26 友情の証にお守りを


「あのっ、明順さん……」


 出立の準備途中、台所へ水筒に入れる水をもらいに行った明珠は、晶夏に呼び止められた。


「もう、出立されてしまうんですね」

 寂しそうに眉を下げる晶夏に、胸がきゅんとなる。


「はい、名残惜しいですけれど……。一晩、お世話になりました」

 ぺこりと頭を下げた明珠は、顔を上げて晶夏を見ると、にこりと笑った。


「晶夏さんに会えて、お友達になれて、嬉しかったです」


「私もです!」

 明珠の語尾にかぶせるように、晶夏が勢い込んで言う。


「私も、明順さんとお友達になれて、本当に……」

 愛らしい顔を薄紅色に染めた晶夏が、


「それで、その……」

 と、帯の間から何やら小さな物を取り出す。


「よかったら、これをもらってくれませんか? 《堅盾族》に伝わるお守りなんです」


 晶夏が取り出したのは、一寸にも満たない楕円だえん形の透き通ったお守りだった。首にかけられるよう、紐が通されている。


「わあっ、綺麗……っ! ありがとうございます! でも、いいんですか? こんな高価そうなお守り……」

 受け取りかねていると、晶夏が柔らかく微笑んだ。


「これ、《晶盾蟲》が成虫になる時の、さなぎの抜け殻が材料なんです。……その、お嫌じゃなければ」


「嫌だなんて、とんでもないっ! 嬉しいですっ、本当にありがとうございます!」


 両手で大切にお守りを受け取った明珠は、窓からの光にお守りを透かした。


「お星様みたいに綺麗ですねぇ」


 緩やかに湾曲した二片を張り合わせ、中にも細かい殻を入れているらしい。

 陽の光を乱反射して、まるで手の中に星があるようだ。


「《堅盾族》では、子どもが生まれるとこのお守りを作るんです。《晶盾蟲》の加護がありますようにと……」


 晶夏が自分の首から下げたお守りを見せてくれる。


「いいんですか? そんな由来のあるものをいただいてしまって……」

 問うと、晶夏がゆっくりと頷く。


「はい。明順さえよければ、ぜひ」


「ありがとうございます! 嬉しいです!」

 首にかけようとして、気づく、


「これ……。紐もすごく凝った編みなんですね」


 手作りなのだろう。何色もの糸を複雑に編んだ飾り紐は、これだけでも価値があるに違いない。

 晶夏が微笑んで頷く。


「私が編んだんです。むかしから、それぞれの家で、固有の編み模様が伝わっていて……。ほら、村中でみんな同じお守りを持ってるでしょう。混ざってしまった時は、この紐で見分けるんです」


「へえ……」

 感心して、首から下げたお守りをまじまじと見る。


「じゃあ、晶夏さんとおおそろいですね! 嬉しいです!」

 笑顔で告げると、晶夏の頬が薄紅色に染まる。


「今回は会えませんでしたけど……。晴晶くんとも、おそろいになるんですね」


 姉弟でおそろいのお守りを持っているなんて、素敵だ。

 そのうち、順雪にも何かおそろいの物を買って贈ろう。


 そんなことを夢想していた明珠は、晶夏の表情が急に沈みこんだのを見て驚いた。


「晶夏さん⁉ どうしたんですか⁉」

 何か悪いことを言ってしまっただろうかと、あわてて尋ねると、晶夏は「いえ……」と力無くかぶりを振った。


「その……。晴晶のことが、心配で……」


「《堅盾族》のしきたりで、お出かけしているんでしたよね? 一人で出かけているんですか?」


 晴晶は今年で十三歳だという。一人で村から出すのは、まだ心配が残る年齢だろう。明珠だって、もし順雪が一人で旅をすることになったら、何をどうしてでもついていきたい。


「いえ、村の青年が一人、供としてついていっているのですが……」


 晶夏が言いよどんで視線を伏せる。《堅盾族》には、他者に明かせないしきたりが多いと、昨夜の内に聞いているので、明珠もあえて問いたださない。


 だが、晶夏の憂い顔をなんとかしたくて、両手でそっと、晶夏の手を取る。


「事情はわかりませんけれど、晶夏さんの弟なら、絶対、大丈夫ですよ! こんな優しいお姉さんに心配をかけるようなこと、しているはずがありません! お守りだって、持っているんですし!」


 顔を上げた晶夏と視線を合わせ、「ね?」と微笑む。


「もし、何か心配事があるんなら、僕も一緒に無事を祈りますよ。せっかく、おそろいのお守りをもらったんですから!」


「明順さん……」

 明珠を見つめる晶夏の瞳が、迷うように揺れる。唇が、何か言いたげにわなないた。


「その……」

「はい?」


 明珠は微笑んで晶夏の言葉の続きを待った。

 ややあって。


「その、またご縁があって、お会いできたらいいですね……」


 晶夏の目が、哀しげに伏せられる。

 乾晶に住み続けるというのならともかく、龍翔に仕え続けるのなら、いつかは王都へと行くのだろう。


 きっと、再会はかなり難しいに違いない。


 龍華国は広い。会いたいと思っても、会えないままに一生を過ごすことだって多くある。


 だからこそ、たった一度の出会いを大切にしたい。


「そうですね。……ああっ、すみません! こちらからも何かお渡しできるものがあれば、よかったんですけど……」


 全身、お仕着せの明珠には、自分の自由になるものなど、ほとんどない。


 申し訳なく思っていると、

「そんな、気になさらないでください」

 と晶夏がかぶりを振る。


「私が贈りたかっただけですから……」


「本当にありがとうございます! 大切にします!」

 にっこり笑って礼を言う。


「これを見るたび、晶夏さんと晴晶くんの幸せをお祈りしますね」


「明順。そろそろ準備は終わりそうか?」

 張宇が廊下の向こうから顔をのぞかせる。


「あっ、すみません。すぐに参ります」

 答えた明珠は晶夏に向き直ると、どちらともなく手を取り合った。


「晶夏さん。お元気で。まだまだ大変でしょうが、無理はなさらないでください」

「ありがとうございます。明順さんも……どうぞお元気で」


「はい!」

 名残惜しいが、龍翔達を待たせるわけにはいかない。


 もう一度、お互いに固く手を握り合い、明珠は台所を辞した。



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