22 おとぎ話の村ですか!? その3
「今夜、当家にお泊まりいただけるということでしたら、お部屋はおいくつ必要でしょうか? あまり多くは用意できぬ上、たいしたおもてなしもできませんが……」
「義盾殿に手間をかけては申し訳ない。宿をとるつもりでいたのだが」
義盾が困ったように眉を寄せる。
「あいにくでございますが、この村は滅多に旅人が来ないゆえ、宿はございませぬ。
義盾の言葉に、村に入った時の大注目を思い出す。村人以外の者を滅多に見ない村に、三台もの馬車で乗りつけたら、目立つのも当然だ。
「乾晶からの使いの方も、いつも当家に泊まられて、翌朝には帰られます。貧しい村ゆえ、ろくなおもてなしもできませぬが、龍翔様さえよろしければ、どうぞ、今夜は当家にておくつろぎください」
「そうか。それでは、手間をかけてすまぬが、今夜はこちらで世話になる。しかし、夕食も乾晶から持ってきた物があるゆえ、気にしてくれるな。
「かしこまりました」
頷いた義盾が晶夏を振り返り、支度をするよう言いつける。
「あの……。よろしければ、手伝わせていただけませんか?」
明珠がおずおずと申し出ると、途端に季白に
この家に入ってから、侍女や下男らしき者の姿を見ていない。晶夏一人で部屋の用意をするのだとしたら、さぞ大変だろう。そう思うと、手伝いを申し出ずにはいられない。
「龍翔殿下のご従者にお手数をかけるわけにはまいりません」
と辞退する義盾に、龍翔が、
「迷惑をかけるのはこちらなのだから、手伝わせてくれ」
と口添えし、張宇を振り返る。
「張宇。明順一人では大変だろう。お前も手伝え」
「あっ、それならオレが手伝うっス」
張宇が答える前に、自ら手を挙げたのは安理だ。龍翔は目をすがめるも。
「なら、安理。手伝いはお前に任せる」
と許可を出す。
「そういえば、義盾殿にはご子息もいるのだったな。晴晶殿は、今はどちらに?」
龍翔の問いに、義盾はわずかに眉をひそめる。
「はい。まだ十四歳の若輩者でございますが……」
「何を言う。堅盾族の次の族長であろう? ぜひとも会ってみたいものだ」
義盾が困り顔のまま、かぶりを振る。
「申し訳ございません。晴晶は、まもなく行われる堅盾族の儀式の準備のために、ここ数日村を離れておりまして。その、村のしきたりに関することですから……」
言葉を濁す義盾に、龍翔は
「そうか。それは残念だが、仕方あるまい。よい。しきたりとは、部外者に軽々と話すものではないのだろう?
義盾は小さく吐息して、ほっ、と表情を緩める。
「ご配慮いただきまして、感謝いたします。……では晶夏。ありがたくも申し出てくださっているのだ。手伝っていただきなさい」
「はい、ありがとうございます。では、あの、こちらへ……」
遠慮がちに言う晶夏の後について、安理と二人、部屋を出る。
「ええと、いつも使者様がお泊りになられるのは、この二部屋で……。とりあえず、お布団を運んでこないといけませんね」
晶夏が案内してくれたのは、先ほどの部屋と廊下続きの、隣り合わせの二室だった。部屋の中は暗く、廊下の明かりで見る限り、寝台とちょっとした卓があるだけの、本当に寝るだけの部屋のようだ。
「申し訳ございません。寝台の数が足りなくて……」
謝る晶夏に、明珠はとんでもないとかぶりを振る。
「いえっ、大勢で来たのはこちらの方なので……っ。わ……、ぼくは全然、床でもかまいません!」
「そうそう。気にしないでいーよ~。乾晶からの使いは、いつももっと少ないの?」
人好きのする笑顔で、安理が晶夏に話しかける。
「はい。いつもは、使いのお役人様と供の方がお二人なので……。あの、
恐縮した様子で晶夏が頭を下げる。
「いいっていいって。何の伺いもなしに、急に来たのはこっちなんだし。二部屋あったら上等、上等♪」
晶夏に請われるまま、物置へ予備の布団を取りに行く。
女であるとは決してばらせないが、同じ年頃の明珠や、にこにこと人当たりのいい安理に、晶夏の警戒も弱まってきたらしい。作業しながら、明珠や安理に問われるままに教えてくれる。
それによると、族長といえど、特に侍女を雇っているわけではなく、家事はすべて、晶夏がしているらしい。族長の家で寄合などがある時には、近所の奥様方が手伝いに来てくれるそうだが。
「わた……ぼく、料理もできますから、明日の朝食の準備は、ぜひ手伝わせてください!」
