22 おとぎ話の村ですか!? その1


 日も暮れてから村を訪れる者などいないのだろう。


 堅盾族けんじゅんぞくの村についた途端、明珠達は注目の的になった。村人達が村の入口に集まってきて、馬車の行く手を阻む。家の中から飛び出してきた子ども達が、母親に叱られて引きとめられていた。


 いかにも客人の来訪に慣れていない片田舎の村という風情だ。

 馬車を止めた張宇が、威圧感を与えぬよう御者台から下り、口上を述べる。


「わたしは第二皇子の龍翔殿下の指揮の下、乾晶へ派遣された軍の者である。このたびは堅盾族が地震の被害に遭い、難儀なんぎしているとの報を受け、宿営地から物資を運んできた。なにとぞ、おさへの目通りを願いたい!」


 張宇の声が朗々と響く。

 馬車を囲んでいた人の輪の中から、がっしりした体格の若い男が前へ進み出る。


「長の義盾ぎじゅん様の家までは、俺が案内しよう」

 暗いのでわかりにくいが、男は右腕の竹筒のようなものをつけている。周りの大人達も、男女とも、竹筒を装備している者が多い。きっと竹筒の中に《晶盾蟲しょうじゅんちゅう》が入っているのだろう。


 好奇心に駆られて馬車の窓にくっついて外の様子をうかがっていると、後ろから苦笑が聞こえてきた。


「明順。子どものように窓にくっついていたと季白が知ったら、後で叱られるぞ」

「す、すみません!」


「第二皇子の従者ともあろう者が何ですか! 龍翔様の品位を落とさぬよう、立ち居振る舞いには重々気をつけなさいと言っているでしょう!?」

 季白の叱責が幻聴で聞こえて、明珠は弾かれたように座席に戻った。ゆっくりと馬車が動き出す。


 明珠の様子を見ていた龍翔が、楽しげに喉を鳴らした。

「そうあわてなくともよい。急な来訪であわてているのは、堅盾族の方だろう。わたし達は、声がかかるまで、もう少しのんびりしていればよい。……が」


「な、なんですか?」

 ふと言葉を止めた龍翔に、不安になって聞き返す。


「あ、いや……。この後、どう動くことになるか、読めん。おそらく、族長の家で挨拶や報告を受けることになるのだろうが……。念のため、《気》を補充しておいた方がよいかと思ってな」


「えっ、あの……」

 告げられた内容に動揺する。


 賊の襲撃があったのは、半刻ほど前だ。その時に、《気》を得て、今もまたということは、それだけ多くの《気》を使わねばならぬほど、襲撃が激しかったということだろうか?


