28 (幕間)お前の悲願を、叶えてやろう
「失敗した上、捕らえられて宿営地に連行されただと……!?」
部下からの報告に、男は驚愕の声を上げた。
「皇子一行は、十人以下という報告だっただろう!? なぜ、三倍以上の賊で、
「役立たずの賊どもめ……」と苦々しく呟いた男は、ふとあることに気づき、部下を
「間違っても、わたしの名が出ることのないよう、ちゃんと人を介しているだろうな?」
油断なく部下に問う。
己の立身出世のために、山賊どもをそそのかさせたというのに、自分自身が捕まっては、元も子もない。
「もちろんでございます。山賊どもをいくら調べようとも、決して立案者まで辿りつくことはございません」
部下の言葉に、小さく安堵の息を吐く。
同時に、こんなことに
「第二皇子を王都から引き離すだけでよいと聞いていたはずが……。なぜ、このわたしが、このような俗事で悩まねばならん」
考えれば考えるほど、元凶となったまだ見ぬ術師への怒りが湧き上がる。
「《龍》の力は封じたため、殺すのは赤子の手をひねるようなものと、手紙で申していたではないか……っ! いや、そもそも、最初の襲撃で、計画通り息の根を止めていれば、今頃、わたしは……っ!」
ぎりぎりと歯がみし、きつい声音で問いかける。
「
主の剣幕に、部下は恐縮したように首をすくめ、あわてて口を開く。
「もう、間もなく到着するかと……。その者が到着さえすれば、あとはその術者に任せればよろしいのでは……?」
「確かにな」
男は重々しく頷く。
冥骸さえ到着すれば、皇子の暗殺は任せてしまえばいい。わざわざ己の手を汚す必要はない。
堅盾族への往路で山賊に皇子一行を襲わせたのは、それが都合がよかったからだ。
官邸の中で死んでもらっては困る。
余計な疑いをかけられるのは、御免こうむる。
皇子暗殺が成功したとしても、己に疑いが向かぬよう、それなりの『犯人』が必要だ――堅盾族のような。
堅盾族ならば……。
考えに
現れたのは、よく日に焼け、鍛えられた身体つきの二十代半ばの男――
賊の襲撃以降、乾晶で組織された自警団の一員であることを示す黄色い布を、着物の上から右腕の上腕部に巻いている。
陽達の布には、自警団の団長であることを示す黒い丸が
「よう。相変わらず、しかつめらしいらしい顔だな」
ぞんざいな挨拶に、苦虫を
まったく、この粗野な男は、ここをどこだと思っているのか。
本来ならば、直接、口をきくようなことができるほど、この身は安くないというのに。
(本来、か……)
男はそっと口元を歪める。
(本来ならば……)
「自警団の活動の方は、どうだ?」
表情を読まれる前に、こちらから問いかけると、陽達は、広い肩をすくめた。
「指示通り、うまくやっているさ。今日だって、盗っ人を一人捕まえた。仲間が逃げたんで、明日、追うが……」
思わず顔をしかめていたらしい。陽達が、
「明日にはちゃんと捕まえる。安心しろ。堅盾族がいなくても、以前と変わらぬほど、治安は回復しているぜ」
《堅盾族》の名を出した時だけ、複雑な内心を反映してか、陽達の張りのある声がわずかに揺れる。
が、それにふれることはせず、男は
「その調子で頼むぞ。自警団が優秀であればあるほど、『次』が
「ぐだぐだ言われなくても、わかっているさ」
ぞんざいな物言いに苛立ちが募るが、この程度で怒りを表に出していては、官吏などやっていられない。
そもそも、物言う道具が多少口答えしたところで、怒る必要など、ありはしない。
道具は、役に立ちさえすればいいのだから。
冥骸も陽達も……第二皇子でさえ、男にとっては、立身出世のための道具だ。
(そうだ。わたしのために、せいぜい役立つがいい。わたしは、乾晶などで終わる男ではないのだ。乾晶で築いた富を元に、王都に戻り――)
輝かしい未来を夢想しながら、男は口を開いた。
「陽達。二日前の夜、官邸に賊は入ったことは、もう聞き及んでいるな? 兵の報告では、術師の二人組だという。何者が、どんな意図で侵入したかはわからんが……。これは、
男は、唇を歪め、にやりと笑う。
何者かは知らぬが、よい時機に官邸に押し入ってくれたものだ。いい目くらましになる。
「いいな。その賊を必ず捕らえよ。だが、捕らえても、それを秘すのだ。……わかっているな?」
「わかってるさ。あんたの指示に従えってことだろう?」
日に焼けた
大仰に鼻の頭にしわを寄せた陽達にはとんちゃくせず、男はゆっくりと頷いた。
「そうだ。お前は、大人しくわたしの指示に従っていればいい。そうすれば……。お前の悲願を、叶えてやろう」
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