27 あっちもこっちも隠し事? その1
「あれ? 荷馬車は置いていくんですか?」
張宇が御者台に座る馬車に乗り込んできた季白と安理に、明珠は驚いて尋ねた。頷いたのは季白だ。
「馬は貴重ですからね。荷馬車ごと、《堅盾族》に寄付することにしたのです。少しは、復興の役に立つでしょう」
「出発してよろしいですか?」
張宇の声に龍翔が応え、馬車が動き出す。
見送りは
「晶夏嬢と、ずいぶん仲良くなったのだな」
村から離れ、手を振るのをやめたところで、龍翔に話しかけられる。
「はい! 何だか妙に気が合って……。母親を亡くしているとか、弟がいるのか、境遇が似ているせいでしょうか……?」
「
「私もお会いしたかったです! あんなに晶夏さんが心配していたんですもん。きっと、可愛くていい子に決まってますよ! ああっ、会いたかったなあ……」
ものすごく残念だ。
肩を落として呟くと、龍翔に苦笑された。
「前から薄々思っていたが、お前は、自分より年下の者に甘過ぎではないか?」
「えっ!? そんなことないですよ? だって、
ぐっ、と拳を握りしめて力説すると、安理が「ぶっひゃっひゃ」と吹き出した。
「明順チャンくらいっスよ。この方を可愛らしいなんて言うのは」
「可愛いというのは、男には褒め言葉にならんと言っただろう?」
「だが、可愛い者に甘くなるというのなら、わたしがお前に甘くなるのも道理だな」
「へ? ……龍翔様って、目もお悪いんでしたっけ……?」
「ぶっひゃっひゃっひゃ!」
向かいの席の安理が腹を抱える。
「悪いのはご趣味でしょう。誠に遺憾ながら」
眉間に深い
「わたしは目は良い方だぞ」
不機嫌そうに眉を寄せた龍翔が、不意に明珠の胸元に手を伸ばす。
「これは?」
龍翔の長い指先が掴んだのは、晶夏に贈られたお守りだ。
「あ、晶夏さんにいただいたんです! 《堅盾族》に代々伝わるお守りだそうで……。《晶盾蟲》の
「確かに綺麗だが……。よくもらえたものだな」
「明順チャンはタラシだもんねぇ~」
「へ? たらしって……。お団子の話ですか?」
きょと、と首を傾げると、龍翔が苦笑とともにお守りから手を放す。
「せっかくもらったのだ。大切にするといい」
「はいっ」
明珠が笑顔で大きく頷いたところで、季白が生真面目な顔で口を開く。
「で、明順。晶夏嬢と堅盾族の村に出てみて、どうでしたか?」
「え? どうって……?」
「何でもいいんですよ。あなたが見て、感じたことを言ってみなさい」
「はあ……」
いぶかしく思いながらも、明珠は頷く。雇い主である季白の指示に逆らう理由などない。
「炊き出しの手伝いに行ったところは、被害が大きくて……。早く元の生活に戻れたらいいなと思いました。あ、そういえば、《晶盾蟲》が修理の手伝いをしているところを見たんですけど、すごいんですよ!」
《晶盾蟲》がどんなに優れた蟲かということを興奮気味に伝えると、龍翔が渋面になった。季白も眉間に深い皺を刻む。
「あの……? 何か、変なことを言いましたか……?」
不安になって、龍翔と季白の顔を交互に見ると、龍翔が険しい顔のまま、口を開いた。
「おととい官邸に侵入した賊は二人で、ともに術師だった。だが、術師二人だけで、あの大きな倉を壊したとは思えん。賊は他にも何人もいるのだと思っていたが、《晶盾蟲》がそれほどの力を持っているとするなら……」
龍翔の言葉に、ぞわりと背筋に悪寒が走る。
「まさか、龍翔様は、官邸を襲撃した賊が《堅盾族》だとおっしゃるんですか!?」
思わず、龍翔の袖に取りすがる。
「そんなわけがありません! 晶夏さんや、あんなに純朴そうな堅盾族の人達が賊だなんて……っ!」
「落ち着け。まだ、そうと決まったわけではない。わたしはただ、可能性の一つを
龍翔が落ち着かせようとするように、明珠の手を優しく握る。
だが、そう言われても落ち着けるわけがない。
「だって……。そんなこと、絶対にありえません! いくら《晶盾蟲》が、力のある蟲だからって……」
「ええい、見苦しい! 落ち着きなさい! 龍翔様が、可能性の一つにすぎないとおっしゃっているでしょう!」
「ひゃっ!」
季白の声に、条件反射で背が伸びる。
「賊の手がかりが全くない以上、ありとあらゆる可能性を考えておく必要があります。情が湧いたからといって、考慮の外にやる事態などありえません! それでも、龍翔様の従者ですか!」
「も、申し訳ありません……」
そうだ。龍翔が王都に戻るためには、なんとして官邸を襲撃した賊を捕らえ、乾晶に治安を取り戻さなければならない。
「季白。そんなに厳しく明順を責めるな。《晶盾蟲》について知れたのは、明順の手柄だろう?」
龍翔があやすように明珠の頭を撫でる。
「そうっスよ~。今回に限っては、明順チャン、オレより優秀だったんスから」
安理も笑って口添えしてくれる。
「で、義盾殿と話したお二人の手応えはどうだったんスか? そのご様子だと、堅盾族が犯人とも無実だとも、確定できなかったみたいっスけど?」
安理に水を向けられ、龍翔と季白ははかったように同時に頷いた。
「確かに、堅盾族が族であるという確証は得られなかった。義盾の人となりを見るに、自ら進んで乱を起こすような人物には見えぬ。だが……」
「どうにも、何か隠しているようなのですよ」
龍翔の言葉を季白が引き継ぐ。
「単に、堅盾族のしきたりゆえに、部外者に情報を洩らせぬというだけではなく、何か、堅盾族にとって、都合の悪いことを隠しているような、そんな印象がぬぐえないのです」
「証拠もなく問い詰めたところで、素直に白状するようには見えぬしな」
龍翔が嘆息する。
「第二皇子の威光を笠に着て、無理矢理、口を割らせることもできたかもしれんが……。堅盾族は、
「そういえば、十数年前に実際にありましたね。砂波国が、堅盾族を自国に取り込もうとする企みが」
季白がふと思い出したように口を開く。
「詳細な記録が残っておりませんので、わたくしも詳しくは存じませんが、堅盾族の内部でいざこざがあったとか。確か、義盾殿が族長となられたのは、その騒ぎのすぐ後ではなかったかと」
「……季白。今回の反乱の件、砂波国が絡んでいると思うか?」
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