16 わたしが望んでいるものは、そんなものではない その2


 あらがうより先に、力強い腕にふたたび抱き寄せられる。横倒しになった身体を、布団が柔らかく受けとめた。


「り、龍――」

「明珠」


 まるで飴玉あめだまを口の中で転がすように、嬉しそうに名を呼んだ龍翔が、明珠の額にくちづける。


「ひゃあああっ!? な、何なさって――!?」


「やはりお前は、甘くていい香りだ」


「龍翔様、酔ってらっしゃいますねっ!? ものすごく酔ってますねっ!?」

 明珠の叫びに、龍翔が悪戯いたずらっぽく首をかしげる。


「ん? わたしは酔ってはいかんのか?」


「そ、そんなことないですけどっ! でもちょっとこれは……っ」

 酔って人懐ひとなつっこくなる客は、酒楼で働いていた時に見たことがある。

 だがこれは。


(恥ずかしくて、私の心臓が壊れそう……っ!)


 龍翔が着ているのは、絹の肌着一枚だけだ。その下の鍛えられた身体のたくましさや、とくとくと脈打つ鼓動が、嫌でも伝わってくる。


「明珠」

 すり、と龍翔に頬をすりよせられ、幸せそうに名前を呼ばれて、全身が沸騰ふっとうしそうになる。


 練られた飴のように、身体に力が入らない。このままけてしまうのではないかと不安に駆られる。


「あの、龍翔様。放し……」

 恥ずかしさに、泣きたいような気持で懇願するが、龍翔の耳には入っていないらしい。


「酔うのなら、酒も女もいらぬ。お前だけで、十分だ」


 酔っぱらい特有の理解不能な言葉を呟いた龍翔が、明珠の身体に回した腕に力をこめる。


「明珠」

 愛おしげに髪をなでられ、宝物のように名前を呼ばれる。


 酒精の気配が濃い吐息に、明珠まで酔っぱらってしまったようだ。頭がくらくらして、思考がけてゆく。

 とくとくと少しだけ早い龍翔の鼓動と、早鐘のように打つ己の鼓動が混ざり合う。





 緊張に身を固くして、どれくらい過ぎたのだろう。


 髪をなでていた手が止まったのに気づいて、明珠はもぞもぞと身じろぎして龍翔の顔を見上げた。


「り、龍翔様……?」

 初めてみる龍翔の寝顔は、驚くほど無防備だった。


 空腹が満たされた子どものような、満足そうな寝顔。

 安心しきったその顔に、明珠の方まで気が緩む。が、このまま龍翔の腕の中で居続けるなんて、心臓がもたない。


 ごそごそと身動きし、身体にしっかと巻きついた龍翔の腕からなんとか逃れようと試みるが……。龍翔の力強い腕は、にかわでくっついたように、緩まない。


 暴れれば外れるのかもしれないが、安らかに眠る龍翔を起こしてしまうのは気がとがめた。


(ど、どうしよう……)

 緊張するとはいえ、龍翔の身体はあたたかい。布団は雲のようにふこふこだ。


 潮が満ちるように押し寄せてきた眠気に耐えかね、明珠はまぶたを閉じて身をゆだねた。

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