25 お手伝いなら任せてください!? その2
「ありがとうございました。炊き出しまで手伝っていただいて……」
「いえ、少しでもお役に立てることがあって、よかったです。こちらこそ、手伝わせていただいて、ありがとうございました」
晶夏の言葉に、明珠はふるふるとかぶりを振った。
結局、明珠は朝食の後も炊き出しを行う晶夏の手伝いを続けさせてもらった。
堅盾族の現状を知り、支援をしに来たというのに、明珠ができることなど、ほんのわずかだ。家事ならば、慣れているので明珠でもなんとか役に立てる。しかも今は「明順」として男装しているので、動きやすいことこの上ない。
もちろん、事前に龍翔の許可は取ってある。
「お前が晶夏嬢を手伝いたいのなら、手伝うといい」
と、龍翔はあっさりと許可を出してくれた。不安なのは季白だったが、季白は意外にも、
「くれぐれも正体がばれないようにするのですよ!」
と注意しただけで、反対はしなかった。意外すぎて、思わず、
「え……? ほんとにいいんですか? 季白さん、何か悪い物でも食べました?」
と聞いてしまい、思い切り鋭く睨みつけられたが。
龍翔と季白は、運んできた支援物資を荷卸しした後、義盾と話し合わねばならないことがあるのだという。下手に村の中をうろついて問題を起こされるくらいなら、晶夏に預けておいた方がましだと思われたのかもしれない。
ちなみに、炊き出しの手伝いは張宇も一緒だった。
その張宇は炊き出しの終わった今、すっかり空になった鍋や籠を積んだ荷車を曳いて、義盾の家へと向かっている。
その張宇の周りを若い娘のようにきゃあきゃあ言いながら、荷車を押すのを手伝って歩いているのは、いつも炊き出しの手伝いをしてくれているという近所の奥様方だ。
朝食の後、やってきた奥様方は、凛々しく若い張宇を見るなり、
「あらあらまあまあ」
「ま~! 眼福! こんな素敵な方と炊き出しできるなんて、いくらでも作れちゃうわ~」
「そぉよね~、俄然やる気が出ちゃう!」
と、しばらくの間、張宇を囲んで、きゃわきゃわと騒いでいた。
外の者が来ることの少ない小さな村に、突然、若くて見目の良い青年がやってきたのだ。目立つなという方が不可能だ。
炊き出しの間も、張宇は村人達の――主に老若関わらず女性陣の――注目の的だったが、張宇は持ち前の人当たりの良さと物腰の穏やかさで、次々と村人達を魅了していた。
対して、明珠は妙に、若い男の村人にきつい眼差しで見られた気がするのだが……。これはもう、人徳の差というものなのだろう。
「炊き出しまで手伝っていただいて、本当にありがとうございます」
晶夏と並んで、荷車の後をついて歩いていた明珠は、晶夏に頭を下げられて、あわててかぶりを振った。
「いえいえ。ぼくが手伝えることなんて、これくらいですから……」
炊き出しを運んで行った先の家々は、かなり被害がひどかった。屋根が抜け落ちた家、壁が崩れ落ちた家など、地震から一カ月半経った今でも、爪跡は生々しく残っている。死者が出なかったのか信じられないくらいだ。
術師である義盾と晶夏が《
崩れ落ちる
一尺ほどの大きさの《晶盾蟲》のどこにそれほどの力が秘められているのかと、明珠は大いに驚いたが、生まれた時から《晶盾蟲》とともに過ごしている晶夏によると、驚くほどのことではないらしい。
実際、炊き出しをしている最中にも、そばにあった修繕中の家で、《晶盾蟲》二匹が太い梁を持ち上げたりしているのを見て、度肝を抜かれた。
晶夏によると、《晶盾蟲》の成虫は、成人男性一人くらいの重さなら、楽々持ち上げられるのだという。
隣を歩く晶夏の腰にも、《晶盾蟲》が入った竹筒が結ばれている。大人の男の場合は、腕に竹筒をつける場合が多いが、身体の小さな女性や子どもの場合は、腰の帯などにつける場合も多いらしい。
