21 襲撃されても役立たずです!? その2


 かくり、と力を失ってくずおれた明珠の身体を、抱き上げる。

 龍翔は華奢きゃしゃな身体を宝物のように、そっと座席に横たえた。幅が足りず足が延ばせないが、そこは仕方がない。


「《来い》」

 龍翔の呼びかけに応じ、二尺ほどの長さの白銀に輝く《龍》が現れる。


「明順を守れ」

 龍翔の言葉に、《龍》が明珠の腹の上で円を描き、警戒するように首をもたげる。

 その様を確認してから、龍翔は馬車の外へ出た。


 外では、怒号や悲鳴、剣戟の音が渦巻いていた。素早く周囲を見回し、状況を把握する。


 賊の人数は三十人ほど。数騎、騎馬が混じっているが、ほとんどが徒歩かちだ。だが、全員が粗末ながらも革鎧を身に着けている。


 季白と安理が襲い来る賊と斬り結んだかと思うと、次の瞬間には、無力化していく。足を斬られてうずくまって呻く者、顎を剣の柄で叩きあげられて昏倒する者など、二人の周りには賊が転がっている。


 張宇は馬車を引く馬達が暴走しないよう、手綱を握ったまま御者台から下りて、賊を相手どっていた。


 常人には見えぬ盾蟲じゅんちゅうに刃を防がれた賊達があわてふためいている。が、季白達は慣れたもので、まるで盾蟲が見えているかのように、あざやかな動きで一刀ごとに賊を斬り伏せてゆく。


 新たに馬車から姿を現した龍翔を見た賊達が、高価な着物を纏った姿に、蜜に群がる蟻のように押し寄せる。


 腰にいた剣の柄にふれさえせず、龍翔は賊を見据えて「《縛蟲》」と命じた。

 賊達が不可視の蟲に囚われ、地面に転倒する。


「龍翔様! 中でお待ちくださいと……!」

 龍翔へ向かおうとする賊の一人を斬り伏せ、季白が渋面で振り返る。


「この程度の賊。お前達がいて、何の危険がある?」

 返しつつ、悠然と歩を進める。


 もしかしたら、禁呪をかけた術師も襲撃に加わっているかと、期待しなくもなかったが、《感気蟲》を宿した鈴が鳴らぬところをみるに、いないらしい。

 そもそも、もし賊の中に術師がいたのなら、不意打ちの第一射は、矢ではなく何かの蟲だっただろう。


 無人の野を行くが如き龍翔の歩みを止める者は、誰もいない。賊は皆、龍翔に辿りつく前に季白と安理に阻まれ、無力化される。


 龍翔が進んだ先は、第一射の矢でやられたのだろう、肩と太ももを矢に貫かれ、落馬して呻く護衛の一人だ。そばでは数匹の盾蟲が飛び回って兵士を守っている。


「で、殿下⁉」

 そばへ来たかと思うと、地に膝をついて屈んだ龍翔に、二十代半ばとおぼしき若い兵士が目をむく。


「袖でもくわえていろ。矢を抜く。痛むぞ」

 驚く兵士を意に介さず、龍翔は一方的に告げると、無事な方の片袖を兵士に咥えさせた。肩に刺さった矢を掴み、一気に引き抜く。


「ぐうっ」

 と兵士が痛みにくぐもった悲鳴を上げる。新たな血をあふれさせる傷口にすかさず左手を当て、癒蟲ゆちゅうを喚び出す。

 少しだけ痛みが和らいだのか、兵士がわずかに表情を緩めた。


「次は足だ」

 ふとももの傷も同じように処置する。

「傷がふさがるまで、しばらくそのまま休んでいろ」


 龍翔が立ち上がった時には、賊の制圧はほぼ終わっていた。立っているのは、護衛を含む龍翔の部下達だけだ。


「他に怪我をしている者は?」

「もったいのうございます! 殿下自らに術をかけていただくなど……っ」

 恐縮する護衛達に、鷹揚おうように笑う。


「生きていてくれて、何よりだ。《龍》の力をもってしても、死者を生き返らせることはできぬ。生き残ったことに対する褒美だと思え。何より」

 口元に悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「今ここに、術師はわたししかおらんのだ。お前達が怪我を治さねば、誰がこの賊達を乾晶まで連れて帰る?」


「そ、それは……」

 困り顔で黙った兵達に笑いかけ、傷の酷い者から順に、癒蟲で治していく。


 襲撃の可能性が高かったため、がくにはあらかじめ、護衛としてつける兵士は、新兵ではなく精鋭を、と命じていた。おかげで、護衛兵はみな、多少の怪我を負ってはいるものの、重傷だったのは先ほどの兵士だけだ。


 賊が人数だけは多かったものの、ろくに統率もとれていなかったという点と、ほとんどの賊が荷馬車ではなく、龍翔の乗る高価な馬車を狙ったという要因も大きいだろう。


 龍翔に傷を癒してもらった兵士達が、まだ息がある賊達を縛り上げている季白達の手伝いに向かう。

 最後の兵を癒し、馬にも異常がないか確認してから、龍翔は季白達に足を向けた。


「お前達は怪我はないか?」

 問うと、季白が、

「この程度の者達に後れを取るなどありえません」

 と憤然と返す。「あれ~?」と小首を傾げたのは安理だ。


「明順チャンはどうしたんスか? まさか、一人で馬車に残してきたんスか? 絶対、おそばから離さないものと思ってましたケド」

 意外さを隠そうともしない安理に、軽く頷く。


「明順は馬車で休んでいる。――《眠蟲》で眠らせた」


「へ?」

 安理に向けた顔は、苦い表情をたたえていたに違いない。


「あれは、つい先日まで穏やかな市井しせいで暮らしていたのだ。賊の襲撃と聞いただけで震えている者に、この状況は辛かろう?」


「うわーっ。めちゃくちゃ甘やかしてるじゃないっスか」

 安理の呟きを無視し、捕らえられている賊達に向き直る。


 情報を引き出すために季白達があえて生け捕りにした者は、十数人。十分な数だ。


「――さて。わたしの命を狙ったわけを聞かせてもらおうか?」


 はからずも安理のせいで、明珠を怯えさせた原因だと再認識したせいだろう。発した声は、氷室のように冴え冴えと低い。

 賊の何人かが怯えたようにごくりと唾を飲んだ。


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