48 賊にだって言い分があるんです!? その2


 晴晶の細い喉が、緊張に、ひくりと震える。

 勇気を振り絞るように明珠とつないだ手に、ぎゅっと力をこめ。


「おとぎ話などで、《晶盾蟲》に女王蟲じょおうむしと呼ばれる存在がいるのは、ご存知だと思います」


 真っ直ぐに龍翔を見つめ返し、晴晶が口を開く。少年らしい高い声はわずかに震えているものの、口調自体は、しっかりしている。


「ですが、その女王蟲が、晶盾蟲すべてを強制的に従えられるほどの力を持っていることは……。堅盾族の中でも、族長の血筋に近い、限られた者しか知りません」


 本来ならば、決して部外者には明かさぬ秘密を告げる晴晶の表情は、ひどく思いつめていて、固い。


「女王蟲は、《聖域》と呼ばれる洞窟……。潤晶川じゅんしょうがわの水源となっている地底湖にみ、そこで卵を産みます。《聖域》は自然の《気》が満ちる場所で、《晶盾蟲》の幼蟲は、そこで《気》を食べて育っていくのです。ですが、一カ月半前の地震で……」


 堅盾族の村を襲った地震は、《聖域》をも襲ったらしい。


 その影響で晶盾蟲が不安定になり、堅盾族が総督に願い出て、護り手の任から一時、退いているというのは、義盾からも聞いた話だ。だが。


「地震のせいで、《晶盾蟲》の卵が、潤晶川に流れ出てしまったのです。もちろん、村人総出で、必死に探し回りました。ですが……」


 晴晶が、悔しげに唇をみしめる。歯型のついた唇を、必死で動かし。


「次代の女王蟲となる特別な卵だけが、どうしても見つからず……。今も、行方不明のままなのです」


 晴晶の言葉に、全員が息を飲む。


 《晶盾蟲》すべてを従えられる女王蟲。それを継ぐ卵が行方不明とは。


「……女王蟲の卵というのは、卵の状態でも、他の晶盾蟲を従えることができるのか?」


 固い声と表情で問うたのは、龍翔だ。晴晶がゆるりとかぶりをふる。


「推測にすぎませんが、卵の状態では無理だと思います。現役の女王蟲がおりますので……。それも由々しい問題ですが、さらに大きな問題は……。卵が行方不明となった女王蟲が、非常に不安定になっているということです」


 明珠は思わず唇を噛みしめた。


 大切な我が子が行方知れずとなった女王蟲の心痛は、いかばかりだろう。

 明珠にはもちろん子どもはいないが、もし、順雪が行方不明になったりしたら、正気ではいられないだろう。

 思いつく限りの場所を、気が狂ったように探すに違いない。


「堅盾族が、乾晶の護り手の任を離れた本当の理由は、それですか?」

 季白の問いに、晴晶がこくりと頷く。


「女王蟲の不安定さは、そのまま《晶盾蟲》に伝染します。大切な卵を一気に失った当初の女王蟲の不安定さは、わたし達が晶盾蟲をまったく使えなくなるほどで……。晶盾蟲がいなければ、堅盾族も一般人と変わりません」


 季白がふむ、と腕を組んだ。


「行方不明となった卵は気の毒ですが、卵ならば、また産めばよいのでは? このままでは、晶盾蟲自体が、絶滅してしまうでしょう? 自然の昆虫でも、女王虫が不慮のことで死ねば、別の個体が女王になったりするのだとか。晶盾蟲にそういったことはないのですか?」


 季白が空恐そらおそろしいことをさらりと尋ねる。

 晴晶が力無くうなだれた。


「その……。堅盾族と晶盾蟲の長い歴史の中でも、今回のような事態は初めてでして……。もともと、女王蟲の卵自体が、数十年に一度しか、生まれません。村の古老に尋ねても、わからぬと言うばかりで……」


 晴晶が悔しそうに歯噛みする。少年らしいすっきりとした輪郭に、ぐ、と力がこもった。


「だが、女王蟲の卵が行方不明になったことと、官邸に忍び込んだことが、どうつながる? まさか、卵が官邸にあるとでも?」


「はい。わたしと孝站は、そう考えております」


 口をはさんだ龍翔に、晴晶がきっぱりと頷く。


 晴晶の説明によると、女王蟲の卵の行方を捜して情報を集めていた堅盾族は、砂郭さかくに住む男が、潤晶川で玉を拾ったという噂を聞きつけたという。


 すぐさま、その男の元へ赴いたが、すでに男は玉を売り払った後であり、その行方を辿たどるうちに……。


「どうやら、卵は玉と間違われて、官邸に献上されたらしいとわかりました。しかし、わかった時にはもう、賊が官邸の倉を襲撃していて……」


 族長の義盾は、堅盾族に伝わる家宝が地震のどさくさで行方不明となり、官邸の献上品にまぎれこんでいるかもしれないと、副総督のていに申し出たが、


まもり手の任も果していない者が何と図々しいを言う!? そもそも、その玉が見つかったとして、堅盾族のものであるという証拠はあるのか。こちらは今、それどころではない!」


