25 お手伝いなら任せてください!? その1
「へえ~。《
「そうなんです。護り手として、
説明してくれる晶夏も、手元の鍋をかき回し、別の鍋に調味料を入れて味を
「そういえば、《堅盾族》は
質問したのは、こちらも手際よく芋の皮を剥いている張宇だ。安理に代わって手伝うよう、龍翔に言われたらしい。
蚕家にいた頃も、張宇に台所仕事を手伝ってもらっていたので、張宇なら、安心して任せられる。……味付けだけは、決してさせてはいけないが。
張宇の問いに、晶夏は愛らしい顔を困ったようにしかめた。
「はい……。砂郭は乾晶に比べて、かなりこの村に近いので……。赴任している《堅盾族》も七、八人ですから、大きな問題は起こりにくだろうと、今のところ、派遣を続けています」
護り手の任を果していないのが心苦しいのか、眉を寄せ、暗い表情で晶夏が溜息をつく。
「私は赴任したことがないので聞いた話ですが、乾晶のように、人が多くて騒がしい町だと、《晶盾蟲》も落ち着かないそうで……。扱うにも技量が必要だそうです。この村は、ふだんはほんと静かなものですから」
蟲が落ち着かないというのは、明珠もわかる気がする。
明珠自身、小さな町でしか暮らしたことがないので、乾晶の華やかさには気後れを感じてしまう。
一時だけ召喚する蟲と異なり、常時、《堅盾族》と行動をともにする《晶盾蟲》
にとっては、大きな環境の変化は、さぞかし負担だろう。
「ところで、こっちの野菜はなんですか? ずいぶん、たくさん作るんですね」
晶夏に頼まれた分の野菜を切り終え、鍋に入れた明珠は、卓の別のところに積まれた食材の山を見た。三十人分くらいはありそうだ。ずいぶんと多い。
「こっちのお野菜も切っていいものですか?」
「あ、それは……」
晶夏があわてた声を上げる。
「この前の地震で屋根や壁が崩れてしまった方や、台所の炉が崩れてしまった方がいて……。その方達へ、炊き出しをしているんです」
「えっ? もしかして、この量を晶夏さんお一人で作ってるんですか!?」
「いえ、もうしばらくしたら、近所の奥さん達が手伝いに来てくださるので……。だから、大丈夫ですよ。朝食の支度を手伝っていただけるだけで、十分ですから」
ふるふるとかぶりを振る晶夏に、明珠と張宇は顔を見合わせた。
どちらともなく頷き、にっこりと微笑んで。
「それなら、ぜひ手伝わせてください! これでも、料理は得意なほうですし」
「これだけの量だと、鍋を下げるだけでも大変だろう? 俺達に遠慮なんていらないから、できることがあったら、何でも言ってくれ」
「えっ、でもあの、申し訳ないです……」
戸惑う晶夏に、張宇が穏やかに笑いかける。
「龍翔様のことなら、気にしなくていい。むしろ、困っている者を放っておいたら、どうして手伝わなかったと叱るような方だよ。俺達は今日くらいしかいないんだ。好きに使ってくれたらいい」
「そうですよ! 何でも言ってください!」
こくこくと大きく頷いて張宇の言葉に同意すると、呆気に取られて明珠と張宇の顔を交互に見ていた晶夏が、花が咲くような笑顔を見せる。
「ありがとうございます! では、お言葉に甘えます」
「じゃあ、こっちの野菜の皮を剥いて切っていきますね」
蚕家を発って以来、料理をする機会などなかった。
従者として龍翔に仕えられるのは光栄極まりないと知りつつも、やはり、慣れない立場に肩がこる。
久々の慣れた作業に、心が弾む。
ざくざくと野菜を切るうちに、いつのまにか気が緩んでいたらしい。
「綺麗な曲ですね」
晶夏に言われて、自分が鼻歌を歌っていたのだとはじめて気づく。
「すみません。浮かれていて……。これ、実家で流行っていた曲なんです。なんでも、有名な劇団の作中曲だとか……って、劇自体は見たことがないんですけど」
