23 今夜はどこで眠ります? その3
「……判断を誤ったかもしれんな」
着替えて戻ってきた龍翔がこぼした言葉に、明珠は小首を傾げた。
「あの、何か……?」
不安になって問うと、龍翔が、諦めたように吐息した。
「その……。
「不埒だなんて……。龍翔様に限って、そんなこと、ございませんしょう?」
いったい何を言うかと思えば。
拍子抜けしてくすくす笑いながら答えると、龍翔は無言で笑みを深くした。
「そうだな。お前の信頼を裏切る気は、毛頭ない」
「龍翔様?」
どことなく、苦みを含んだ声に首を傾げる。
今夜の龍翔はどこか屈託がある様子だ。
いつもなら、明珠が恥ずかしさで悶絶しないよう、手早く済ませてくれるのだが……今は、龍玉を握るようにすら、言われない。
どうしたのだろうかと視線を向けると、龍翔が明珠を安心させるように、柔らかな笑顔を見せる。
「お前は何も不安に思うことは、何もない。張宇にも、何よりもまず、お前を護るように命じている」
「そんなっ! ダメですよ! 私なんかより、まず龍翔様を……っ!」
「わたしは自分の身は自分で守れる。それよりも、お前を不安にさせることが、許せん」
抗弁するよりも先に、寝台のそばに立つ龍翔に、手を引かれる。
「……《気》を、もらってもよいか?」
「は、はい……」
守り袋を握りしめて目を閉じると、龍翔が長身を屈める気配がする。
柔らかな唇が、壊れものにふれるように、優しく明珠の唇にふれ。
「……今は、震えていないのだな」
吐息のような声が、そっと囁く。
「今回も
「……え?」
馬車でもくちづけの時、震えてしまったのは、怖かったからではなく、自分だけ
しかし、その痛みはもう、龍翔が明珠も一緒に大切な話を聞いてよいと言ってくれたおかけで、吹き飛んでしまった。
「怯えてなんて――」と言い返す前に、再び龍翔の唇が下りてくる。
まさか、もう一度くちづけされるとは思っていなかった明珠はうろたえた。
「あの……っ」
反射的にのけぞった背中に、力強い腕が回され、抱き寄せられる。
頬にふれた大きな手が、上を向かせる。
「一晩には、まだ足りぬ」
どこか熱を
「ん……っ」
耳元で心臓が鳴っているような気がする。龍翔の手がふれている頬が熱くて、
「……やはりお前は、甘すぎる」
明珠には永遠にも思えるような時間、くちづけていた龍翔が、そっと身を離し、謎の言葉を呟く。
「お前に怯えられていないと知っただけで……、その甘さに、溺れてしまいそうになる」
「あの……?」
わけがわからず、きょとんと首を傾げると、苦笑した龍翔に、ぽんぽんと頭を撫でられる。
「安理の愚策にのってやる気はないという話だ。お前が気にすることは何もない。それより、何刻も馬車に揺られていたのだ。疲れただろう?
「は、はい」
夕方、眠蟲で眠らされたとはいえ、まだ疲れは残っている。
明珠は龍翔に甘えて、ごそごそと布団にもぐり込んだ。
部屋の燭台は、三本立てのものが二つだけだ。
布団にもぐりこみ、なんとなく龍翔の背を追っていると、龍翔は寝台近くの燭台の蝋燭一本だけを残して吹き消した。
暗くなるが、もともとさほど明るくなかったため、まったく見えなくなるほどではない。
長くつややかな黒髪を一つに束ねていた絹紐をほどいた龍翔が、ぎしりと寝台を
「おやすみ、明順」
「お、おやすみなさいませ……っ」
薄闇の中、柔らかく微笑まれて、動揺する。
着替えの時は、龍翔は別室に行ってくれるし、
(衝立がないってことは、その、寝顔が……)
いや、寝てしまえば、そんなもの、関係ないとわかっているのだが、妙に気恥しい。今夜は、龍翔が青年姿のせいだろう。
「どうした? ……寝つきにくいか?」
「い、いえっ、大丈夫です……っ」
髪を下ろした龍翔はいつもと雰囲気が違っていて、なんだか緊張してしまう。
と、龍翔はくるりと明珠に背を向ける。
ほっとして、明珠は頭の上まで、掛け布団を引っ張り上げた。
先ほどまで、疲れて眠いと思っていたのに、緊張のせいか、眠気がどこかに飛んでいってしまった。
とりあえず、龍翔に背を向け、寝返りを打つ。あまりもぞもぞしていては、龍翔の眠る邪魔になってしまうだろう。
(眠気よ、早くこーい!)
ぎゅっ、と固く目をつむり、明珠は眠気が少しでも早く来るよう、一心不乱に祈った。
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