48 賊にだって言い分があるんです!? その1
宿営地から乗ってきた馬車は、大通りに面した大きな宿の車停めに預けていた。
出かける時、歩いても大した距離ではないにもかかわらず、馬車を出す理由を安理に尋ねると、
「そりゃー、決まってるじゃん。捕まえた賊を宿営地に連行するなら、馬車があった方が便利でしょ? あと、龍翔サマのお姿を、あまり人目につかせないようにするためかな。目立つからね~、あの御方」
という返事だったのだが。
今、馬車の中には、明珠と龍翔と
「いや~、抵抗するし、龍翔サマは急にいなくなるしで、つい気絶させちゃいました♪」
と、安理に気絶させられた孝站は、明珠達の向かいの座席に横たえられている。
晴晶はかなり心配していたが、安理によると、そのうち目を覚ますらしい。
孝站とは反対、御者台側の座席に、明珠達三人は並んで座っているのだが。
「大丈夫だよ? 第二皇子様と言われて、緊張する気持ちは、すごくよくわかるけれど……。そんなに身構えなくても」
明珠は左隣で青い顔でうつむいている晴晶の手を握る指先に、そっと力をこめた。
明珠だって、目の前の人物に第二皇子だなんて名乗られたら、びっくり仰天して、口をきくどころか、思考すら止まってしまう。というか、ものすごく覚えがある。
晴晶とは明珠を挟んで反対側に座る龍翔が、深い溜息をついた。
「明順の言う通りだ。別に、とって喰いなどせん」
龍翔の声に、晴晶の細い肩がぴくりと震える。明珠はあわてて「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と呪文のように繰り返した。
あまりに晴晶が龍翔に対して緊張しているので、今は明珠を真ん中に、龍翔と晴晶がそれぞれ両脇に座っている。
最愛の弟、順雪よりは二、三歳年上だが、まだ幼さを残した顔立ちの晴晶が沈んでいるのを見ると、なんとかしてあげなくてはという使命感にかられる。
友達になった晶夏が心配していた弟だというのも、理由として大きい。
事情を聴くにしろ、まずは晴晶の緊張を解くのが先だろうと、明珠は晴晶の手を握ったまま、できるだけ優しい声で話しかける。
「さっき見せたお守りはね。お友達のしるしに、って晶夏さんからもらったの」
晶夏の名前に反応した晴晶が、弾かれたように顔を上げる。
明珠は真っ直ぐ晴晶を見つめたまま、優しく微笑んだ。
「晶夏さん、晴晶くんのこと、すごく心配していたよ?」
「しょ……姉さんは、元気にしていましたか!?」
祈るような声で問う晴晶に、笑顔で頷く。
「うん。炊き出しのお手伝いをさせてもらったんだけね。近所の奥様方と、いっぱい料理を作ってて……。その時に、いっぱいおしゃべりしたの。おいしい草餅のお店のことや、
明珠の笑顔につられたように、ほんのわずかに晴晶の口の
「義盾さんと晶夏さんは、晴晶くんが、《堅盾族》のしきたりで、村を離れているって言っていたんだけど……」
そっと探りを入れると、晴晶の表情が凍りついた。
「違うんです! 父も姉も……、《堅盾族》は、今回のことには一切、関わりがありませんっ! すべて、僕の独断で……っ!」
すごい勢いで晴晶が明珠の腕にしがみつく。
あまりの勢いによろめいた明珠を、大きな手が支えてくれる。そのまま、晴晶の手を引きはがしそうな龍翔を、明珠はかぶりを振って留めた。
「大丈夫です」
龍翔の手が、迷うように明珠の背から離れる。
明珠は、晴晶から目を逸らさぬまま、静かな声で問う。
「ねえ……。晴晶くんは、どんな理由があって官邸に忍び込んだの? 官邸の
「違います!」
悲鳴のような声が、晴晶の口からほとばしる。
「四日前、官邸に忍び込んだのは、確かに僕と孝站です! けれど……っ。官邸の倉を壊したのは、僕達ではありません!」
◇ ◇ ◇
明珠達が宿営地についてから、すぐに目覚めた孝站は、目覚めた瞬間、逃げ出そうと暴れたが、安理のあっさり組み伏せられた。
晴晶に、「大丈夫だ。この方々は、わたし達に御助力を申し出てくださっている」と説得され、今は大人しくなっている。
龍翔の天幕の一番大きな部屋の卓についた晴晶と孝站が、先ほどの
