23 今夜はどこで眠ります? その1


「張宇。明順のことなんだが」


 「お部屋の用意が整うまで、こちらでお待ちください」と義盾ぎじゅんに言われ、留めおかれた部屋で、龍翔は一つ吐息して張宇を見た。


 季白と義盾は、荷馬車に積んできた荷物を確認するために出て行っている。今夜はもう日も暮れているので、荷卸におろしは明日、村の若い者に手伝ってもらうそうだ。


「明順がどうかいたしましたか?」

 穏やかに問う張宇に、龍翔は一瞬ためらい。しかし結局、口を開く。


 明珠が張宇に一番なついているのは、傍から見ていてもわかる。

 穏やかな物腰と気さくな人柄のためだろう。張宇は昔から、妙に女子どもに懐かれやすい。龍翔や季白にはない美徳だ。


 明珠が龍翔達四人の中で、弱音や愚痴をこぼすとしたら、やはり相手は張宇だろう。


 そこに思うところがないでもないが……。

 そんなことよりも、気になることは。


「その、少し気をつけてやってくれ。襲撃に、ずいぶん怯えていたのでな。……乾晶に戻るまでに、あと何回、襲撃があるかわからん。この姿でいる限り、わたしがおくれを取ることはそうそうない。お前は、わたしよりも明順を守ってやってくれぬか?」


 告げると、張宇が優しげな顔をしかめる。


「申し訳ございません。わたくしも、もっと注意するべきでした。明珠にしてみれば、突然の襲撃は、さぞ怖かったことでしょう。昨夜も、賊に出くわしたばかりですし……」


 張宇の言葉に、思わず奥歯を噛みしめる。

 蚕家での襲撃といい、昨夜の賊の侵入といい、いったいどこから危険が降って湧いて出るのか、予想がつかない。


 危険な目になど、遭わせたくないというのに。


 主の苛立いらだちを受け止めるかのように、張宇が見る者を安心させるような笑みを浮かべる。


「かしこまりました。龍翔様がそのようにお望みでしたら、わたくしは明順の守りにつきましょう」


「ああ、頼んだぞ。お前に任せれば安心だ」

 真摯しんしな張宇の返答に、龍翔はようやくほっと一息ついた。


  ◇ ◇ ◇


「何だこれは」


 部屋に入るなり、形良い眉をしかめた龍翔に、明珠は「へ?」と主の秀麗な面輪を見上げた。


 不機嫌な顔をしていても、龍翔の秀麗さは少しもそこなわれる様子がない。

 怒っているような眼差しは、明珠ではなく、真っ直ぐ安理に注がれている。


「え~。何って、今夜、龍翔サマがお泊りになる部屋っスよ? 明順チャンと」


 安理の言う通り、今三人がいるのは、晶夏を手伝って整えた、龍翔と明珠が今夜、止まらせてもらう部屋だ。

 晶夏は龍翔を案内した後、下がっていて、ここにはいない。


 明珠はくるりと部屋の中を見回した。

 寝台と布団と小さな卓と椅子。


 乾晶の官邸や、旅の間に泊まっていた高級旅館と比べると、明らかに質素な部屋だ。明珠には、十分すぎるほどだが。


 龍翔はここまで質素だとは思っていなかったのだろうか。

 不安になって龍翔に視線を戻すと、


衝立ついたては?」

 予想もしないことを問われ、明珠はきょとんと首を傾げた。


「えっと、予備はないそうなんですけど……?」


 もともと、一人が泊まるだけのさほど広くない部屋だ。衝立など持ち込んだら、ますます手狭てぜまになってしまう。


 明珠の答えに、龍翔の眉間のしわが深くなる。

 寝台と床の上の布団を交互に見つめ、一つ、苦い溜息をつき。


「どうなさったんですか!?」

 急に龍翔が明珠が立つ布団の方へ歩いてきたので、驚いて声を上げる。


「どう、とは……? わたしが寝るのは、こちらの方だろう?」


「ええっ!? 何をおっしゃるんですか!? こっちは私です! 龍翔様は寝台の方に決まっているじゃないですか!」


 当然とばかりに告げた龍翔に、びっくりして反論する。

 主人を床で寝かせるなんて、そんなこと、できるわけがない。


 だが、龍翔は「何を馬鹿なことを言っている?」と言わんばかりの表情で明珠を振り返る。


「お前を床に寝かせて、わたしがのうのうと寝台で眠れるわけがなかろう?」


「ご主人様を床で眠らせる方がありえません! 実家の煎餅せんべい布団より、ここのお布団の方が、絶対ぶあついですもん、私は布団で十分です!」

 きっぱりと言い切ると、龍翔が、


「ではわたしは隣の部屋で寝る」

 と渋面で言い出す。


「どうせ季白達は交代で見張りだ。寝台の一つをわたしが占領しても、文句は言わん。だからお前が寝台を使うといい」


「え~っ、本気っスか?」


 口をはさんだのは、明珠と龍翔のやりとりを「ぶっひゃっひゃ」と大笑いしながら聞いていた安理だ。

 目尻に浮かんだ涙を指先でぬぐいながら、安理は悪戯いたずらっぽく龍翔を見つめる。


に、ホントに明順チャンを一人でおいとくんスか?」


 安理が告げた瞬間、泥水でも飲まされたように、龍翔が顔をしかめる。


「それは……」

「んじゃっ、ここはこの安理サンが、知恵を授けてあげましょう♪ 龍翔サマの容貌も、明順チャンの忠誠心も両立できる、とっておきのを!」


「えっ!? そんなのあるんですか!?」

「おい待て安――」


 龍翔が止めるより早く、安理がものすごく楽しそうな顔で告げる。


「二人で一緒の寝台で眠ればいーんスよっ♪」


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