかくまわれていたのか!? 明珠という偽の名前を与えられて血筋がばれぬようにと! くそっ、義盾め! どこまでも卑怯な……っ!」


「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ!」


 憎しみに目をぎらつかせ、歯噛はがみする陽達を、明珠はあわてて押し留める。


「違います! 義盾さんはとってもいい人です! すっごく晶夏さんを大事にしていて……。というかっ!」


 明珠はひたり、と陽達を見据える。


「私は、晶夏じゃありませんっ!」


「そんなわけがないっ!」


 えるように叫んだ陽達が、明珠の胸元に手を伸ばす。

 大きな手が掴んだのは、《堅盾族》のお守りだ。


「ほら! これが証拠だ! オレも同じものを持っている!」


 もう片方の手で陽達が自分の着物の胸元から引き出したのは、まったく同じお守りだ。


「組紐の編み方まで一緒だろう? これを持っているのは、オレと妹のお前と――」


「ちがっ、違うんです!」

 ふるふると、明珠はかぶりを振る。


「違わない!」

 お守りを離した陽達が、明珠の肩を掴む。


「ようやく、ようやく会えたんだっ! ずっと死んだものと思っていたのに……っ! すぐに信じてもらえないのはわかっている! けどっ、頼む、どうか……っ!」


 遠慮のない力で掴まれた肩が痛い。

 それだけ、陽達の必死な想いが伝わってくる。


 だからこそ、誤解をとかねばと、明珠は陽達に視線を合わせ、きっぱりと告げる。


「私は、晶夏さんじゃありません! 本当の晶夏さんは、別にいるんです。このお守りだって、その晶夏さんにもらったものなんですから!」


「嘘だっ! そんなわけ……っ!」

「本当です!」


 噛みつくように言い返した陽達に、負けじと声が大きくなる。


 もし、万が一、明珠が順雪と生き別れになってしまったら、地の果てまでも探し求めるだろう。

 陽達の気持ちは、痛いほどわかる。


 だからこそ、これほど必死な陽達を誤解させたまま放っておくなんて、決してできない。


「……信じて、もらえないんですか……?」


 どう説明すれば、陽達の誤解がとけるのだろうと、哀しくなる。

 じわりと涙がにじみ、陽達の姿がぼやけた途端、陽達がひるんだように息を飲んだ。


 明珠は陽達を真っ直ぐ見つめたまま、そっと手を伸ばし、陽達の強張った頬にふれる。


「私、陽達さんに本物の晶夏さんに会ってもらいたいです……。晶夏さん、お兄さんがいるって知ったら、きっと喜びますよ! 晶夏さんは、本当に可愛いんです! お料理だって上手で、弟想いで優しくて……」


 妹と思いこんでいた明珠に、本物の晶夏は別にいると言われ、呆然と目を見開いている陽達に、明珠はにっこり微笑みかける。


「私、案内しますから。だから……。本物の晶夏さんに、一緒に会いに行きましょう?」


「ほ、本物の……?」


 陽達がかすれた声で明珠の言葉を繰り返す。明珠は大きく頷いた。


「そうです! 本物の晶夏さんです! 私なんかより、もっとずっと可愛いんですから!」


「本物の、晶夏……」

 夢でも見ているかのような声で、陽達が呟いた瞬間。


 不意に、扉が乱暴に開けられた。


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