21 襲撃されても役立たずです!? その1
「明順! しっかりしなさい!」
「ふえっ!? す、すみません!」
季白の声に、明珠はぱちりとまぶたを開けた。
いつの間にか、目を閉じてうとうとしていたらしい。頬に当たっていたすべらかな感触に、驚いて身を起こす。
隣に座る絹を纏った龍翔の肩に寄りかかっていたのだと気づき、恐慌に陥る。
「も、申し訳ありません!」
ぴしりと背筋を伸ばして、馬車の椅子に座り直すと、龍翔が吐息して、
「せっかく気持ちよさそうに寝ていたのだから、起こすこともないだろう?」
「えっ!? 私、そんなにぐーすか寝ていましたか? す、すみません! 絹のお着物、汚したりしていませんよねっ!?」
龍翔を振り向き、絹の着物をまじまじと確認する。
と、ぐいと腕を引かれて、揺れる馬車の中、明珠はつんのめりそうになった。
「お前の枕になれるのなら、腕だろうと膝だろうと、どこでも貸してやるぞ。まだ眠いのだろう? もう少し、休んだらどうだ?」
「いえっ、大丈夫です! 龍翔様を枕にするなんて、そんな恐れ多い……っていうか、季白さんがものすごい目でこっちを
身をよじり、何とか龍翔の手から逃れようともがいていると、向かいの席から、「ぶっひゃっひゃ」と遠慮のない安理の笑い声が聞こえてきた。
「天下の龍翔サマを枕にするなんて、明順チャンたらやるぅ~♪ 襲撃があるかもしれないってのに、居眠りするなんて、大物だねっ♪」
「安理さんまで……っ。ううっ、本当にすみません……」
泣きたい気持ちで身を縮めると、明珠の腕から手を放した龍翔に、くしゃりと頭をなでられた。
「気にすることはない。昨夜は遅かったうえに、今朝も今朝で早かったんだ。馬車の揺れに眠気をもよおしても仕方なかろう」
よしよしとあやすように頭をなでられ、恐縮するほかない。
明珠達が今いるのは、堅盾族の村へ向かう馬車の中だ。
夕べ、似顔絵を描き終えてしばらくしてから、再び副総督の
貞が恐縮しながら報告した内容によると、賊は取り逃がしてしまったそうだ。
ただ、総督の執務室などは荒らされたものの、目立った物品に盗まれたものはなく、総督や家族にも怪我人は出なかったのが不幸中の幸いらしい。
今朝には、総督の
明珠達が宿営地からの迎えの馬車で官邸を出たのは、範の報告のすぐ後だ。
表向きには、龍翔は、宿営地で行われる兵の訓練の指揮を
宿営地で龍翔と季白が鍔将軍と手短に打ち合わせを済ませた後は、地震の被害を受けた堅盾族へ贈るという支援物資を載せた二台の荷馬車と、護衛の騎兵四人と共に、出立した。
先頭の馬車に乗っているのは明珠と龍翔、季白、安理の四人で、いつものように張宇が手綱を握っている。
うたた寝している間に、馬車の窓から見える空は、春のうららかな青空から、茜色に変わりつつあった。
堅盾族の村までは、馬車で三刻(約六時間)ほど。夜までには到着すると言っていたので、もうかなり近づいているはずだ。
「……意外と、緑が多いんですね?」
馬車の窓越しに見える景色に、明珠は思わず呟いた。
堅盾族の村は、乾晶よりさらに北西に位置し、砂漠に近い。なんとなく、砂地とまばらな木ばかりの乾燥地特有の風景を想像していたのだが、街道の両側には意外なほど緑が多い。時には、木々が茂る林も見えるほどだ。
「堅盾族の村のそばに、潤晶川の水源がありますからね。おかげで、この辺りにしては、緑が豊かなのです」
季白の説明に、なるほどど納得する。
うたたねをしてしまう前、季白に聞いた説明によると、堅盾族は、村に他者が近づくのをあまり好まないらしい。
村の少し前で街道は二手に分かれ、一方は堅盾族の村へ、もう一方は砂漠の出入り口となる町・
窓から見える景色の中に、他の旅人や馬車の姿は一つも見えない。おそらく、砂郭への分かれ道は、寝ている間に通り過ぎてしまったのだろう。誰かに尋ねようかと思った、その時。
「っ!」
明珠以外の三人が、息を飲む音がした。同時に。
「敵襲です!」
張宇が鋭く叫ぶ声と、馬のいななき。
そして、何かが風を斬る音と、護衛兵の悲鳴が続く。
「安理! 出ますよ! 龍翔様は明珠とこのまま中に!」
固い声で叫んだ季白が、「へーい」と
「《
と、龍翔が喚び出した十匹ほどの盾蟲がその後に続く。が、明珠はそれらを見送ることはかなわなかった。
季白達が飛び出した時には、龍翔に抱き寄せられていたからだ。
「り、龍翔さ――」
「安心しろ。お前には、髪ひとすじの傷さえつけさせぬ」
力強い龍翔の言葉。
先ほどの鋭い風斬り音は矢に違いない。
脳裏をよぎったのは、英翔の
あの、膝がくずおれて立っていられなくなるような恐怖。襲われた時は無我夢中だったが、あらためて思い返すと、心臓がきゅぅっ、と痛くなるような恐怖に囚われる。
しっかりせねばと思うのに、意に反して身体の震えが止まらない。
明珠の恐怖を
「不安に思うことはない。前に、約束しただろう? お前は、わたしが守る」
心の奥底にまで響くような深みのある声に、わずかに恐怖が薄らぐ。龍翔に断言されれば、不可能も可能になるような気がする。
龍翔の長い指先が、髪から頬へとすべる。
「《気》を」
「は、はい!」
服の上から龍玉を握りしめる。
まぶたを閉じるより先に、龍翔の顔が下りてきた。秀麗な
強い光をたたえた黒曜石の瞳が明珠の意識を奪い取り、恐怖を彼方へと追い払う。
尊敬する主人。そうだ。この方のためなら――。
「《
しかし、明珠の意識は、突然、襲い来る眠気に断ち切られた。
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