30 楽しい楽しいお買い物? その2


「うわ~! どれもこれも、綺麗で可愛らしいですね~!」


 三人で入った大きな小間物屋。

 色あざやかで華やかな髪飾りが並ぶ棚で、明珠は歓声を上げた。


 木でできたもの、金属製のもの、彫刻が施されているもの、玉がついているもの、布で作った花を模した飾りがついているもの……。

 と、素材も形も多様なら、色もさまざまで、目がくらむようだ。


 髪なんて紐で一つに束ねるだけ、しかも、その紐だって端切れをより合わせただけで、髪飾りなんて、自分では生まれてこのかた買ったことのない明珠は、今さらながら、自分が張宇の買い物についてきても、まったく役に立たないのではないかと、不安になる。


「あのっ、張宇さん。私、髪飾りにこんなに種類があるなんて知らなくて……。張宇さんの方が、妹さんのお好みを知ってらっしゃる分、喜んでもらえるものを探せるんじゃないでしょうか……?」


 「よかったら、妹に贈る髪飾りに助言をもらえないかな?」と頼んだ張宇に安請け合いした己を、明珠は本気で後悔した。


 駄目だ。まったく役に立てる気がしない。


 おずおずと申し出ると張宇が、いつもの人を安心させるような笑顔を見せる。


「いや、若い娘さんの意見が聞けるだけで助かるよ。いつも、甘味を土産にしていたら、「お兄様は女心をわかってない! 甘いものさえ与えておけばいいと思ってるでしょう!? 体重のことも考えてっ!」って、怒られてなぁ……」


 とほほ、と溜息をつく張宇に、思わず吹き出す。


「やっぱり、張宇さんもいいおうちの方なんですね。甘味の食べ過ぎで太るなんて、夢みたいです」


 気さくで穏やかな人柄なので、ふだんは感じないが、第二皇子である龍翔に仕えるだけあって、良い家柄なのだと感心すると、なぜか龍翔と張宇が過敏に反応した。


「よし。今日から毎日、茶の時間を設けるぞ。もちろん菓子つきでな」

「今日は甘味でも他の物でも、好きなだけ食べような!」


「は、はい。ありがとうございます……? でもあの、大丈夫ですよ? あんまり舌が贅沢ぜいたくに慣れちゃうと、あとで困ると思いますし……」


 布団といい食事といい、お仕着せといい、龍翔に仕えるようになってから、さまざまな贅沢を覚えてしまった。正直、実家に戻った時が怖い。


「で、明珠はどういうのが好みだい? よかったら、参考までに教えてくれないか?」


 張宇に促され、本来の目的を思い出す。

 明珠は髪飾りがきらめく棚に視線を戻した。が。


「すみません……。今まで、髪飾りを買ったことがない上に、どれもこれもきらびやかで、私には似合いそうになくて……。どれが好みかすら、よくわかりません……」


 情けない声しか、出てこない。


「私には縁遠い物すぎて、目がちかちかしてきます……」


 いったい、これ一本でいくらするのかと思うと、さわるのすら恐ろしい。

 繊細な飾りは、うっかりふれると、壊してしまいそうだ。


「これなど似合うのではないか?」


 ひょい、と龍翔が髪飾りの一つに手を伸ばす。

 持ち上げたのは、桃色や紅色の布で花の形を作った飾りがいくつもついた華やかなものだ。


「ほら、今日の服にもよく似合う」

「いいですね、華やかで」

 張宇も笑って同意するが。


「あのっ、張宇さんの妹さんの髪飾りを探しに来たんですよね?」

「ああ。だが、ついでにお前のを買ってもよいだろう?」


「よくありませんよ! こんな高い物ですのに!」

 当然とばかりに告げる龍翔に、反論する。


「よいではないか。それに、それほど高くないぞ。こちらの紅玉がついているのも似合いそうだな」


「こちらの彫金されている物はいかがです? 彫りも繊細ですし、銀だけですから、どんな服にも合いますよ」

「その視点はなかったな。確かに、使い回せるほうが便利か……」


「ちょっ、ちょっとお待ちくださいっ!」


 右から左から、交互に明珠の顔の横に髪飾りを持ってきては、

「これも似合うな」

「こちらもいいですね」

 を繰り返す二人を、必死に押し留める。


「お気遣いは嬉しいですけれど、私にはもったいないですから!」


「金のことなど気にするなと言っただろう? 年頃の娘なんだ。髪飾りの四、五本くらい持っていて当然だ」


「四、五本って!? 頭は一つしかないんですよ!? というか、もったいないっていうのは、お金のこともありますけど、その……っ。す機会のないものを買うなんてもったいないってことです! お仕着せの時はつけられませんでしょう!?」


 明珠の叫びに、龍翔と張宇の手がぴたりと止まる。


「……やはり、お前には無理をさせているか」

 苦い苦い、龍翔の低い声。


「へ?」

 あまりに予想外な言葉に、間抜けな声が出る。


 が、痛みをこらえるような少年の面輪を見た途端、明珠は髪飾りを握っていない方の手を、両手で強く握り締めていた。


「何をおっしゃるんですか!? 英翔様にお仕えさせていただいて、無理をしているなんて感じたことなんて、一度もありませんっ!」


「だが、男装していたら髪飾りの一つもつけられまい?」


「侍女としてお仕えしたって同じです! 掃除とか料理とか、ばたばた動くのに、髪飾りなんてつけていたら、落とさないかと気が散って仕方ないじゃないですか!」


「……本当か?」


「私が英翔様に嘘をつく必要が、どこにあるんです!?」

 疑わしげに見上げる英翔と視線を合わせ、きっぱりと頷く。


「私は、英翔様にお仕えできて幸せです!」


「っ!」

 龍翔が息を飲む。ややあって。


「……つまり、仕事の邪魔になるから、髪飾りは要らぬ、と?」

「その通りですっ」


 龍翔と張宇の行為を無にするようで申し訳ないが、使わないものにお金を払うなど、貧乏人の倫理観が許さない。


 こっくりと頷くと、龍翔が深く吐息した。


「お前の言いたいことはわかった。では、髪飾りがいらぬのなら、他に欲しいものを言え」

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