15 二人で何して遊びます? その1
「明順チャン、あっそぼうよ~♪」
「……はい?」
龍翔達が出て行った途端、明珠を振り返ってにこにこと告げた安理の言葉に、明珠は小首を傾げた。
明珠は季白にまとめるように指示された書き物をする気満々だったのだが。
「遊ぶって……。何をして遊ぶんですか? しりとりとか? あ、あそこに将棋盤があるみたいですけど……」
部屋の中を見回した明珠は、棚の一画に将棋盤と駒の入れ物を見つけた。だが、細工の見事さから察するに、遊ぶためのものではなく、観賞用ではないだろうか。
遊ぼうと言われても、正直、怖くてさわりたくない。
「まさか、鬼ごっこや隠れんぼじゃないでしょう? 広くて隠れるところはいっぱいありそうですけど……。季白さんに大目玉を食らいますよ?」
明珠自身、幼い頃や、弟の順雪がまだ小さい頃は、近所の子ども達と遊んだものだが、子どもは何も道具がなくても遊ぶのが上手だ。
走り回ったり、木登りしたり、木の枝で地面にお絵かきをしたり、葉っぱや花を道具に見立てて、ままごとをしたり……。どれもここ数年、とんと遊んだ記憶はないが。
「あ、そういう答えなんだ」
明珠の返事に安理が吹き出す。
安理は楽しそうに明珠を見つめて。
「んー。火遊び、とか?」
「だめですよ! そんな危ないこと!」
間髪入れずに言い返す。
「火遊びなんて、絶対ダメです! 火はとっても危ないんですよ! 火事でも起こしたらどうするんですか!?」
順雪にするように「めっ!」と安理を睨みつけると、もう一度、吹き出された。
「うんうん、危ないよね~、ホント」
楽しげに頷いた安理が、にこりと笑って明珠を見る。
「遊ぼうって言ったのは言葉のあやで……。ほら、オレ達、昨日会ったばっかりだろ? お互いのことを知っておくのも大事かなーと思って」
安理の言葉に、思いがけず動揺する。
「え……っ!? 安理さんのこと、教えてくださるんですか!?」
「わお。予想外の食いつきっぷり。ナニナニ、そんなにオレに興味ある?」
一歩踏み出し、明珠の前に立った安理が、身をかがめて、にこにこと明珠の顔をのぞきこむ。
「だって、その……」
視線を合わせてくれた安理の顔を、真っ直ぐ見つめる。
「龍翔様達は、ほとんど事情を教えてくださらないので……。いえ、「明順」になるにあたって、必要最低限の事柄は教えてくださったんですけど」
たとえば、季白は龍翔の教育係として、張宇は張宇の母が龍翔の乳母だった関係で、龍翔が幼い頃から仕えているという話や、季白も張宇も、貴族ではあるものの、家格はそれほど高くないため、龍翔の後ろ盾なしに、範や貞と正面切って争うことはできないこと。
つまり、従者の家格の低さからもわかるように、龍翔は皇子三人の中でも軽んじられていることなど、対外的な立場に関する簡単な説明は聞いているが、深いところについては、明珠はまったく教えらていない。
明珠に説明しても、政治の深い話などわからぬだろうと、季白に断じられたのか、単に話す時間がなかったのかさえ、わからない。
龍翔に仕える従者でありながら、明珠の立場は、はなはだ
「明順チャンは、龍翔様について、アレコレ知りたいってワケ?」
思わせぶりに明珠を見つめ、口を開いた安理に、深く頷く。
「もちろんです! 私が無知なばっかりに、ご迷惑をかけたくないですし……」
話すうちに、英翔を弟だと誤解していたことや、そのせいで遼淵に爆笑された記憶がよみがえり、情けなさに消え入りたくなる。
「私のせいで、龍翔様にご迷惑をかけたくありません。せっかくお仕えさせていただいているんです。少しはお役に立たないと……」
「ふーん。それで、その書類の山ってワケ?」
安理の視線が、明珠から書類があちこちに広げられた卓へと移る。
「はい。季白さんに、燃えた倉庫に運び入れられていた物の一覧と、燃え残ったりして、確実に倉庫から盗まれていない物の一覧を作るように言われたんです。あと、襲撃の後、どこでどんな被害があったのかという資料も、まとめるようにと……」
「うへえ、面倒くさそう~。まさか一人でやってるの?」
「いえ、夕方までは張宇さんが手伝ってくださいました。でも、私、書類仕事なんてしたことがないので、要領が悪くて……」
順雪は将来、試験を受けて役人になれるようにと、高い学費を払ってそれなりの先生の私塾に通わせているが、明珠は家の外では読み書きの基本を教えてくれる私塾にしか、通った経験がない。
庶民の中には、私塾にすら行ったことがなく、読み書きのできない者、書けても自分の名前だけという者がいる中では、まだ恵まれている方だ。
亡き母の麗珠から、幼い頃から術師の教育を受けてきたので、庶民の中では、まだ読み書きが達者な方だと思う。
が、読み書きできることが書類をまとめる能力に直結しているはずもなく、まとめ方は全部、張宇に教えてもらった。
龍翔の護衛という印象が先立つが、張宇は文官としても、そこそこ優秀らしい。
感心する明珠に、張宇は照れながら、
「いや、龍翔様の下はたいてい人手不足で……。何でもやっているうちに、自然にできるようになっただけだけどな。俺なんて、季白の足元にも及ばないよ」
と苦笑いしていたが。
「ふーん。じゃあ、オレも手伝ってあげちゃおっかな♪ 特にやるコトもないしね~」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
「うん、まず倉の中にあった物の一覧を作っちゃおう」
安理と向かい合わせに卓につき、作業を始める。
「賊も書類まで燃やすなんて、余計なことしてくれたね~。滅茶苦茶メンドーくさいじゃん、これ!」
始めてすぐ、安理が渋面になる。
倉に入れた当時の巻物は火事で焼失してしまったため、倉庫の中にあった物を知るには、燃え残った品を確認した書類と、各々の商人達が献上したと申し出ている書状と、倉庫番の役人が記憶を頼りに書き出した物と……と、何種類もの巻物や書類を参照しなければならない。
卓の上が大変なことになっているのは、そのせいだ。
「よし、分業制にしよう。オレが読み上げるから、明順チャンは書く役で! で、混ざると困るから、終わった巻物は別の箱に入れていこう。……くそ、賊め。オレにこんな面倒をさせるなんて、捕らえたら覚えてろ……」
文句を言いながらも、安理は手際よく巻物を分け、手伝ってくれる。
張宇といい、安理といい、手伝ってくれるなんていい人ばかりだと、明珠は心から感謝した。
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