「賊の相手、そんなに大変だったんですか?」

 不安を隠せず眉をしかめて問うと、龍翔が驚いたように目を丸くし、かぶりを振った。


「いや、人数だけは多かったが、統率もろくにとれていない雑兵だったぞ?」

「でも、《気》って……?」

 明珠の言わんとしたことを察したのだろう。龍翔が「ああ」と頷く。


「賊は大したことはなかったが、捕らえる時や、宿営地に応援を求めるのに、蟲を召喚したのでな」


「それでですか……」

 ほっ、と息をつくと、隣に座る龍翔が、不意に右手を伸ばした。長い指先が頬にふれる。


「どうした? 先ほどからずっと、表情が硬い。何か、不安に思っているのか?」


「それ、は……」

 襲撃の時に仲間外れにされていじけているんですなんて、口が裂けても言えない。

 困って視線を揺らすと、頬にふれる龍翔の指先に力がこもった。


「大丈夫だ。官邸を襲った賊が堅盾族であるという噂もあるが……。お前は何も不安に思うことはない。何があろうと、お前には傷一つつけさせぬ」


「その……」

 不安に思っているのは、自分の身のことではない。

 けれど、うまく言葉にできなくて、もごもごと口ごもる。


「お前が浮かぬ顔をしていると、わたしまで落ち着かん」

 困ったように眉を寄せて、龍翔が距離を詰めてくる。


「……《気》をもらってもよいか?」

「も、もちろんですっ」

 尋ねられ、目を閉じて服の上から守り袋を握りしめる。


 柔らかな唇がふれた瞬間、わずかに震えてしまったのは、結局、自分は解呪の役にしか立っていないのだと、胸が痛んだせいかもしれない。


「……そんな顔をされては、離せんぞ?」

 くちづけが済んだのに、龍翔が離れていかない。


「え? どんな顔ですか?」

 驚いて尋ねたところで、馬車が止まった。


「長の家に着きました」

 御者台から聞こえた張宇の声に、龍翔がす、と身を離す。


「わかった。下りよう」

 応じた声は凛としていて、いつも通りの龍翔だ。


 先に下り、ひざまずいて龍翔を出迎えねば、とあわてて腰を浮かすと、肩を掴んで引きとめられた。


「ここでは大仰なことはせずともよい。無駄な威圧感を与えたくないのでな。わたしは派遣軍についてきた文官ということにしておいてくれ」


「ええっ!? 急に言われましても……っ」

 明珠が呆気あっけに取られている間に、龍翔はさっさと馬車を降りてしまう。明珠はあわてて後を追った。


 長の家だと案内されたそこは、ふつうの民家とさほど変わらぬ家だった。周りの家より大きい他は、なんら特徴もなく、夜の暗さでよくわからないが、華美な装飾が施されているわけでもなさそうだ。


 案内役の男が戸を叩いた玄関から現れたのは、明珠と同じ年頃の愛らしい少女だった。

 龍翔が、優雅な所作で少女に一礼する。


「突然の来訪、失礼つかまつる。わたしは派遣軍から堅盾族へ物資を運ぶために遣わされた者だが、長の義盾ぎじゅん殿は御在宅だろうか?」


 秀麗な美貌を目の当たりにして、少女は、惚けたように龍翔を見上げた。が、はっ、と我に返ってあわてて頷く。


「は、はい。すぐに父……あ、いえ。長を呼んでまいります。お入りになってお待ちくださいませ。どうぞ、こちらへ」


 案内役の男に礼を言って別れた明珠達五人は、あわただしく奥へと通される。案内されたのは、村の寄合などで使われていそうな広めの部屋だった。床座なのだろう。床に色あせた敷物があるだけで、他に目立った家具はない。


「使者様をお待たせするのに、このような部屋で申し訳ございません。すぐに長を呼んでまいりますので」


「いや。夜分に突然、訪問した非礼はこちらにある。気遣いは無用だ」

 龍翔が娘を安心させるように、にこやかに笑いかける。娘は頬を染めたまま、ぱたぱたと奥へ引っ込んでいった。


「いや~、『乾晶の護り手』ってゆーから、どんな豪華な暮らしをしているかと思えば……。堅盾族って、地味~に暮らしてるんスね」


 敷物の上にあぐらをかき、家具らしいものもない室内を見回しながら、安理が口を開く。


 確かに、乾晶の豪奢な官邸で過ごした後では、長の家はいかにも質素に見える。 だが、明珠にとっては、豪華な官邸よりも、こちらの方がよほど落ち着く。


 季白が、馬車の中で説明ていた内容を、おさらいとばかりに口にする。


「堅盾族の長は、間もなく五十歳の堅義盾けんぎじゅん殿です。が、数年前から身体を悪くしており、あまり表には出ていないとか。子どもは娘と息子が一人ずつと聞いておりますので、先ほどの娘が、姉の晶夏しょうかでしょう。跡取り息子の晴晶せいしょうは、まだ十代半ばの成人前だそうですが……。義盾殿の体調によっては、晶夏の婿むこが一時的に族長になる可能性もありますね」


「お前達は御者台にいたからよく見えただろう。村の様子はどうだった?」

 龍翔の問いに、真っ先に口を開いたのは安理だ。


「一カ月前の地震の影響で、まだあちこちに崩れたままになってる建物があったっスね。なんてゆーか、第一印象は、田舎の地味~な村って感じ? 来ると思ってなかった行商人が突然来たーっ! ってな感じで、村中がざわめいてましたもん」

 安理に次いで季白が口を開く。


「ただ、乾晶に護り手を派遣できないほど、地震の被害を受けているかと問われれば、微妙ですね。出迎えた村人の中に目立った怪我人はおりませんでしたし、多少の傷なら、義盾殿で治せるでしょう」

 渋面のまま、季白が続ける。


「村人が無事で、村の復興も進みつつあるのなら、そろそろ護り手をよこしても良い頃かと。聞きかじったところでは、義盾殿の人柄は寡黙で質実。今回の地震を除いて、これまで約定やくじょうたがえたことはないそうです。そのような人物が、いったい急になぜ……」


「案内してくれた男を筆頭に、《晶盾蟲》をおさめていると思われる筒を装備している者は、男女ともに多くおりました。乾晶に護り手を出せぬほどの人的被害があったようには、見えなかったのですが……」

 張宇も、優しげな顔を困ったようにしかめて告げる。


「ふむ……」

 と龍翔が腕を組んで呟いたところで、扉が叩かれた。


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