21 襲撃されても役立たずです!? その3
「べ、別にあんたの命を狙ったわけじゃ……。荷馬車付きの立派な馬車がこんな少ない護衛で通ってたら、襲われるのも道理だろう……っ?」
龍翔の威圧感に堪えかねたように口を開いた賊の言葉に、「ほう」と眉を寄せる。
「わざわざ堅盾族の村へ通じる道で待ち伏せてか? 金目の物が狙いなら、
「あっちの道は、人通りも多けりゃ、ついてる護衛の数も格段に多い。護衛の少ないのを狙った方が、安全ってもんだろ?」
「くそっ、術師までいるなんて話、聞いてねえぞ」
苦々しげに吐き捨てた別の男に、視線を向ける。
「聞いた? 我らのことを誰に聞いたのだ?」
失言に気づいた賊が、舌打ちして視線を逸らす。
「誰からだっていいだろうが」
「そういうワケにはいっかないな~」
にこにこと場にそぐわない笑顔で割って入ったのは安理だ。
「ってゆーか、依頼主がわかんなかったら、報酬もらえないでしょ? なになに? 突然、奉仕の精神にでも目覚めたワケ?」
賊の言葉など
「ああそうさ。オレ達は、奉仕の心を忘れた金持ちどもに、奉仕の心を教えてやるのが役目なのさ。そこの旦那はいいトコの坊っちゃんなんだろ? 金の無い憐れなオレ達に、お慈悲をくれよ」
おどけた言葉に、他の賊も同調して、下品な笑い声が立つ。冷ややかに切り捨てたのは季白だ。
「縛り首でなく、拘束用の縄を与えてやっただけで、この上ない慈悲でしょう? 死んだお仲間の後を追いたいというのでしたら、いくらでも望みを叶えてやりますよ」
「日暮れも近づいてきたし、無駄なおしゃべりはなしで、さくさくいこっか♪」
にこにこと安理が話を引き戻す。
刃を、
「話したくなかったらいーんだよ? 聞ける奴は、他にもいっぱいいるんだしさ♪」
「脅したって無駄だぜ。ほんとにオレ達は何も知らねえ。他の奴等だってそうさ。全員、しゃべらなかったら、どうするんだよ?」
安理の脅しにひくり、と喉を震わせたものの、なおも賊が強がる。
が、安理の笑顔は欠片たりとも崩れない。
「じゃっ、さっそく次のにいこっか♪ だいじょ~ぶ、こっちには術師サマだっているんだしさ。多少、突こうが刺そうが、死なないから安心しなよ♪ さ~て、何人くらい斬ったら口が軽くなるかな~♪」
ひゅっ、と風を裂いて、やにわに安理が抜剣する。
「ひっ!」
悲鳴を上げた賊の頬に一筋の朱の線が走り――うっすらと、血がにじみ出す。
「で、どうする? こっちはいつだって、次にいっていーんだケド」
陽気なほどにこにこと――しかし、目には一欠片の慈悲さえ見せず、賊の喉元に剣の切っ先を突きつけた安理が問う。
これ以上は、抵抗しても無駄だと悟ったのだろう。
「……何が知りたい? 言っとくが、オレ達が知ってることなんざ、ろくにねえぜ」
賊が諦めたように吐息する。
安理が賊への尋問を始めたところで、龍翔はそばへきた季白に、そっと袖を引かれた。賊達の視線が届かぬ馬車の向こう側へと連れていかれる。
「恐れ入りますが、こちらを鍔将軍へ届けていただけますか?」
季白が差し出したのは、三寸ほどの細い竹筒だ。中には、襲撃してきた賊を捕らえたことや、引き取りのための応援の要請などがしたためられているのだろう。
物資運搬用の荷馬車の御者を含めても、宿営地から連れてきた兵士は六人しかいない。十数人もの賊を、しかもこれから夜を迎えるというのに引っ立てていくには、少々おぼつかない。途中で逃げられたり、別の襲撃に遭っては、目も当てられぬ。
「ああ、貸せ」
軽く頷いて、宿営地までの道のりを思い浮かべながら、《
蝶に似た、両の羽を含めても一尺ほどの大きさの蟲だが、長い距離を飛ぶことができるため、伝書鳩代わりに使うのにちょうどよい。
蚕家から出立する前に、遼淵が鍔へと飛ばした蟲もこの《渡風蟲》だ。術師の力量に応じて、顕現できる日数――ひいては飛べる距離が異なるが、龍翔の力ならば、宿営地までの距離など、何の問題もない。
後ろ足に竹筒を結びつけられた《渡風蟲》が、羽音を高く響かせて飛んでいくのを見送ってから、季白を振り返る。常人である季白には、宙に浮いた竹筒だけが飛んでいったように見えただろう。
「ありがとうございました。尋問は、わたくしと安理で行いますので、龍翔様は、どうぞ馬車にお戻りください。今日中に再び襲撃があるとは思えませんが、御身を不用意に
いつもの龍翔なら、過保護すぎる季白の言葉に言い返すところだが、今は、馬車に眠る明珠を残したままだ。大人しく季白の言葉に従うことにする。
「龍翔様。どこもお怪我はございませんでしたか?」
馬車へ乗ろうとすると、念のための確認だろう。張宇に声をかけられた。
「ああ。わたしは傷一つない。張宇、よく馬車を守ってくれたな。お前こそ、怪我などないか?」
あの程度の賊に張宇が後れを取るとは思わないが、尋ねると張宇は柔らかな笑みを浮かべた。
「ご心配いただき、ありがとうございます。わたくしも、怪我一つありません。それと……。明順は静かなものです」
気遣うような口調に、「そうか」と頷き、扉を開けて馬車の中へ身をすべりこませる。
夕闇迫る薄暗い馬車の中で、白銀に輝く《龍》が、眩しいほどだ。
龍翔が命じた時のまま、《龍》はすやすやと眠る明珠の腹の上で円を描いている。
穏やかな寝息を立てる明珠の寝顔を見た途端、我知らず安堵の吐息がこぼれ出る。
解呪されていたらどうしようかと思ったが、不意を突いたからか、大丈夫だったらしい。
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