明るく華やかな旋律は、心躍るようで、実家でも家事をしながら、よく口ずさんでいた歌だ。
「ああ、確か『牡丹の恋』だったかな? いい曲だよな、それ」
張宇が口をはさむ。
「張宇さんも知っているんですか?」
「ああ、妹達にせがまれて舞台を観に行った……というか、連れて行かされた」
苦笑いしつつも、妹達のわがままを楽しそうに話す張宇を、明珠は憧れの眼差しで見上げる。
辺境の村に住んでいる晶夏も、劇団などという華やかなものには縁遠いのだろう。長身の張宇を見上げる目は、明珠と同じく、憧れできらきらと輝いている。
「こんな綺麗な曲、初めて聞きました。やはり、王都には素敵なものがたくさんあるんでしょうねぇ」
うっとりと呟く晶夏に、明珠はあいまいに笑って答えを控える。
明珠とて、王都など、足を踏み入れた経験すらないのだ。
「そうだな。乾晶も異国情緒のある華やかな街だが、王都は、また趣が違うな」
答えたのは張宇だ。晶夏が吐息をこぼす。
「乾晶すら、なかなか行く機会がないんです。たまに、父についていくことはあるんですけど、父が、年頃の娘には危ないって、一人歩きはさせてくれなくて……」
年相応の娘らしい顔つきになって、晶夏が不満をこぼす。
「私だって、《晶盾蟲》を扱えるんだから、危ないことなんてないのに……」
「きっと、晶夏さんが可愛らしいから、心配なんですよ。弟の
しかつめらしい顔の義盾が娘を心配している様がなんだか微笑ましくて、明珠は人参の皮をむきながらくすりと笑う。
「晴晶がもう少し大きくなったら、許してもらえるでしょうか……? 乾晶に美味しい草餅のお店があるんですけど、父は甘い物が苦手で……。寄るのにも気を遣うんです」
「おいしい草餅!? その店の場所は!?」
晶夏の言葉に、張宇が食いつく。いつもは穏やかな顔が、今だけは目がらんらんと輝いている。
「小さいお店なんですけれど、ええと、大通りから四本中に入って……」
張宇の熱意に押されて説明していた晶夏が、「ふふっ」と吹き出す。
「第二皇子殿下とおつきの方っておっしゃるから、どんな怖い方が来られたのかと緊張していたんですけど、お優しくて楽しい方ばかりなんですね。安心しました」
「ふだん来ている乾晶の役人がどうかは知らないけれど、少なくとも龍翔様は、身分をかさに無理を通す方ではないよ。むしろ、そういう者を嫌われる」
静かに、だが、強い声できっぱりと言いきった張宇に、明珠もこくこくと頷く。
「そうなんです! 龍翔様は素晴らしい方なんです!」
ずずいっと迫る明珠の勢いに、驚いたように目を見開いた晶夏が表情を緩ませ、笑顔でこくりと頷く。
「ええ、明順さんを見ていると、わかります」
「ええっ!? わ……ぼ、ぼくなんて……。その、従者として全然……」
まさか、自分の名前が出てくるとは思っていなかったので、うろたえる。
「でも、年が近いせいでしょうか。明順さんは男の方と思えないくらい、話しやすくて……」
「え、えーと……。その、そう言ってもらえるなんて、光栄です……」
背中にじわりと冷や汗が浮かぶ。
晶夏をだましているのは心苦しいが、正体は明かせない。
引きつりながらも、なんとか笑顔で返すと、
「えーと、この大根はどう切ったらいいかな?」
と、張宇が話題を逸らしてくれる。
「そうですね。大根は煮物にして、こっちのお芋は……」
聞かれた晶夏が、張宇に手招きされて、鍋の方に行く。
明珠はほっと吐息して、再び人参の皮むきにとりかかった。
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