20 賊の手がかりはなかなか得られません!? その6


「えー。でも、この顔立ちじゃあ、少年とは言い切れないんじゃない? 十三くらいなら、まだ身体ができあがってないし。女のコっていう可能性も……。明順チャン、このコ、ほんとに男のコだった?」


 安理は、描きあがった似顔絵が意外と愛らしいので心配になったらしい。明珠はこくんと頷く。


「男の子、だと思います……。十中八九」

「何か根拠でもあるの?」

 重ねて安理に問われ、明珠は「その……」と視線を伏せた。


「転んでもみ合った時に、あの……」

 恥ずかしさに、声がどんどん小さくなる。


「賊が私の胸に手をついて立ち上がろうとして……。すごくびっくりしてひるんでいたので、たぶん……」


 ばきっ!

 突如、響いた異音に、明珠は驚いて顔を上げた。


「ん? ああ、細筆が弱くなっていたようだな」

 龍翔が手を開くと、真っ二つに折れた筆が、ぱらりと卓に落ちる。


「ええっ!? 大丈夫ですか!? お怪我とか……っ!?」

 心配になって思わず身を乗り出すと、


「何ともない」

 と龍翔が薄く笑みを浮かべて、かぶりを振る。


 が、何だろう……?

 表情は笑顔なのに、龍翔から発される圧が、ものすごい。


 部屋の温度が下がった気がして、明珠はぶるりと身を震わせた。

 見れば季白と張宇も微妙に顔を強張らせている。


「……あ、こりゃ、捕まったら極刑だ」

 安理が物騒ぶっそうきわまりないことを、ぼそりと呟く。


「えっ!? そ、そりゃ、総督官邸に忍び込むなんて、悪いことですけど……! でも、まだ小さい子どもを極刑になんて……!」

 すがるように龍翔を見ると、龍翔が顔をしかめて嘆息する。


「安理。確証もなしに明順を怖がらせるな。明順も、わたしが理由もなく、極刑になど処するわけがないだろう?」


「え、でも龍翔様、思ったでしょ? 明順チャンのむ――」


 ひゅっ! と龍翔が目にも止まらぬ早業で、折れた細筆を安理の顔めがけて投げつける。

 顔に刺さろうかという寸前で、ぱしっ、と片手で受け止めた安理が、唇をとがらせた。


「ちょっ、龍翔様! 暴力反対! も~っ、ひっどいっスよ。いくら賊がうらやま――」


「ほう。本格的に死に急ぎたいようだな。そこに直れ。すぐに望みを叶えてやるぞ」


 さえざえとした怒気を放ちながら、龍翔が椅子から立ち上がる。


「張宇。剣を貸せ」

「り、龍翔様っ!? どうなさったんですか!?」


 明珠も立ち上がり、あわてて龍翔の袖を引く。


「今夜の龍翔様、何だかいつもと違いますよ⁉ その……、私がご心配をかけたせいかもしれませんけど……。って、すみません。自惚うぬぼれですよね……」


 恥ずかしさに声を落とすと、不意に龍翔が身体ごと明珠を振り向いた。


「あっ、すみません。絹のお着物に……」

 力が入っていたせいで、変なしわをつけてしまいそうだ。手を放そうとすると、掴んでいたのとは逆の手に、指先を掴まれた。


「……確かに、今日のわたしは、少し変かもしれんな」

 龍翔が苦い吐息をこぼす。


「お前を傷つけたやも知れぬと思うと、たとえ幼い子どもでも、容赦する気になれん」


「? 私、どこも怪我なんてしていませんけど?」

 小首を傾げると、怒ったような声が返ってきた。


「当たり前だ。お前を傷つけるような事態は、わたしが許さん」


「では、そのためにも、一刻も早く賊を捕らえましょう」

 冷静な声で割って入ったのは季白だ。


「明順。この似顔絵の中で、一番似ていると思うものは?」

 季白の言葉に、卓に向き直る。

 龍翔が小さく吐息して手を放し、龍翔らしからぬ乱暴な所作で椅子に座り直す。


「ええと……」

 身を乗り出して。順に卓の上の絵を見比べる。


 自分の絵は下手過ぎて論外だ。

 龍翔の絵は、上手だが、書き手と同じく顔に品がありすぎる。

 張宇と安理は、画家見習いかと思うほど達者だ。どちらも甲乙つけがたいほど巧いが、似ているかどうかとなると。


