14 そのうち首が離れるぞ?
「ねーねーねー、季白サーン」
手際よく季白の着替えを手伝う安理が、わくわくと言った様子で、季白に話しかける。
宴に出るために自分も着替えていた張宇は、嫌な予感を覚えて、季白と安理を振り向いた。案の定、
「龍翔様の解呪って、いったいナニするんスか? オレ、今日、追い出されたんスけど?」
と、安理がとんでもないことを聞く。
「おい、きは――」
止めようと、張宇が呼びかけるより先に。
「くちづけですよ」
あっさりと、季白がばらす。
「お前な……」
張宇の苦い呟きは、舞い上がった安理の声にかき消された。
「えっ!? 本当っスか!? 明順チャンと!? いーなぁ、龍翔様! 役得っスね!」
「あー、だから追い出されたのかぁ~」と一人で納得する安理に、淡々と季白が続ける。
「別に、くちづけでなくてもいいんですよ。要は《気》を明順から龍翔様に渡せばいいんですから。血だって、別のものだって」
「別のものって……っ!?」
わくわく、と安理が目を輝かせる。
「とゆーことは、龍翔様は隣室で毎晩……!?」
「……そうだったらいいんですけどね」
「……安理。そこまでにしておけ」
低い声で応じた季白と張宇に、安理が首を傾げる。
「……ってことは、二人は、まだ?」
こくり、と季白と張宇が同時に頷いた途端、安理が「ぶぷ――っ!」と盛大に吹き出す。
「何の冗談スかそれ!? 旅の間も一緒の部屋だったんでしょ!? 年頃の男女が一緒の部屋で夜を過ごしてそれって……っ」
はっ、と何かに気づいたように安理が顔を強張らせる。
おずおずと、季白と張宇を見つめ。
「……もしかして、龍翔様ビョーキ?」
無言で着替えのために脇に置いていた剣の柄を掴み、鞘のまま、振り下ろす。
かなり本気で振るったのだが、安理に薄皮一枚で避けられた。
「冗談! 冗談っス! お願いだから斬らないで! 張宇サンに本気になられたら、オレ死んじゃう!」
安理が悲鳴を上げながら、季白の後に回りこんで盾にする。
「……なら、口を
剣の柄から手を離さずに安理を睨みつける。
「龍翔様が同意もない娘に手を出すはずがないだろう!? お前と一緒にするな」
「ちょっ、オレだって無理矢理、手を出したりしないっスよ!? あっちが来るから、あえて拒まないだけで! っていうか……」
安理がきょと、と首を傾げる。
「明順チャンってば、
「……すべては、小娘が悪いんですよ。望めば、己がどんな栄誉に浴せるかも知らぬ愚か者が……っ!」
忌々しげに吐き捨てたのは季白だ。
季白から、宿で同室になる時の
「ぶっひゃっひゃっ……!」
と床にくずおれ、腹を抱えて大笑いする。
「何ソレ、面白すぎっ! そこで手を出しかねる龍翔様も龍翔様だけど、明順チャン、サイコー!」
「笑い事ではありませんよ! 小娘がお子様なばっかりに、龍翔様の解呪が……っ!」
季白のこめかみに青筋が浮かぶ。
「あーっ、やっぱり、龍翔様にお仕えしてると飽きないな~♪」
楽しげに呟きながら、笑い過ぎて目尻に浮かんだ涙を指先でぬぐった安理が、「で?」と季白に視線を向ける。
「お子様明順チャンに男女の機微を教えたら、何かご褒美でも、もらえるんスか?」
「おい、安理! いったい――」
「いいですとも」
不穏な気配を感じて張宇が止めるより早く、季白がきっぱりと頷く。
「龍翔様の解呪のためです。あの小娘をその気にさせたら、特別手当でも何でも、望むものをあげましょう」
「うわーっ、季白サン太っ腹!」
安理がやんやと季白を持ち上げる。
「ちょっと待て! 二人とも!」
張宇は思わず割って入った。
「明順をその気にさせるって……。安理、お前いったい、何をする気だ?」
不安だ。季白の猛進も不安だが、安理の暴走はもっと不安だ。
明珠の貞操を守るためなら、安理と一戦構える覚悟も必要かもしれない。
気持ちはすっかり父親か兄のそれだ。
場合によっては、龍翔に進言しても……と思い悩んでいると、張宇を振り返った安理が、にへら、と笑う。
「いや~、それはまだ言えないっス。だって、明順チャンとは、昨日、会ったばっかりだし~? やっぱり、まずはお互いをよく知らないと♪」
……何だろう。言っている内容はまともなはずなのに、安理が口にすると、不安しか湧いてこない。
「……一つ言っておくが」
張宇は安理を睨みつけて、おごそかに口を開く。
「龍翔様に叩っ斬られる羽目に陥っても俺は助けてやらんからな」
「ええ~っ、張宇サン、見捨てないでくださいよ~! でも、了解っス! 龍翔様にはバレないように、重々、気をつけるっス!」
……だめだ。不安しかない。
安理の首が胴から離れる日が来ないよう祈りつつ、張宇は深いふかい溜息をついた。
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