実家でも主婦をしていたから、急な、しかも大勢の来客がどれほど大変かは想像がつく。
申し出ると、晶夏はにっこり笑って、
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えます」
とはにかんだ。笑った拍子にできるえくぼが可愛い。
「すみません。族長といっても、こんな家で……。うちの村、裕福ではないので……。ちゃんとしたおもてなしをできなくて、すみません」
しょんぼりと肩を落とす晶夏を慰めたくて、「大丈夫ですよ!」と声を張り上げる。
「龍翔様は贅沢を求めるような御方ではありませんから! そんなことで不快になられるような狭量な方じゃありません。それに、実は味オ……」
言いかけて、いやさすがにそれをバラしては龍翔に悪いと口をつぐむ。
が、楽しそうに突っ込んできたのは安理だ。
「え? 龍翔サマって味オンチだっけ? それを言うなら、張宇サンでしょ? あの人、甘味さえあれば、何でもおいしいって言うんだもん。そのうち、蜂蜜さえかかってたら、土でも食いそうだよね♪」
「……それ、さすがの張宇さんでも、聞いたら怒ると思いますよ……?」
「えーっ、だって気づかないで「うまい」とか言って食べそうじゃん。オレ、龍翔サマはまともな味覚の持ち主だと思ってだけどな~。ナニ、張宇サンに毒されちゃったの?」
ワクワクと、ものすごく楽しげに安理が聞いてくる。明珠はあわててかぶりを振った。
「違いますよ! ただ……龍翔様ったら、ごちそうより、わ……ぼくの作った庶民料理の方がおいしいなんて、おっしゃったりするから……」
「ぶぷーっ‼」
言った途端、なぜか安理が盛大に吹き出す。
「うわやべ、ちょー面白~い! 腹の皮がよじれそう……っ」
ぶっひゃっひゃ、と腹を抱えて笑う安理を、明珠も晶夏も
しばらく笑い転げていた安理は、ようやく笑いをおさめると、目尻に浮かんだ涙を指先でぬぐった。
「じゃあ、明日の朝ご飯は、明順クンの手料理が食べられるってワケか……。うわーっ、ちょー楽しみ!」
「ええっ!? どうしてですか!? 特別なものなんて作れませんよ!?」
過度に期待されても困る。
ぶんぶんと首を横に振ると、安理は、
「いーからいーから。明順クンは、いつも通りにしてくれれば、それでいーから」
と明珠の肩をぽんぽんと叩いて、楽しげに笑う。
「第二皇子様のおつきの方とおっしゃるから、どんな方達かと恐れ多かったんですけど……。ちょっと、安心しました」
明珠と安理のやりとりを見ていた晶夏が、小さく笑う。
「ん? そう言うってことは、乾晶からの使いは、いつも高圧的なのかな?」
軽い調子で発せられた安理の問いに、晶夏の顔が強張る。
が、安理はそれにはつっこまず、にへら、と笑った。
「まあ、龍翔サマは、あの身分の方にしては、特別の変わり種だからね~。だからこそ、オモシロイんだけど♪ ま、今回の件については、一応、お忍びってことになってるし、仰々しくもてなす必要なないと思うよ~? そういうのを好まない方だしね~。大丈夫! 何かあっても明順クンが機嫌を取ってくれるから♪」
「ええっ!? なんでそこでぼくなんですか!? 季白さんじゃ!?」
驚いて言い返すと、安理は大仰に顔をしかめた。
「季白サン!? 季白サンはむしろ、お小言を言いまくって、龍翔サマのご機嫌をそこねる方でしょ?」
「そ、それは……。そうかもしれませんけど……」
切れ長の目を三角にして怒る季白の姿がたやすく脳裏に浮かび、もごもごと呟く。
しかし、心からの忠誠を誓っている龍翔に対する苦言と、雇われの明珠に対する叱責では、ぜんぜん意味が違うのではなかろうか……?
と考えていると、三人で整えた部屋を見回し、安理が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「うん♪ とりあえず、この部屋を見られたら、機嫌を直すでしょ!」
「はあ……」
あいまいに頷いて、部屋を見回す。
ここは龍翔と明珠用の部屋だ。中央には大きな寝台が一つ。明珠の分の寝台はなかったので、床にござを敷き、その上に予備の布団を敷いている。
晶夏に聞いたが、予備の
正直、なぜ龍翔がこの部屋を見て機嫌を直すのか……明珠には、さっぱり理解できない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます