47 賊を捕らえるのは簡単にはいきません!? その3
「明珠っ!」
ひび割れた声と同時に、白銀のきらめきが明珠と《晶盾蟲》の間に
硬質な音とともに、《晶盾蟲》が《龍》に弾き飛ばされた。
鎌首をもたげた《龍》が、
「だめっ!」
明珠は反射的に、晴晶の頭を抱え込むように、上半身を投げ出した。
《龍》のあぎとが、明珠にふれる直前で、ぴたりと止まる。
同時に、明珠は後ろから思いきり肩と腕を掴まれていた。
「明珠っ! 離れろっ!」
「嫌です!」
明珠がしっかり晴晶を抱きかかえているせいで、二人ともが無理矢理引き起こされる。
力任せに明珠と晴晶を引きはがそうとする手の
「龍翔様! 何を――」
ぶつけようとした言葉は、龍翔の顔を見た途端、霧散する。
血の気を失った顔の中で、黒曜石の瞳だけが、
龍翔がとんでもなく怒っているのだと感じ取った途端、明珠は晴晶を抱きしめる腕に力を込めた。
明珠の胸元で、晴晶が「うぐっ」とくぐもった声を上げる。
「放れろ、明珠! こやつは……っ!」
龍翔の怒気をまともに浴びて、全身が恐怖に震える。
先ほど、《晶盾蟲》に襲われた時よりも、もっとずっと怖い。
無意識のうちに歯が鳴り、目に涙がにじむ。けれども。
「放れませんっ! 放れたら、龍翔様、何をなさる気なんですかっ!?」
人の身の丈ほどの《龍》は、今も龍翔の命一つで晴晶に襲いかからんと、白銀の身体をくねらせて、宙に浮かんでいる。
龍翔に、晴晶を傷つけさせたくなんてない。
理屈抜きで思い、晴晶を守るように、ぎゅっ、と強く抱き締める。
「この子は危険じゃありません! 晶夏さんの弟の晴晶くんで……っ、だから……っ!」
「違う……っ!」
不意に、明珠の腕の中の晴晶が暴れ出す。
同時に、《晶盾蟲》も暴れ出し、身をくねらせた《龍》に弾き飛ばされる。
「違う……っ! 僕は晴晶なんかじゃ……っ! 放せっ!」
狂ったように晴晶が暴れる。
「違うっ! 違うんだ……っ!」
力任せに明珠の身体を押し返そうともがく晴晶の指先が、明珠の襟元をかすめる。
指先に引っかかった堅盾族のお守りが、着物の合わせからこぼれ落ち、《龍》の輝きを受けて、薄暗い路地できらめく。
一瞬、晴晶の目が、信じられないものを見たとばかりに見開かれ。
「これ! このお守りは、あなたのお姉さんの晶夏さんにもらったの!」
ずいっ、と晴晶の目の前にお守りを突き出した明珠の言葉に、晴晶の視線が、戸惑ったように揺れる。
「晶夏ねぇ……違う! 僕は晴晶じゃ……っ!」
「わーお! これ、何の修羅場なんスか!? 明順チャンが男の子を押し倒してって……ええ~~っ!? 相手と場所、間違ってません!? あ、英翔サマ、もう一人の賊は、ちゃんと捕まえたっス♪」
晴晶の悲痛な悲鳴をかき消すように、路地の入口に立った安理が、すっとんきょうな声を上げた。
「
明珠と龍翔の向こう、ぐったりと安理に背負われた青年を目にした晴晶が叫ぶ。
「放せ……っ!」
先ほどの勢いを取り戻し、再び暴れようとする晴晶の肩を、明珠越しに龍翔の大きな手が掴む。
「落ち着かれよ」
聞き
龍翔が、静かに晴晶を見据えていた。理知的な光をたたえる黒曜石の瞳からは、先ほどの激昂は
「《堅盾族》の族長、
龍翔の言葉に応じるように、《龍》が晴晶のすぐそばでくるりと優美に輪を描く。
「……皇子、殿下……?」
呆然と、夢でも見ているような声で、晴晶が呟く。龍翔が、視線を合わせたまま、ゆっくりと頷いた。
「その通り。わたしは先の地震の被害を受けた《堅盾族》の支援するべく、この地へ来ている。先日は、《堅盾族》にも赴き、義盾殿に支援の品を渡してきたところだ」
龍翔が人を魅了せずにはいられぬ微笑みを晴晶に向ける。
「何やら深い事情がある様子。わたしで力になれることがあれば、力添えしよう」
「龍翔様……」
晴晶に代わり、明珠はほっ、と息をつく。
先ほどの激昂が幻だったかのように、いつもの龍翔に戻っている。
一方、突然の申し出に思考が追いつかないのか、晴晶は呆然とした表情のまま、固まっていた。だが、ひとまず暴れたり逃げたりする気はなくなったようだ。
明珠は晴晶を抱きしめていた腕をほどくと、晶夏からもらったお守りがよく見えるように手のひらに乗せ、自分より低い晴晶の顔をのぞきこむ。
「会った時、晶夏さんは、晴晶くんのことを、すごく心配していたよ? どんな事情がわからないけれど、私で力になれることがあるなら、できる限りのことをするから……」
晶夏の名前に、
「大丈夫! 私は微力だけれども、私がお仕えしている龍翔様は、すごくお優しくて、頼りになる方だから!」
「明順」
明順という呼び名に戻った龍翔が、そっと明珠の肩を引く。
「あっ。す、すみません。勝手に龍翔様のお名前を……」
「いや、それはよい。それより、しがみついたままでは、晴晶も落ち着かぬだろう。これ以上、騒ぎになってもまずい。いったん、馬車へ戻ろう。くわしい話はそれからだ」
もう、晴晶は大丈夫だと判断したのだろう。龍翔が喚び出していた《龍》と《
明珠を探すために《感気蟲》を放ったのだろうが、《龍》の存在感が強すぎて、今まで《感気蟲》がいることに気づいていなかった。
龍翔の言葉に、明珠は即座に頷く。
「はいっ。……ごめんね、晴晶くん。その、押し倒しちゃって……。怪我とかしていない?」
のしかかっていた晴晶からあわてて飛びのき、おずおずと手を差し伸べる。
「だ、大丈夫です!」
「よかったぁ~」
差し出された明珠の手を握ってよいものがどうか、迷うように揺れる晴晶の手を、明珠はぎゅっと握りしめた。
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