 と、けんもほろろにあしらわれたという。


 官邸の警備兵を見張りにつけてくれていいから、倉の中を見せてほしいと義盾は頼み込んだが、貞はがんとして首を縦に振らず、逆に、義盾が盗っ人扱いされたらしい。


 拳を握りしめて悔しげに語る晴晶に、明珠達は顔を見合わせた。


 昨夜、安理が倉に忍び込んだため、賊に奪われたか、焼失したと思われていた献上品の多くが、実は別の倉に移されていただけだと、明珠達は知っている。


 そして、指示を出したのは、おそらく副総督の貞だということも。

 義盾がどんなに頼みこんでも、倉の中を調べさせなかったわけだ。


「でも!」

 拳を握りしめたまま、晴晶が悲痛な声を上げる。


「卵はまだ、官邸のどこかにあるはずなんです! 父上と一緒に官邸に請願に行った時、ほんわずかですけれども、卵の気配を感じたんです! 一刻も早く見つけなくては……っ!」


「どうなるというのだ?」

 切羽詰まった声を上げる晴晶をなだめるように、龍翔が穏やかな声で問う。


「卵が死んでしまいます! 晶盾蟲の卵は、《聖域》に満ちる《気》を吸収して、孵化ふかします。《気》を得ることができなければ、やがて弱り……死んでしまいます」


 晴晶の身体が、ぶるりと震える。明珠は、思わずつないだままの手に力をこめた。


「それで、官邸に忍び込んだと? 正規の手段で卵を探せぬのならと――」


 淡々と、感情の読めぬ低い声で問うた龍翔に、晴晶が弾かれたように面輪を上げる。


「官邸に忍び込んだのは、すべてわたしの一存です! 父上は、村を出ようとしたわたしをいさめました! ですが、居ても立ってもいられず……っ! すべての罪はわたしにあります! 堅盾族はわたしが犯した罪に、何一つ関わりがありません! どうか、罰するならわたしだけをっ!」


「いいえっ! 晴晶様をお止めできず、共に官邸に忍び込んだのは、わたくしです! 罪人として裁かれる覚悟はできております! どうかわたくしを罰してください!」


 孝站が椅子を蹴倒しそうな勢いで立ち上がり、安理に腕を引かれて、無理矢理座らされる。


 晴晶と孝站を順に見つめ、吐息したのは龍翔だ。


「なるほど。事情はわかった。行方不明の卵を取り戻すのが、お前達の悲願というわけだな?」


 晴晶と孝站が、大きく頷く。

 龍翔が、わずかに目元を緩めた。


「《堅盾族》は、龍華国りゅうかこくの北西の守りのかなめ。決して失うわけにはいかん。そのためなら、お前達に力を貸すのはやぶさかではないが……」


「うへ~っ。たった一つの玉を探して、あのひっろ~い官邸を家探しするんスか? しかも、こっそりと?」


 大仰おおぎょうに顔をしかめたのは安理だ。

「ってゆーか、「ここだ!」ってすぐにわかんないんスか?」


「わかれば、進んで罪など犯していませんっ! 見つけて、すぐに村に帰っています!」


 思わず、といった様子で晴晶が言い返す。細い首が、がくりと力無く前に折れた。


「わたしの身など、どうなってもいいのです。罪人として裁かれる覚悟は、村を出る時に済ませてまいりました。ですが、なんとしても卵だけは……っ!」


 明珠とつないだままの晴晶の手に、ぎゅっ、と力がこもる。

 明珠はそっと、少年の手を握り返した。唇を噛みしめる。


 今すぐ晴晶の憂いを晴らせない自分の無力さが情けない。


「一つ、確認しておきたいんだが」


 晴晶をいたわるように、穏やかな声を出したのは張宇だ。


「俺達なら、官邸の出入りは自由だし、ある程度なら、官邸の中を動き回っても不審に思われない。が……」


 張宇が困り顔になる。


「そもそも、卵っていうのは、どんな大きさ、形で、どんな色をしているのかな? それがわからねば、探しようがない」


「張宇さん……」


 明珠は感動して張宇を見つめる。

 さすが、優しい張宇だ。張宇は官邸の中を探してくれる気らしい。


 だが、張宇が言う通り、卵の形などがわからなければ、探しようがない。

 明珠はなんとなく、にわとりの卵を想像していたが……。大きさもわからないし、もしかしたら、うずらの卵のように、模様が入っているかもしれない。


 全員の視線が集中する中、晴晶が説明する。


「女王蟲の卵は、他のものよりも大きくて……。大人の握り拳ほどはあるでしょうか。色は、透明感のある乳白色……だと思います。もしかしたら、もう少し濃い色かもしれません。村の古老が伝え聞くところによると、晶盾蟲の卵は、弱ってくると卵の色が濃くなってくるそうで……。それで、卵の調子がわかるのだとか」


「形は? 鶏の卵のように、楕円だえん形か?」


 龍翔の問いに、晴晶はふるふるとかぶりを振る。

「いいえ。綺麗な球形で……」


「あ―――っ!」


 突然、立ち上がって大声を上げた明珠に、全員の視線が集中した。

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