25 お手伝いなら任せてください!? その4


「龍翔様!」


 笑顔で駆けてくる姿は、主人を見つけて走ってくる子犬を連想させる。何が嬉しいのか知らないが、ぱたぱた揺れる尻尾の幻が見えるようだ。


「どうか、なさったんですか?」

 龍翔の目の前までやってきた明珠が、こてん、と愛らしく小首を傾げた。


「どう、とは?」

「何だか、難しいお顔をされていたように見受けられましたので……」


 もしかして、龍翔が不機嫌な顔をしているのを見て、心配して駆けてきたのだろうか。


 口元に笑みが浮かぶのを感じながら、龍翔は明珠の頭を優しく撫でた。


「安理と話をしていただけだ。それより、手伝い、ご苦労だったな」

 撫でられた明珠が、嬉しそうな、どこかくすぐったそうな顔をする。


「とんでもないです。御許可を下さり、ありがとうございました」

 ぺこりと明珠が頭を下げる。


「晶夏嬢と、ずいぶん仲良くなったようだな。手までつないで」

 水を向けると、明珠の顔が花のようにほころんだ。


「はいっ! 晶夏さんとお友達になったんです!」


「……友達?」

 予想だにしていなかった言葉に、思考が止まる。


 友など……。龍翔の人生には、今まで一度も関わりの無かった言葉だ。

 呆気に取られている龍翔に気づかぬ様子で、明珠がはにかむ。


「実家にいた頃にも、友達はいたんですけれど、母が亡くなって、働くようになってからは、疎遠になってしまって……。同じ年頃の女の子と話したのなんて、久しぶりです」


 嬉しそうな声音に、胸が締めつけられる。笑顔が無邪気な分、罪悪感が心に突き刺さった。


 第二皇子である龍翔に、友など、いたことはない。

 だが、友よりも強い絆で結ばれた季白と張宇が、常にいた。


 けれど明珠は……。


「すまぬ」

「え? 龍翔様、どうなさったんですか?」

 突然、明珠の手を握りしめた龍翔に、明珠が戸惑った声を上げる。


 明珠の正体を隠すためとはいえ、明珠ではなく「明順」で友誼ゆうぎを結ばせたことが、ひどく申し訳ない。


「あの、龍翔様?」

 わけがわからぬと言いたげに、明珠がきょとんと首を傾げる。


「すまぬ。「明順」としてではなく、友誼を結びたかっただろうに」


 このあどけない少女を、己の都合で歪めているのではないか。そんな思いが、苦みを伴って口からこぼれ出る。


 明珠が、大きくつぶらな瞳を、ますます丸くした。

 かと思うと、花のように、にこりと微笑む。


 真っ直ぐに、龍翔を見つめて。


「ですが……。お友達になるのに、名前は関係ありませんでしょう? 「英翔」様の時に、私がお慕いしていた気持ちにも、嘘はありませんから」


 告げられた瞬間、思わず、華奢きゃしゃな手を強く引いていた。


「ひゃっ」

 たたらを踏んだ身体を受け止める。


 かろうじて理性が働き、抱き締めかけた腕を押し留める。


 自分より頭一つは低いつややかな髪へ頬を寄せると、甘い蜜の香りがかすかに鼻へ届く。


「お前は……。いつもわたしの想像を、軽々と越えていくな」

 声が弾むのを、抑えられない。


 たおやかな身体は、いま己の腕の中にあるというのに。

 まるで、風に舞う花びらのように、その心はいつも、龍翔の思惑の埒外らちがいにある。


 なぜか、それがひどく楽しい。


 くつくつと喉を震わせていると、胸元で明珠の焦った声が響く。


「あ、あの、どうなさったんですか? いったい……」

 居心地悪そうに身じろぎする明珠から、そっと身を離す。


 薄紅色に頬を染め、上目遣いにこちらを見上げる困り顔を見た瞬間、悪戯心が湧き上がるが、さすがに人前で、従者の髪や額にくちづけたら、後で明珠と季白、双方から大目玉を食らうだろう。


 もう、手遅れな気もするが。


「いや、なんでもない。それより、張宇と出立の準備をしておいてくれ。帰るのにも時間がかかるからな。準備ができ次第、出発するぞ」


「は、はい! わかりました」


 紅い顔のまま、一礼した明珠が、荷車から鍋だの釜だのを下ろしている張宇の元へ、小走りに駆けていく。


 一つに束ねた髪が揺れる背を見送り。


「……で、お前はいつまで笑い転げている」


 横で腹を抱えて大笑いしている安理を蹴りつけると、するりと身軽によけられた。

 よけてもなお、安理は馬鹿笑いを続けている。


「いやーっ、やっぱ明順チャンってばサイコーっ‼ オレも友達になってもらっちゃおうかな~♪」


「ふざけるな。明順が許しても、わたしが許さん。そもそも、お前は友人など欲しがる性格ではないだろう?」


 苛立ちもあらわに吐き捨てると、安理は「えーっ」と唇をとがらせた。


「ひっどいな~。オレだって、友情を結びたいな~って思う時くらい、あるっスよ。それが、つるんで楽しい相手なら、なおさら♪」


「お前の悪い遊びに明珠をつき合わせてみろ。叩っ斬るぞ」

 怒りを眼差しに乗せ、睨みつけたが、安理はまったくひるまない。


「えーっ、でも、龍翔サマは明順チャンと明日遊ぶんでしょ? 不公平じゃないっスか~」


「遊びではない。「褒美ほうび」だ」


 頬をふくらませる安理にすげなく答えると、安理は再び吹き出した。

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