「安理さんの絵が、一番似ています。この思いつめた感じの目元とか……」


「思いつめた、か」

 安理の似顔絵をのぞきこんだ張宇が、眉を寄せて吐息する。


「こんな子どもが官邸に忍び込んだんだ。きっと何か、深い事情があるんだろう」


「張宇! 相手は賊ですよ! 同情して手心を加えるなど、とんでもありません!」

 目を怒らせた季白が、すかさず注意を飛ばす。


「わかっている。たとえ子どもといえど、龍翔様を害そうとする輩に容赦はしない」

 ふだんは穏やかな顔を引き締めた張宇が、きっぱりと告げる。


「で、オレはこの似顔絵を手に、街中を捜索すればいいんスか?」

 龍翔と季白を交互に見やって、安理が尋ねる。


「一刻も早く賊を捕らえたいところだが……」

 龍翔が渋面になる。


「この騒ぎで出発は遅れるだろうが、予定を変える気はない。道中の可能性を考えると……」

 ちらりと、龍翔が視線を寄越した理由がわからず、明珠は首を傾げた。


「道中って、龍翔様、どちらかにお出かけなさるんですか?」

「ああ。堅盾族けんじゅんぞくの村へな」

「ええっ!? 初めてうかがいました! いつからですか!?」


「明日の朝一番に、一度、宿営地に寄ってから出立する予定だったが……。今夜の族についての報告を、明朝に受けてからになるだろう」


「はあ……」

 あいまいに頷くと、季白の厳しい声が飛んできた。


「言っておきますが、堅盾族の村へ行くことを他言してはいけませんよ! まあ、言う相手もいないでしょうが」

「その通りですけど……。でも、どうしてですか?」


 一番下っ端の明珠に予定が知らされていないのはいつものことなのでかまわないが、なぜ、他言無用なのだろう。

 尋ねると、季白の切れ長の目に、冷徹な光が浮かぶ。


「もちろん。敵をあぶり出すためですよ。堅盾族の村へ行くことは、官邸の中でも一部の者にしか知らせていません。もし、その道中で龍翔様が襲撃されたとなれば、おのずと警戒すべき相手が絞られるでしょう?」


「襲撃って……!?」

 龍翔を振り向くと、困ったような笑みが返ってきた。


「あくまで可能性があるというだけだがな。だが、官邸や宿営地に比べたら、馬車での移動中は、警備の質が格段に落ちる。わたしの命を狙う者にとっては、絶好の機会と映るだろう」


「で、でも危険じゃ……!?」


 龍翔が襲われるかもしれない。

 そう考えるだけで、きゅうぅっ、と心臓が締めつけられる。


 不安を隠さず龍翔を見つめると、優しく頭を撫でられた。


「そんな顔をするな。季白や張宇もいるから大丈夫だ。それに、お前さえいれば、わたしは誰にもおくれを取らん」


 安心させるように髪の上をすべる指先は、驚くほど優しい。

 と、不意に決然と龍翔が頷く。


「よし。やはり明順の安全のためにも、信頼できる者は多い方がよい。安理、お前も一緒に来い」


「はいはーい。オレは龍翔様のお望みどおりに動きますよ~。じゃ、賊の捜索は、乾晶けんしょうに戻ってきてからってことで」


「安理。同じ似顔絵を、もう二、三枚描いておいてください。がく将軍にも、報告がてら渡しますので」

 季白が口をはさむ。


「へーい。さらさらっと描きますよ~。っていうか……」

 安理が悪戯っぽい目で龍翔を見る。


「龍翔サマ、ほんと明順チャンのこと、大事にしてるんスね♪」


「当り前だろう。大事な従者だからな。もちろん安理や季白や張宇。お前達もだ」


「もったいないお言葉です」

「ありがとうございます」

 さも当然という顔で告げた龍翔に、季白と張宇が嬉しそうに返し、


「ぶっひゃっひゃ。んじゃま、この場はそーゆーことで♪」

 なぜか楽しげに吹き出した安理が、


「オレも大切な従者の一人に数えていただいて、光栄っス♪」

 とおどけた仕草で頭を下げた。

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