27 あっちもこっちも隠し事? その1


「あれ? 荷馬車は置いていくんですか?」


 張宇が御者台に座る馬車に乗り込んできた季白と安理に、明珠は驚いて尋ねた。頷いたのは季白だ。


「馬は貴重ですからね。荷馬車ごと、《堅盾族》に寄付することにしたのです。少しは、復興の役に立つでしょう」


「出発してよろしいですか?」

 張宇の声に龍翔が応え、馬車が動き出す。


 見送りは義盾ぎじゅんと晶夏だ。窓から晶夏の姿を見えなくなるまで、明珠はずっと手を振り続けた。


「晶夏嬢と、ずいぶん仲良くなったのだな」

 村から離れ、手を振るのをやめたところで、龍翔に話しかけられる。


「はい! 何だか妙に気が合って……。母親を亡くしているとか、弟がいるのか、境遇が似ているせいでしょうか……?」


晴晶せいしょうだったか。《堅盾族》の次期族長となる少年であれば、ぜひとも、会って人となりを確かめたかったが……」


「私もお会いしたかったです! あんなに晶夏さんが心配していたんですもん。きっと、可愛くていい子に決まってますよ! ああっ、会いたかったなあ……」


 ものすごく残念だ。

 肩を落として呟くと、龍翔に苦笑された。


「前から薄々思っていたが、お前は、自分より年下の者に甘過ぎではないか?」


「えっ!? そんなことないですよ? だって、順雪じゅんせつはすごくいい子で可愛らしいですし、英翔様だって、すごくお可愛らしかったじゃないですか! 可愛らしい子に甘くなるのは当然です!」


 ぐっ、と拳を握りしめて力説すると、安理が「ぶっひゃっひゃ」と吹き出した。

「明順チャンくらいっスよ。この方を可愛らしいなんて言うのは」


「可愛いというのは、男には褒め言葉にならんと言っただろう?」

 憮然ぶぜんと呟いた龍翔が、ふと何かを思いついたようにいたずらっぽい顔になる。


「だが、可愛い者に甘くなるというのなら、わたしがお前に甘くなるのも道理だな」


「へ? ……龍翔様って、目もお悪いんでしたっけ……?」

「ぶっひゃっひゃっひゃ!」

 向かいの席の安理が腹を抱える。


「悪いのはご趣味でしょう。誠に遺憾ながら」

 眉間に深いしわを刻んで呟いたのは季白だ。安理が再び馬鹿笑いする。


「わたしは目は良い方だぞ」

 不機嫌そうに眉を寄せた龍翔が、不意に明珠の胸元に手を伸ばす。


「これは?」

 龍翔の長い指先が掴んだのは、晶夏に贈られたお守りだ。


「あ、晶夏さんにいただいたんです! 《堅盾族》に代々伝わるお守りだそうで……。《晶盾蟲》のさなぎの殻でできているそうなんです! 綺麗ですよね~!」


「確かに綺麗だが……。よくもらえたものだな」

「明順チャンはタラシだもんねぇ~」


「へ? たらしって……。お団子の話ですか?」

 きょと、と首を傾げると、龍翔が苦笑とともにお守りから手を放す。


「せっかくもらったのだ。大切にするといい」

「はいっ」

 明珠が笑顔で大きく頷いたところで、季白が生真面目な顔で口を開く。


「で、明順。晶夏嬢と堅盾族の村に出てみて、どうでしたか?」


「え? どうって……?」

「何でもいいんですよ。あなたが見て、感じたことを言ってみなさい」


「はあ……」

 いぶかしく思いながらも、明珠は頷く。雇い主である季白の指示に逆らう理由などない。


「炊き出しの手伝いに行ったところは、被害が大きくて……。早く元の生活に戻れたらいいなと思いました。あ、そういえば、《晶盾蟲》が修理の手伝いをしているところを見たんですけど、すごいんですよ!」


 《晶盾蟲》がどんなに優れた蟲かということを興奮気味に伝えると、龍翔が渋面になった。季白も眉間に深い皺を刻む。


「あの……? 何か、変なことを言いましたか……?」

 不安になって、龍翔と季白の顔を交互に見ると、龍翔が険しい顔のまま、口を開いた。


「おととい官邸に侵入した賊は二人で、ともに術師だった。だが、術師二人だけで、あの大きな倉を壊したとは思えん。賊は他にも何人もいるのだと思っていたが、《晶盾蟲》がそれほどの力を持っているとするなら……」


 龍翔の言葉に、ぞわりと背筋に悪寒が走る。


「まさか、龍翔様は、官邸を襲撃した賊が《堅盾族》だとおっしゃるんですか!?」

 思わず、龍翔の袖に取りすがる。


「そんなわけがありません! 晶夏さんや、あんなに純朴そうな堅盾族の人達が賊だなんて……っ!」


「落ち着け。まだ、そうと決まったわけではない。わたしはただ、可能性の一つを示唆しさしただけだ」


 龍翔が落ち着かせようとするように、明珠の手を優しく握る。

 だが、そう言われても落ち着けるわけがない。


「だって……。そんなこと、絶対にありえません! いくら《晶盾蟲》が、力のある蟲だからって……」


「ええい、見苦しい! 落ち着きなさい! 龍翔様が、可能性の一つにすぎないとおっしゃっているでしょう!」


「ひゃっ!」

 季白の声に、条件反射で背が伸びる。


「賊の手がかりが全くない以上、ありとあらゆる可能性を考えておく必要があります。情が湧いたからといって、考慮の外にやる事態などありえません! それでも、龍翔様の従者ですか!」


「も、申し訳ありません……」

 そうだ。龍翔が王都に戻るためには、なんとして官邸を襲撃した賊を捕らえ、乾晶に治安を取り戻さなければならない。


「季白。そんなに厳しく明順を責めるな。《晶盾蟲》について知れたのは、明順の手柄だろう?」

 龍翔があやすように明珠の頭を撫でる。


「そうっスよ~。今回に限っては、明順チャン、オレより優秀だったんスから」

 安理も笑って口添えしてくれる。


「で、義盾殿と話したお二人の手応えはどうだったんスか? そのご様子だと、堅盾族が犯人とも無実だとも、確定できなかったみたいっスけど?」


 安理に水を向けられ、龍翔と季白ははかったように同時に頷いた。


「確かに、堅盾族が族であるという確証は得られなかった。義盾の人となりを見るに、自ら進んで乱を起こすような人物には見えぬ。だが……」


「どうにも、何か隠しているようなのですよ」

 龍翔の言葉を季白が引き継ぐ。


「単に、堅盾族のしきたりゆえに、部外者に情報を洩らせぬというだけではなく、何か、堅盾族にとって、都合の悪いことを隠しているような、そんな印象がぬぐえないのです」


「証拠もなく問い詰めたところで、素直に白状するようには見えぬしな」

 龍翔が嘆息する。


「第二皇子の威光を笠に着て、無理矢理、口を割らせることもできたかもしれんが……。堅盾族は、砂波さは国と接する国境の守りのかなめ。我が国に隔意かくいを抱かせるような事態は引き起こしたくない」


「そういえば、十数年前に実際にありましたね。砂波国が、堅盾族を自国に取り込もうとする企みが」

 季白がふと思い出したように口を開く。


「詳細な記録が残っておりませんので、わたくしも詳しくは存じませんが、堅盾族の内部でいざこざがあったとか。確か、義盾殿が族長となられたのは、その騒ぎのすぐ後ではなかったかと」


「……季白。今回の反乱の件、砂波国が絡んでいると思うか?」

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