23 今夜はどこで眠ります? その2


「「待て」と言ったのが聞こえていただろう!? いい加減にしろっ! 叩っ斬るぞっ!」


 腰の剣の柄に手をかけて安理をにらみつけた龍翔が、次いで心配そうに明珠を見やる。


「明順、その……」


「……龍翔様がちっちゃくなられたら、二人でも入れますよね……?」

「明順っ!」


 安理の提案を真剣に考察していた明珠は、龍翔に厳しい声で名前を呼ばれて我に返る。


「落ち着け! 安理の言葉などに惑わされるなっ! そんなこと、できるわけがないだろうっ!?」


「でも、この寝台、ちょっと大きめですから、龍翔様がちっちゃくなられたら、二人並んでも大丈夫そうですよ?」


「大きさの問題ではない!」

 龍翔が黒曜石の瞳を怒らせる。


「ぶっひゃっひゃ……っ。やべーっ、腹いてーっ! どースか、龍翔サマ? 明順チャンもこう言ってるんですし……寝ちゃえば?」


「黙れっ! 口を縫いつけるぞ」

 龍翔が刺すような視線で安理を睨む。柄を握った剣は、今にも抜き放たれそうだ。


「り、龍翔様!?」

 何がこれほど龍翔を怒らせているのだろう。


「も、申し訳ありませんっ。やっぱり不敬すぎますよね。いくらお小さくなられるからって……」

 おろおろと口を開くと、龍翔が、


「は―――っ」

 と、深くふかく吐息した。

 頭痛でもしているかのように、右手を柄から放し、額を押さえる。


「……もう少し、警戒心を持て」


「す、すみませんっ。そうですよね。見知らぬ土地に来て、見張りまで立てるのに、のうのうと寝ようなんて……」


「いや、わたしが言いたいのは……。いい。何でもない」

 もう一度、深く吐息した龍翔が、疲れたようにかぶりを振る。


「その、すみません……」

 よくわからないが、龍翔の不興を買ってしまったらしい。

 しゅん、と肩を落とした明珠は、


「というか。そもそも」

 と、龍翔の強い声に、ぱっ、と顔を上げた。


「わたしは、今夜は少年姿になる気はないぞ」


「えっ!?」

「お前が言ったように、見知らぬ土地で、何が起こるか知れたものではない。万が一、夜中に何かあった時に、この姿でなければ、対応できぬからな」


 きっぱりと言い切った龍翔が、不意に悪戯っぽく微笑んで、明珠の顔をのぞきこむ。


「――それでもお前は、わたしと一つの寝台で眠るつもりか?」


「っ!?」

 問われた瞬間、思考が止まる。


 脳裏をよぎったのは、おとといの晩の、とんでもなく酔っぱらった龍翔だ。


 いつもの香と、酔いそうなほどの白粉おしろいと酒精の匂い。

 明珠を放してくれなかったたくましい腕と、広い胸板。

 とけそうになるほど甘い声で、名前を呼ばれ――。


「わ――っ! いいです、いいですっ! つつしんでご遠慮いたします――っ!」


 ぶんぶんぶんぶんぶんっ! と、首も腕も、千切れそうなほど振って、辞退する。

 頬が燃えているように熱い。恥ずかしさで卒倒しそうだ。


「うむ。そのくらいの警戒心は、持っておけ」

 なぜだか龍翔が満足げに頷く。


「龍翔サマ。そこ、喜ぶところじゃないっスよ? なんで満足そうなんスか? ってゆーか……」


 明珠を見た安理が、口元にからかうような笑みをひらめかせる。


「この反応、ホントにまだ手――うおっとぉっ!」


 やにわに、さやごと引き抜いて振り下ろした龍翔の剣を、安理が叫びながらよける。


「ちょっ!? 暴力反対っ!」

「暴言のむくいだ。というか、動くな。当たれ」

「ひどっ! 横暴っ!」


 大仰に嘆くふりをした安理が、すぐににへら、といつもの笑みを浮かべる。


「じゃあ、斬られないうちに、オレは隣室へ下がるっス~。どっちが寝台で寝るかは、二人でよ~く話し合ってください~♪」


 ひらひらと手を振った安理が、内扉の向こうへ姿を消す。

 乾晶からの使いを泊める部屋なので、高級宿のように隣室と内扉でつなげているらしい。



 嵐のような安理が出て言った途端、妙な沈黙が落ちる。


「あの、その……」

 まだ心臓はばくばく言っているが、きっちりと、告げておかなくてはならない。


「私、ほんとにこっちの布団でかまいませんので! 龍翔様を床で寝かせたりなんてしたら、季白さんに叱られてしまいます!」


 正直、いつ目を三角に怒らせた季白が内扉の向こうから入ってるくかと、気が気でない。


「それに、私が龍翔様をさしおいて寝台で眠るなんて、そんなの恐れ多くて、絶対に眠れません!」

 言い切ると、龍翔が諦めたように吐息する。


「お前のことだ。本心以外の何物でもないのだろうな」

「もちろんです!」


 こんなところで嘘をつく意味がわからない。

 こくこくと頷くと、龍翔が「わかった」と仕方なさそうに吐息する。


「お前がそちらの方がいいのなら、お前の好きにするといい」

「ありがとうございます!」

 ほっとして礼を言うと、龍翔が苦笑してかぶりを振った。


「礼など言うな。お前の寝床をちゃんと考えていなかったわたしのとがだ」

「そんな、咎だなんて……」


「というか」

 龍翔が、はあっ、と吐息する。


「やはり、安理などに手伝いを任せるべきではなかったな。張宇に頼んでおけば、せめて、もう少し……」

 苦い声で呟く龍翔に、小首を傾げる。


「安理さん、すごくよく手伝ってくださいましたよ? 布団とか、重い物やかさばる物を、率先して運んでくださって……」


「……ということは、布団の位置を決めたのも安理だろう?」


 なぜわかったのだろう。

 疑問に思いつつも頷くと、龍翔が「やはりな」と顔をしかめた。


「あの、何か問題でも?」

 不安になって問うと、龍翔がかぶりを振る。


「それよりも……」

 龍翔が、気遣うような視線を向ける。


「先ほど告げた通り、この村にいる間は、少年姿になる気はない。それでその……。《気》を補充しておきたいのだが……。もう少し、後にした方がよいか?」


 龍翔の言葉を聞いた途端、先ほどの動揺がよみがえる。


「そ、そうですね。まだ余裕がおありでしたら、先に着替えてからにしていただけると……」


 先だろうと後だろうと、恥ずかしいことに変わりはないのだが、相変わらず心臓がばくばくしているこの状況でするのは、負担が大きすぎる。


「なら、そうしよう。わたしも先に着替えてくる」

 着替えを持った龍翔が、隣室へ移動する。


 先延ばしにしかならないと知りつつも、心臓が壊れるような羽目にならなくてよかったと、明珠はほっ、と息を吐いた。

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