「《晶盾蟲》って、本当に力のある蟲なんですね。乾晶の安寧が、護り手である堅盾族にかかっているというのも、わかるの気がします」
しかも、この《晶盾蟲》を村人のほとんどが扱えるのだ。堅盾族が龍華国に属していることがどれほどの
明珠と並んで歩く晶夏を見やり、感心して告げると、なぜか晶夏の愛らしい顔が曇った。
「……その……。明順さんは、怖くないんですか?」
「へ? 怖い?」
予想外の言葉に、きょとんと首を傾げる。晶夏の表情は、浮かないままだ。
「その、明順さんは《晶盾蟲》が怖くないのかなって……」
「ええっ!? どうしてそんなこと思うんですか!?」
驚きのあまり、素っ頓狂な声が出る。
「小さい頃に、《晶盾蟲》のおとぎ話を聞いてから、ずっと会ってみたいと思っていて……。今回、来ることができて、すごく嬉しいんです! 怖いなんて、思うわけないですよ!」
明珠の声に、晶夏がぱっと顔を上げる。が、すぐに自信なさげに視線が伏せられた。
「でも……。おとぎ話を知っていても、実際に《晶盾蟲》を見た途端、怖がる人も多いので……」
明珠にとっては、蟲が見えるのは当たり前のことだが、これまで蟲を見たことがない者には、初めて見る《晶盾蟲》を怖いと思うことがあるのかもしれない。
が、少なくとも、明珠は怖いだなんて、決して思わない。
「こんなに綺麗な蟲を怖がるなんて、ありえません!」
きっぱり言い切ると、顔を上げた晶夏と視線を合わせ、こくこく頷く。
昨日、会ったばかりだが、晶夏の気立ての良さは十分にわかっている。
晶夏が明珠の目の前で愛らしい顔を沈ませているのだと思うと、何としても笑顔にしなければという使命感が自然と湧いてくる。
「《晶盾蟲》に会えて……そして、晶夏さんみたいに可愛らしい方に会えて、本当に嬉しいんです。だから……。お願いです。そんな憂い顔をしないでください」
晶夏の手を両手で取り、自分より少しだけ低い位置にある愛らしい顔を「ね?」とのぞきこむと、晶夏の顔が真っ赤に染まった。
「あ、あの……」
「あらあらまあまあ」
「いい雰囲気ね~」
顔を真っ赤にして何やら言いかけた晶夏の言葉に、奥様方の声が重なる。
「真面目一辺倒だった晶夏ちゃんにもついに……」
「都から来た美少年だもの。そりゃあ、心動くわよね~」
「でも、義盾さんが見たら、怒るんじゃない?」
「え~、義盾さんったら、過保護すぎるんだもの。今後のことを考えたら、ちょっとくらい刺激を与えておいた方がいいわよ」
「あ、私達は張宇さんの方がいい男だと思うわよ~? 明順くんも可愛いけど、やっぱりちょっと男らしさがね~」
好き勝手なことを言う奥様方に、晶夏が真っ赤な顔のまま、口を開く。
「あのですね! わ、私と明順さんは……」
「友達になったんですよね~」
にっこりと笑顔を向けると、晶夏が赤い顔のまま「はわっ、ええっと……」と困り顔で呟く。
「あ、すみません。図々しかったででしょうか?」
「いえっ! いいえ! 決してそんなこと……!」
ぶんぶんぶんっ! と晶夏が千切れそうなほど首を横に振る。
「よかったぁ~」
嬉しくなって、つないだ手を上下に振ると、晶夏の顔がさらに赤く染まる。
「ぶはっ!」
と、すぐ近くから張宇が吹き出す声が聞こえてきた。
「張宇さん? どうかしたんですか?」
「い、いや。明順のことだから、無意識でやっているんだろうが……」
くくく、と張宇はおかしくてたまらないとばかりに、肩を震わせている。
「とりあえず、手を放した方が歩きやすいんじゃないか?」
「あっ、そうですね。すみません、晶夏さん」
ぱっ、と手を放すと、晶夏は赤い顔のまま、微妙に残念そうな顔で「いいえ……」とかぶりを振った。
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