《晶盾蟲》によって近くで他の蟲が召喚されたことを知った二人は、孝站が
「いや~、賊が一人だと気づいた時の龍翔サマの慌てっぷりはすごかったっスよ? 即座に《感気蟲》を飛ばして明順チャンを追って。……ほんと、無事でよかった」
安理にしては珍しく、真面目な顔で告げられた言葉に、明珠は思わず卓の隣に座る龍翔を見上げた。
危ないところを助けてもらったというのに、まったくお礼を言えていない。
「龍翔様。助けていただき、本当にありがとうございました。その……言いつけを破って、申し訳ありません」
深々と頭を下げる。と、馬車からずっと手をつなぎっぱなしの晴晶の細い肩が、びくりと震える。
あわてて
「せ、晴晶くん……!? その、確かに危なかったけど、私も晴晶くんも必死だったし、龍翔様のおかげで怪我もなかったから! そもそも、私が飛びかかったのが
きっと、明珠を《晶盾蟲》で傷つけかけたことを気にしているのだろう。
順雪と近い年頃の子どもが、罪悪感でいっぱいの顔で沈んでいるなんて、明珠には耐えられない。
自分より背の低い晴晶の顔をのぞきこみ、懸命に慰めると、晴晶が小さくこくりと頷いた。
同時に、明珠の背中側、一番上座に座る龍翔から、深い溜息が聞こえる。
「龍翔様?」
振り返ったが、龍翔の秀麗な面輪は天幕の入り口を向いていて、表情がうかがえない。
龍翔の視線を追った明珠の耳にざわめきが聞こえてきたかと思うと、あわただしく入口の幕をからげ、季白と張宇が入ってきた。
官邸で待機していた二人を、龍翔が呼んだのだろう。後ろには、
「龍翔様! 何があったのでございますか⁉ 早急に宿営地へ来いとは……っ⁉ 賊はどうなりました⁉」
さっ、と型通りの礼をした季白が顔を上げるなり、矢継ぎ早に質問する。
後ろの張宇は、頭を下げた後、明珠の隣に座る晴晶と、安理の隣の下座で身を縮めている孝站を不思議そうに眺めている。
龍翔が片手を上げ、季白を押し留めた。
「賊は捕らえた。が、少々こみいった話になりそうでな。とりあえず、席につけ」
龍翔に言われた季白が否というはずがない。大きな卓に季白達も座り、総勢で八人になる。
全員を見回した龍翔が、厳かに口を開く。
「捕らえたのは、晴晶と孝站と名乗るこの二人だが……。本人達の弁によると、《堅盾族》だという。しかも、少年の方は、族長である義盾殿の子息、晴晶だと名乗っている」
龍翔の言葉に、季白と張宇、鍔が息を飲む。
「それは確かなのでございますか? 身分を偽っているという可能性は?」
真っ先に口を開いたのは季白だ。
鋭い眼差しで見据えられた晴晶と孝站が、びくりと身を強張らせる。
「二人とも、《晶盾蟲》を従えている。少なくとも、《堅盾族》であることは、間違いない」
晴晶と孝站は、《晶盾蟲》が入っている竹筒を腰につけている。村では、腕に竹筒をつけていた者が多かったが、晴晶によると、まだ身体が小さい者や、上衣で筒を隠したい時には、腰につけるのだという。
「晴晶の身元に関しては、明順が」
龍翔の視線に、明珠はあわてて首から下げた堅盾族のお守りを手のひらに乗せた。隣の晴晶も明珠に
「明順が晶夏嬢にもらったお守りの組紐と、晴晶の組紐の柄は、まったく同じだ。堅盾族では、家系ごとに組紐の柄が決まっているという」
「ということは、この少年が、義盾殿のご子息の晴晶である可能性は極めて高い、と。明順が堅盾族のお守りを持っていると知っている者など、ほんの数人ですからね」
龍翔の言葉を、季白が引き継ぐ。龍翔がゆっくりと頷いた。
「そして、晴晶が言うには、官邸に忍び込んだのは、四日前の一度きり。一カ月半前の倉の破壊に関しては、まったく関与していないと言うのだが――」
冷徹な光をたたえた黒曜石の瞳が、晴晶を射抜く。
ひやり、と天幕の温度が下がった気がした。
見惚れずにはいられない秀麗な面輪に、凄みのある笑みを浮かべ。
「《堅盾族》の次期族長が何故、官邸に忍び込む必要があったのか。じっくり、聞かせてもらおうか?」
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