29 おでかけのその前に? その2


「はいは~い。じゃ、こっちに座ってね~♪」


 着替え終わりました、と龍翔と張宇、安理が待つ部屋に戻った途端、明珠は椅子に座るよう、安理に手を引かれた。


「え? え?」

 戸惑いながら椅子に座ると、


「んじゃ、髪を結ったげるから、大人しく座っててね~」

 と、うなじのところで一つに束ねていた髪をほどかれる。


「結うって……。だ、大丈夫ですよ! 自分でできます!」


「え~。何のためにオレがわざわざ残ったと思ってるのさ~。明珠チャンの髪を結うためなんだから。やっぱり、可愛い服を着たんなら、髪だって可愛く結わなきゃね~」


 話しながらも、安理の手は素早く動いていく。

 懐から出したくしで髪をき、本職の髪結いのように器用に明珠の髪を結い――。


「ほいっ、でっきあっがり~♪ いや~、やっぱり元がいいと、可愛く仕上がるねっ♪ どうっスか、英翔サマ?」


「……安理。後でいい酒をやる」

「やった~! 英翔サマ、太っ腹~♪」


「えっと……」

 戸惑う明珠に、安理が懐から手鏡を差し出してくれる。


 のぞきこんだそこには、いつも見慣れた顔の、けれど初めて見る、娘らしく髪を結い上げ、着飾った自分がいた。


 いつもの自分と違い過ぎて、何だか、映っているのは自分ではないような気持ちになる。


 安理は、長い黒髪を二つに分けて編み込み、耳の辺りでくるりと輪を描いて止めていた。手早くこんなった髪型を作れるなんて、本当に器用だと感心する。


「安理さん、ありがとうございます」

 深々と頭を下げて礼を言うと、にへら、といつもの軽い笑みが返ってきた。


「いいっていいって。ぜんぜん手間じゃないし、結ってほしかったら、いつでもしてあげるから、言ってくれたらいいよ♪」


 出来を確かめるように明珠を見つめた安理が、「あー」と、残念そうな声を上げる。


「でもこの髪型なら、かんざしとかがあった方が、もっと映えるだろ~な~。さすがに、そこまでは持ってないんスよね~」


 安理がちらりと龍翔に思わせぶりな視線を送ると、龍翔が任せておけとばかりに、深く頷く。


 一歩、明珠の前へ進んだ龍翔が、真っ直ぐに明珠を見つめ。


「可愛いな」


「ふえっ!?」

 素っ頓狂な声を上げたところに、張宇が穏やかに笑って頷く。


「うん。可愛いよ。やっぱり、娘らしい格好をしている方が、よく似合う」

「オレの見立ては天才的! も~、今なら、たいていの男はオトせちゃうねっ♪」

「安理。変なことを明珠に吹き込むな!」


「あの、あのあの……っ」


 少年姿の龍翔が安理を蹴りつけようとするが、止めるどころではない。

 今まで、着飾ったこともなければ、容姿を褒められた経験だってない。


「か、からかうのはおやめください……っ」


 恥ずかしくて、顔が上げられない。

 頬も耳も、熱くなっているのがわかる。


 うつむいていると、伸ばされた少年の手が、視界に入る。

 優しく頬にふれた指先に、導かれるように顔を上げ。


「よく似合っている。花の化身かと思うほど、愛らしいぞ」


 明珠などより、よっぽど可愛らしい顔で微笑まれ、思考が止まる。


「なっ、何をおっしゃってるんですかっ!? 英翔様の方が、よっぽどお可愛らしいですよ!」


 叫んだ途端、龍翔が不機嫌そうに眉を寄せる。


「何をわけのわからぬことを言っている? 愛らしいのは、お前だろう?」


 頬から離した手を明珠の右手に絡ませ、持ち上げた龍翔が、ごく自然な所作で、指先に口づける。


「せっかくお前が着飾っているというのに、元の姿で隣を歩けぬのが、残念だ」


 上目遣いに明珠を見上げた黒曜石の瞳に、腰が砕けそうになる。

 椅子に座っていなかったら、よろけていたかもしれない。


「なっ、何なさるんですか――っ!?」


 指を引き抜こうとするが、読んでいたかのように、龍翔が指先に力を込める。


「え、英翔様っ!?」


 おかしい。今は少年姿のはずなのに、まるで青年姿の龍翔を相手にしているかのようだ。


「では、準備も整ったことだし、出かけるか」


 明珠の手を引いて立ち上がらせた龍翔が、振り返って、馬鹿笑いを続けている安理を邪険に蹴る。


「安理、笑い過ぎだ。もう用は済んだから、とっとと出て働いてこい」


「ひどっ! 龍翔様、オレのこと、いいように使うだけ使って、お払い箱っスか⁉」


 安理がぎゃあぎゃあと抗議する。


「明珠のこの姿を見られただけで、十分だろうが。言っておくが、今日はこれ以上、つきまとうなよ? 影が見えたら、張宇に斬らせるからな?」


「お任せください」

 龍翔の物騒な言葉に、張宇が笑顔で、腰にいた剣の柄を叩く。


「え~っ、やっぱダメなんスか~。絶対、面白いに決まってるのに……」


 安理が唇を尖らせるが、龍翔は一顧だにしない。


「無論だ。お前の馬鹿笑いで衆目を集める気はない。明珠、こいつは放っておいて行くぞ」

 龍翔が明珠の手を引く。


「ええと……」


「明珠チャン。オレのことは気にせず、楽しんでおいで~♪ みやげ話に期待してるよ♪」


「はあ……」


 うって変わって、ひらひらと軽やかに手を振る安理に見送られ、明珠は龍翔と張宇と共に、部屋を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る