25 お手伝いなら任せてください!? その3


「龍翔サマ。アレ、明順チャンに指示でも出したんスか?」


「何のことだ?」

 ちょいちょいと安理に袖を引かれて、龍翔はこうべを巡らせた。


 視線がとらえたのは、炊き出しを終え、こちらへ向かってくる明珠達だ。

 張宇が引いている荷車の後を、明珠と晶夏が、仲良さそうに何やら話ながら歩いている。


 にこやかに笑いあう明珠の姿を見とめた途端。


「眉間にしわが寄ってるスよ?」

 安理に楽しげに問われ、己の額に手をやる。そこで初めて、眉間にしわが寄っているのだと気づいた。


「いや……。やはり、同じ年頃の娘と並んでいると、少年と言い切るのは難しそうだと思ってな。わたし達の間にいると、比較対象がないからいいが……」


 正体を知っているとはいえ、晶夏と並ぶ明珠は、龍翔の目にはもう、愛らしい少女としか映らない。というか、こんな可愛らしい少年など、いるはずがない。


 珍しく明珠が熱心に頼み込むので、晶夏の手伝いを許したが……。

 明珠の正体を隠すという点でいうなら、失敗だったかもしれない。


 まったく、明珠の頼みごとはいつも、自分のためではなく他人のためばかりだ、と嘆息すると、隣で安理が「ひゅ~っ!」と口笛を吹いた。


「明順チャン、晶夏チャンと手なんかつないでるっスよ。……龍翔サマ、ホントに何にも指示してないんスか?」


「だから何がだ? 聞きたいことがあるなら、はっきり言え」


 見やった先では、明珠と手をつないだ晶夏が、真っ赤に頬を染めている。

 どうやら、明珠が少女だとばれてはいないようだが……。明珠はいったい、何をしているのか。


「え? アレ、明順チャンに晶夏チャンを落として、情報を引き出してくるように指示だしたんじゃないんスか?」


「馬鹿も休み休み言え。わたしがそんな指示を、明順に出すわけがないだろう」

 低い声で吐き捨てる。


 にこにこと笑いあう明珠と晶夏は、龍翔の目には、娘が二人、たわむれているようにしか見えないが、明珠を少年だと思っている者からすると、どのように見えているのだろう。


 考えた瞬間、言いようのない苛立いらだちが、胸中に湧き起こる。


 今すぐ明珠の正体を言いふらしてしまいたい。

 ふと、そんな衝動に駆られ、己の思いつきの愚かさに自嘲する。


「えっ、じゃあ、明順チャン、あれ素でやってるんスか!? ぶっひゃっひゃ! 明順チャン、やるぅ~♪」


 隣で能天気に笑う安理を、不機嫌を隠さず睨みつける。


「のんきに馬鹿笑いをしているからには、きっちりと己の務めは果たし終わっているのだろうな?」


「え~、八つ当た……イエ、なんでもないっス。そうはおっしゃいますけどねぇ」


 朝食後、「村をぶらついてくるっス~」と言って、姿を消していた安理は、ふう、と芝居がかった仕草で大仰に吐息した。


「この村、閉鎖的過ぎるんスよ。どこに行っても、もー注目の的で。あ、言っておきますけど、オレが美形だからって理由じゃないっスよ?」


 安理のいつものおふざけは黙殺する。

 龍翔の冷たい仕打ちを気にする風もなく、安理は続けた。


「探ろうにも、ちょーっと話しかけるだけで、注目の的になっちゃって。こそっと、深いところを探るなんて、とてもとても」

 ちらりと安理が、明珠に思わせぶりな視線を向ける。


「とゆーワケで、オレとしては、明順チャンに期待大、なんスよね~」


「期待をするのはお前の勝手だが、裏切られたからといって、明順に当たるような真似は、間違ってもするなよ」


「へーへー、わかってるっス~。……っていうか、龍翔サマって意外と過保護なんスね」


「過保護? 従者を守るのは当然のことだろう?」

 というか、今の話の流れで、なぜそういうことになるのか。


 龍翔の返事に、安理は、

「あ、無自覚ならいーんス~」

 と、ごまかすように、にへら、と笑う。


「……でもま、明順チャンが有益な情報を持って来たら、特別手当でもあげないといけないっスね♪ ……って、なんスか、そのしかめ面」


 どうやら、また眉間にしわが寄っていたらしい。


「……いや。最近、特別手当という言葉に、いい印象がなくてな」


 それもこれも、すべて季白のせいだ。

 ふう、と苦く吐息すると、安理が不思議そうに首を傾げた。


「え? でも明順チャンは特別手当って喜ぶんじゃないんスか? 借金あるんでしょ、あのコ」


「……お前、いつの間にそんな話を。季白から聞いたのか?」

 驚いて振り向くと、すこぶる楽しげな安理の笑顔にぶつかった。


「え~、やだなぁ。明順チャン本人に決まってるじゃないっスか。オレと明順チャンの仲ですからね~♪」


「おい安理、お前――」


 睨みつけた眼差しに力がこもる。

 が、安理はどこ吹く風だ。


「おととい、明順チャンと一緒に留守番した仲っスからね。いろいろ聞いたんスよ。……って、たいてい、弟クンがどんなに可愛くていい子かっていう話でしたケド」


 そんな話なら、「英翔」だった頃に、嫌というほど聞いている。

 言いようのない安堵を感じながら、ふと興味にかられて問う。


「実の父親の話も聞いたのか?」

「へ? 何ですソレ!? 何かあるんスか!?」


「いや、聞いていないのならいい」

 優越感を覚え、にやりと笑うと、安理は子どもみたいに頬をふくらませた。


「くそ~っ! オレがからかうつもりが、逆にしてやられた……っ! 龍翔サマ、なかなかやるっスね!」


「そもそも、主をからかおうとするのをやめろ」

 無駄と知りつつ注意すると、案の定、安理は、


「えーっ! こんな楽しいコト、なんでやめる必要があるんスか!?」

 と、真顔で言い返してきた。

 もし季白がこの場にいたら、青筋を立てて怒っていただろう。


「で、龍翔サマ。明順チャンの実の父親って……」


 安理が言い終らぬ内に、当の明珠が、龍翔へと駆け寄ってくる。

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