45 さくっと賊を捕まえられたら?


「え~~っ! 明順チャン、今日は着飾らないんスか!? せっかく、今日も腕によりをかけようと、楽しみにしてたのに~~っ!」


 明珠と龍翔と安理は、乾晶の街へ出るため、朝一番で宿営地に寄った。

 そこで一度、天幕に入って、別の馬車で出かけようとしたところで、安理が不満そうに唇をとがらせる。


 今日も乾晶の街へ出るとはいえ、今日の明珠は女物の着物ではなく、男装のままの「明順」だ。


 龍翔も安理も、明珠と同じく、目立たぬ色合いの着物だ。とはいえ、龍翔だけはどんな着物を着ていても、秀麗な美貌のせいで、人目を集めること必至のため、顔を隠すために笠をかぶることになっている。


 不満をこぼす安理を、龍翔が冷ややかに睨みつけた。


「仕方あるまい。今日は、遊びに行くのではなく、捕物とりものなのだぞ? 動きやすい服の方がよいに決まっている。むろん、明順を危険な目に遭わせる気など、さらさらないが」


 「それに」と、龍翔が忌々しそうに吐息する。


「娘の姿で出かけて、陽達ようたつにもう一度絡まれるのは御免だからな」


「えーっ、でも龍翔サマ、明珠チャンのかっわい~姿、もう一度みたいでしょ?」


 頷きかけた龍翔が、かろうじて途中で首を止める。

「それとこれは、話が別だ」


「うーん……」

 何やら考え込んだ安理が、ぽんっ、と楽しそうに両手を合わせる。


「あ、じゃあ。さくっと賊を捕まえたら、龍翔サマと明順チャンは二人でお出かけしたらどーっスか? 尋問はオレが引き受けるんで。いや~っ、オレってばやっさし~っ♪ 従者のかがみと呼んでくれていーっスよ♪」


「誰が従者の鑑だ。捕らぬ狸の皮算用などするな。それよりも、お前は、見つけた二人組が、官邸に忍び込んだ賊であることを祈っておけ。違っていたら、無駄足を踏ませた罰を食らわせるぞ?」


「えーっ。龍翔サマったら怖いっス~。確実と言い切れないからこそ、龍翔サマと明順チャンにご出陣いただくってのに」


 まったくこたえていない様子で、安理がにへら、と笑う。


「まあ、お前の能力は信用している。先に馬車へ行っておけ。わたしもすぐ行く」


 半ば強引に、龍翔が安理を追い出す。

 明珠達が今いるのは、宿営地の中の龍翔用の天幕だ。季白と張宇は今日は官邸に残っているため、安理が出ていくと、龍翔と二人きりになってしまう。


 明珠を振り向いた龍翔が、どこか緊張した面持ちで口を開く。


「明順。この姿を保っていられるだけの《気》は残っているが。今日はおそらく、術師二人を相手取ることになるだろう。となれば、心もとない。その……」


「は、はい」

 緊張のあまり、ひるみそうになるのをこらえて頷く。


 今朝、起きた時は、龍翔の《気》の残り具合を気遣うどころではなかった。

 気がつけば、お仕着せのまま、寝台で眠りこけていたのだから。


 夕べ、龍翔に頭を撫でてもらったところで記憶が途切れていることから推測するに、撫でてもらううちに安心して寝こけた上に、龍翔に寝台まで運んでもらったのだろう。


 龍翔に迷惑をかけてしまったなんて、と、明珠は起きるなり、土下座しそうな勢いで龍翔に謝ったのだが、龍翔は叱るどころか、


「お前も疲れがたまっていただろうに、気が回らなくてすまなかったな。今後は、無理をする前に言うのだぞ?」


 と、逆に謝られてしまい、明珠は大いに恐縮した。

 そのため、《気》の補給については、頭からすっぽ抜けていたのだが。


(……あれ? そういえば、夕べってどうだったっけ……?)


 記憶をたどり、昨日、最後にくちづけしたのは、『鍛錬』の時だったと思い出す。

 とたん、明珠は全身が熱くなるのを自覚した。


「あ、あのっ、えっと……」

 なんと答えればよいかわからず、意味の無い声だけがこぼれ出る。


 自分の役目は頭では理解しているが……あれは、心臓に悪すぎる。

 思い出すだけで頭が沸騰して、ばくばくと鼓動がうるさく暴れ出す。


 まごついていると、龍翔が秀麗な面輪を困ったように歪めた。


「昨日、言っただろう? お前に無理をさせる気はない。昨日のあれは、特別だ。お前はただ、いつも通りにしてくれればよい」


 黒曜石の瞳に不安そうな光を宿した龍翔が、明珠の顔をのぞきこむ。


「龍玉を握って、目を閉じてくれるか?」

「は、はい……」


 いつも通りだって、十二分に恥ずかしいが、昨日の『鍛錬』に比べたらずいぶんましだ。

 明珠はぎゅっ、と固く目を閉じると、服の上から守り袋を握りしめる。


 壊れ物にふれるように、そっと優しく、龍翔の唇が明珠のそれにふれ。


「……やはり、緊張すると息を止めるのは、お前の癖だな」

 唇を離した龍翔が小さく苦笑する。


「えっ!? す、すみません!」


 謝りながらまぶたを開けると、こちらを真っ直ぐに見つめる黒曜石の瞳にぶつかった。

 困り顔のまま、龍翔が尋ねる。


「……もう一度、《気》をもらっても、心臓が壊れはしないか?」

「だ、大丈夫です!」


 勢い込んで頷いたが、無意識のうちに、唇を噛みしめそうになる。

 と、不意に龍翔の指先が、明珠の耳たぶを軽く引っ張った。


「ひゃっ!?」


 声を上げた拍子に、龍翔の唇が下りてくる。

 そっとふれるだけの、優しいくちづけ。


「安理が待っている。行こう」


 唇を離した龍翔手が、明珠の手を取る。

 優しい手に導かれるまま、明珠は天幕を出た。


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