41 従者達の頭痛はとどまるところを知りません!? その2


「えっ? それはつまり、明日街へ出た時に、そうしてこいと?」


「安理っ! 真に受けるなっ! 季白も! 媚薬なんて仕込んでみろ、一口で龍翔様にばれて叩っ斬られるぞっ!」


 龍翔は尊きその身を色々な意味で狙われるあまり、薬には過度に敏感になっている。

 あまりに盛られ過ぎて、多少では効かないほどだ。


「龍翔様が駄目なら、明順チャンって手も……」


「安理。……龍翔様より前に、俺が斬ってやろうか?」


 冷え冷えとした声を放ち、腰の剣の柄に手をかけた張宇を見て、安理があわててぷるぷると首を横に振る。


「冗談! 冗談っスよ! オレ、まだ死にたくないっス!」


「媚薬が駄目なら、酒では……? 酒なら前例がおありですし……。前後不覚まで酔わせてから……」


「季白!」

 悲鳴のような声で叫ぶ。


「落ち着け! 龍翔様がその……っ、もし何かあったとしてだな、そんなことで明順を傷つけてみろ、どれほど嘆かれると思う!? それがわからぬお前ではないだろう!?」


「そうっスよ~。季白サン、冷静になってくださいっス」

 意外にも、安理も季白を思い留まらせようとしてくれる。


「あんまり酔わせちゃうと、いざというときにさわりが……」


 違った。やっぱり安理は安理だった。


 明珠の貞操を守れるのは自分しかいないと、張宇はなんとしてもこの二人を止めねばと決意を固める。


「飲ませるんなら、明順チャンにした方がいいんじゃないっスか? って、あのコ、酒を飲んだことないそうなんで、どうなるか予想がつかないっスけど」


「というか安理! 明順への教育はどうなりました!? 場合によっては特別手当を出すと言ったでしょう?」


「ああ、アレっスか?」


 安理が教育とは……。

 正直、嫌な予感しかしない。


 季白の言葉に、安理はにへらっ、と笑う。


「いやー、特別手当には心引かれるんスけど、やっぱなかったことで!」


「はあっ!?」

 季白が額に青筋を浮かべる。


「なかったことに……っ!? 安理! いったい何を考えているのですか!?」

 季白の剣幕もどこ吹く風で、安理は軽やかな笑みを浮かべる。


「だって~。明順チャンは、今のままの方が、絶~~っ対、オモシロイし♪」


 何を思い出したのか、安理がぶくくくくっ、と笑い声を上げる。


「面白い面白くないの問題ではないでしょうっ!?」

 季白のこめかみの青筋は、今にも切れそうだ。


「え~っ、オレには超重要っスよ! ……ってゆーか、明順チャンも問題ありっスけど、それより……」


 安理が眉をひそめて、言葉を濁す。


「何だ? 気になることがあるなら、言ってみろ」


 張宇が水を向けると、安理は季白と張宇の顔を交互に見た後、「くひひっ」と何とも楽しそうな、そして意地の悪い笑みを浮かべた。


「何でもないっス~♪ ま、あれっスよ。こーゆーのは、周りがアレコレ口出ししたら面白くなくな……あ、違った。本人達の成長を、楽し~く見守るのがいーんじゃないっスかね? 恋路を邪魔して馬に蹴られるのなんて、御免だし~」


「龍翔様の御為おんためならば、馬に蹴られようが、犬にまれようが本望ですよっ!」


 大真面目に季白が即答し、安理が吹き出す。


「おい安理。何か……」

 安理の言葉に思わせぶりなものを感じ、張宇は問い詰めようとしたが。


「んじゃまっ、オレは倉の中を確認してくるっス~♪」


 着替え終えた安理が、追及をかわすかのように、ひらひらっ、と手を振って、部屋から出ていく。


「あっ、待て……」

 追おうとし、思い直して諦める。


 安理の性格だ。張宇が問い詰めたとしても、話しはすまい。

 口が軽く、こちらが目をむくようなことでも、躊躇ちゅうちょなく言い放つ安理だが、ああ見えて、安理自身が言わないと決めたことは、決して他言しない性格だということも、張宇は承知している。


 加えて、人の恋路に口出しするような無粋ぶすいなことは、張宇だってしたくない。


 それが、敬愛する龍翔ならば、尚更だ。

 ――たとえ、龍翔の身分が第二皇子であろうとも。


「まったく、安理は禁呪を解くことの重要性を、何だと思っているのか……っ! ええいっ、そもそもの原因は、あの小娘が……っ!」


 張宇はぶちぶちと怒り狂う季白の肩を、なだめるようにそっと叩いた。


「季白。お前が龍翔様の身を案じ、怒る気持ちもわかるが……。俺も、見守った方がいいという安理の意見には同意する。お前は、馬に蹴られようが、犬に噛まれようが、本望だろうが……」


 張宇は深くふかく、吐息した。


「俺は、お前をとむらうのなんて、真っ平御免だぞ」


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