20 賊の手がかりはなかなか得られません!? その5


「ふいー、つっかれた~。あ、龍翔サマ、すみません。賊、逃げられちゃいました♪」


 全く悪びれない様子で安理が報告する。きっ、と睨みつけたのは季白だ。

「安理! あなたが追っていながら、取り逃がすとは……!」


「だってさ~。そもそも、オレに情報がくるのが遅かったんだもん。そりゃ、後手にも回るっスよ~。それに、賊の奴、術師だったんスよ? 後手に回った上に術師じゃ、さすがにオレの手に余りますって~」


「えっ? 安理さんが追われたのは、少年の賊なんですか?」

 驚いて思わず口を開くと、安理は、


「へ? 違うよ」

 とあっさりかぶりを振った。


「オレが追ったのは、離れに来た方じゃなくて、警備兵が大勢、追っかけてた方。暗かったけど、あの背の高さと体格は、男だろーね。ま、若いってことは十分あるだろうけど。なになに。明順チャン、賊について何か知ってるの?」


 わくわくと安理に尋ねられ、明珠は賊の顔を見たことを話す。それと。


「私が会った賊も、術師だったんです。《縛蟲ばくちゅう》を放ってきて……。解呪したので、何ともなかったんですけど……」


 季白が切れ長の目をすがめる。

「賊が二人とも術師とは……。これは、倉を襲撃した賊と同一人物の可能性が高くなりますね」


「しかし、そうだとしたら、なぜ今さら再び官邸に? 前の襲撃で目的を果たせなかったということか。それとも……」

 呟いた張宇が視線を向けた先は、龍翔だ。


 一回目の襲撃と、二回目の今夜。何より大きな違いといえば、龍翔が官邸に滞在しているかどうかだ。


「わたしの所には、刺客は来なかったぞ。賊が陽動だとしたら、わたしを襲う絶好の機会だったはずだがな」

 龍翔が秀麗な面輪に不敵な笑みを浮かべる。


「直接、姿を現せば、その場で返り討ちにしてやったものを」


 確かに、龍翔の力をもってすれば、たいていの刺客は返り討ちにあうだろう。

腕を組んだ季白が、呟く。


「ということは、賊の目的は龍翔様ではなく、官邸にある『何か』……? 一回目の襲撃では得られず、今夜の襲撃に至ったとみるべきか……。しかし、それにしては、間が空きすぎている気が……」


 渋面で呟いていた季白が、途中でゆるりとかぶりを振る。


「可能性があり過ぎて、決め手に欠けますね。思い込みで動くほど、危険なこともありません。まずは、似顔絵を作成しましょう。賊さえ捕らえられれば、おのずから企みもわかってくるのですから」


「で、でも、私、上手な絵なんて描けませんよ!?」

 あわてて告げると、季白があっさり頷いた。


「大丈夫です。あなただけに描かせるつもりはありませんから。あなたは賊の顔をしっかり思い出して、特徴を伝えればいいのです。そうすれば、絵の巧い張宇と安理が描いてくれます。張宇、紙と筆の用意を」


 五人で卓へと移動する。明珠はもちろん下座に座ろうとしたが、「お前はこちらだ」と龍翔に問答無用で隣に座らされた。張宇が手早く紙と筆、墨を用意する。


「賊の顔を見るなんて、明順チャン、やっるぅ~♪」

 と珍しくやる気の安理に触発されたのか、龍翔までが、


「では、わたしも描いてみるか」

 と言い出す。


「下手でもいいからあなたも描きなさい」

 と言われた明珠も、紙を前に筆を持ち。


「……季白さんは、描かないんですか?」

 何気なく問うと、ものすごい渋面が返ってきた。


「あー、その……」

 張宇が困り顔で口を開く。


「季白はその……。あまり絵が、な」


「何を描いても妖怪変化にしか見えないんスよね~♪」

 安理が楽しげに「ひゃひゃひゃ♪」と笑う。


「ぶはっ! 妖怪変化……っ。言い得て妙だ……」

「昔、けちょんけちょんに言い負かした画家達に、呪いでもかけられてるんじゃないっスか~?」

「絵や美術品に対する審美眼は確かなのにな。なぜ自分で筆を持つと、あんな妙な絵になるのか、不思議だ……」


 吹き出した張宇にからかい混じりの安理、果ては龍翔にまで真面目な顔で呟かれた季白が、こめかみに青筋を浮かべて反論する。


「龍翔様がおっしゃる通り、絵画の良し悪しさえわかれば、それでいいんですよ! わたし自身が絵が上手である必要はないんですから」


「……季白さんにも、椎茸以外に苦手なものがあったんですね……」

 なんとなく、季白は何でもあっさりと器用にこなすと思い込んでいた。


 他意なく呟くと、きっ、と厳しい眼差しで睨まれる。

「無駄話はもう十分です! さっさと始めますよ! 明順、賊の特徴は⁉」


「え、ええと……」

 似顔絵を描いたことなどないので、どう説明すればいいのか、よくわからない。明珠の戸惑いを察した張宇が、すかさず助け舟を出してくれる。


「顔立ちの似た知人を言ってくれてもいいんだぞ? あとは、黒子ほくろとか、何か目立つ特徴があったかどうかとか、年の頃とか」


「年はたぶん、十三か十四くらいじゃないでしょうか? 順雪よりは年上ですけど、私よりは年下だと思います」


「……かなり若いな」

 龍翔が形の良い眉をしかめる。

「だが、弟がいる明順が断言するのだ。年齢はさほど外れてはいまい」


「顔立ちは……」

 卓についている四人の顔を、順に眺める。

 改めて見ると、龍翔はもちろん、季白や張宇、安理の三人も美男子だ。


(なんというか。場違いだなあ……。これ、私だけみすぼらしくて、かえってすごく目立ってるんじゃ……?)

 そんな不安がよぎるが、今はそれどころではない。


「この四人の中で言うと、張宇さんに一番、雰囲気が似ているでしょうか……? 真面目そうで、凛々しい感じで……。あっ、目がくりっと大きかったのが、可愛らしかったです!」


 鼻は、口は、眉は……と、必死で記憶をたぐり寄せる。

 薄暗い脱衣場での一瞬の邂逅だったが、その若さに驚いたからか、鮮烈に印象に残っている。


「うーん……。こんな感じかな……?」

 明珠の言葉に、さらさらと筆を動かしていた安理が、首を傾げてうなる。


 安理の手元をのぞきこんだ明珠は、巧い絵に感嘆の声を上げた。

「すごい! 上手ですね! そう、こんな感じの顔です!」


 本人を見た明珠が描いた下手な絵よりも、よほど特徴を掴んでいる。

 意志の強そうな大きな目や、生真面目そうな眉なんて、特にそっくりだ。

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