12 これも大事なお仕事です! その2
朝食の後、五人そろって、襲撃があったという官邸の倉へ移動する。
昨日は日が暮れてから着いたのでよくわからなかったが、やはり、すごく広い。
「官邸って広いんですねえ。夕べも、
張宇と並んで最後尾を歩いていた明珠は、きょろきょろと周りを眺め、昨夜の苦労を思い出して呟いた。
「それは大変……」
「一人で官邸をうろついたんですか?」
張宇の声を遮って、一歩前を歩いていた
「なんと不用心な……!」
「ひぃっ」
振り返った季白に、切れ長の目でぎろりと睨みつけられて、明珠は縮み上がった。
「季白。明順を責めるな。わたしが茶を所望したんだ」
先頭を歩いていた龍翔が、
本当は、明珠が勝手に部屋を飛び出したのだが。
龍翔の言葉に、季白が吐息する。
「龍翔様のお望みでしたら、仕方がありませんが……。御用ならば、わたしや張宇にお申しつけくださいませ。明順を一人で出歩かせないでください。いったい、龍翔様の足を引っ張ろうとする者が、いったいどこに潜んでいるか、知れません。弱点は隠しておかなければ」
「っ!」
思わず、言葉が詰まる。
「明順は、弱点などではない」
間髪入れずに告げたのは、龍翔だ。
「弱点というのなら、最たるものは、わたし自身だろう?」
龍翔の声は、低く苦い。季白がうってかわって殊勝に頭を下げる。
「失言いたしました。申し訳ございません」
「謝るのなら、わたしにではないだろう?」
龍翔に指摘され、苦々しい顔で季白が振り向いたのを見て、明珠はあわててぶんぶんとかぶりを振る。
「やっ、そんな、やめてください! 私がお役に立っていないのは、事実なので……っ」
恐縮してわたわたしていると、隣の張宇にぽんぽんと頭をなでられた。
「俺達の誰も、明順が役に立っていないだなんて、思っていないよ。まだ乾晶に来たばかりだものな。大丈夫、すぐに役立てることが見つかるさ」
「張宇さん……」
張宇の手は大きくて、優しくて……。
なぜだろう、優しいのは龍翔と同じなのに、張宇だと、妙に安心する。
「そうですよね! 頑張ります!」
ぐ、と両の拳を握って気合を入れると、張宇の穏やかな笑みが返ってきた。と。
「これはこれは龍翔様、朝早くからこのような見苦しい場所へ、申し訳ございません」
官邸の本邸を出たところで、
「夕べはごゆっくり眠れましたでしょうか?」
「ああ。宿営地の固い寝台とは異なり、ゆっくり休めた。感謝する」
龍翔の言葉に、範は「それはようございました」と福々しい顔に満面の笑みを浮かべて頷く。
「ところで、襲撃された倉というのは?」
「こちらです」
とすぐさま範が案内する。
龍翔達が滞在する離れとはほぼ真逆の官邸の裏には、大きな倉が立ち並んでいた。
一つ一つの倉が、見上げるほど高くて、家を数軒合わせたくらい、大きい。
「こちらに、歴代総督の書類や、緊急時の食料などの物資、王都に納めるための貢ぎ物などを保管しておりまして……」
範の説明を聞きながら、いくつも建ち並ぶ倉の間を進み。
「これか」
龍翔の声に一行が足を止めたのは、官邸をぐるりとかこむ高い塀に一番近い、建設中の二つの倉の前だった。
建てているのは、周りと同じ倉に違いない。まだ土台しかできていないが、大きさが周りの倉と同じだ。土台の周りには足場が組まれつつある。
「被害に遭った倉は二つか?」
「はい。一番、塀に近い端の二つをやられまして」
龍翔の問いに範が頷く。
「襲撃された時は、どんな状況だったのですか?」
季白の問いに答えたのは貞だ。
「それはひどい有様でございました。夜更けに、天地がひっくり返ったかと思うような轟音が響き渡りまして……。官邸中の者が起き出して駆けつけた時には、倉が二棟とも、天井も壁も崩れ落ち、火が燃えておりました」
「この大きな倉をか……」
張宇が感心とも驚きともつかぬ声で、周りの倉を見回す。つられたように、全員が見回した。
こんな大きくて立派な倉を、一夜の内に壊せるとは、常人に可能とは思えない。
「いやーっ、ご立派な倉で……」
感嘆の声を上げたのは安理だ。
「被害に遭ったのも、同じ倉でございますか?」
安理の言葉に、範が当然だと太った胸を張る。
「目撃者は? 深夜とはいえ、警備の者がいたのでは?」
季白の問いに、苦い声で答えたのは貞だった。
「もちろん、警備の者はおりました。官邸の倉となれば、乾晶で最も富が集中しているところといって過言ではありません」
貞によると、倉が立ち並ぶ官邸の裏庭には、昼夜に関わらず、常に十数人の兵が警備をしているそうだ。
だが、襲撃の夜、警備の兵士は、全員、賊によって昏倒させられ、目撃者は一人もいないのだという。
「おそらく、よほどの大人数で襲ったのではないかと……。でなければ、このように大きな倉を二つも壊すなど、不可能でございましょう。……もしくは、賊の中に、高位の術師が含まれていたと考える方が、自然でございます」
貞の言葉に、明珠は改めて周りの倉を見上げる。
確かに、この倉を人力で短時間で壊すのは不可能だろう。
賊にいる術師というのは、かなりの腕の持ち主に違いない。少なくとも、明珠はこんなことができる蟲をすぐには思いつかない。
「それで、この二つの倉には、何が入っていたのだ? あっさり倉を破壊できる賊が、本邸ではなく、倉を狙ったのだ。最初から、倉の中に納められていたものを狙ったと考える方が妥当だろう。盗まれた物がわかれば、賊の目当てを推測できるかもしれん」
龍翔の静かな問いに、沈黙が落ちる。範の視線が頼りなく揺れた。
「その……。倉の中には、王都への献上品が納められていたのですが……。入っていた品物が、判然としませんで……」
「どういうことだ?」
龍翔の眼差しが鋭くなる。
「いや、やむを得ない事情があるのでございます」
範の視線を受けた貞が、あわてて口を開く。
「乾晶に来た商人達は、何かと便宜を図ってもらおうと、たいてい、付け届けをしてまいります。もちろん、それはそのまま、陛下への献上品となりますので、逐一、帳簿につけ、王都へ輸送しているのですが……」
襲撃の五日前に起こった地震のせいで、被害状況を調査したり、民衆からの嘆願、訴えを処理するために、官邸の人手が足りなくなったため、献上品については、運びこまれるたびに帳簿をつけていたものの、副本をとる余裕がなかったのだという。
「王都に輸送する際には、元の帳簿を共に送付し、控えをこちらに残しているのですが、控えを取る前に、襲撃に遭ってしまいまして……」
「では、その元の帳簿は?」
季白の言葉に、貞の視線が、建設途中の倉に向く。
「……なるほど。元の帳簿も、品物と共に燃えた、ということですか」
「面目ないことでございます」
範と貞が深々と頭を下げて謝罪する。眉を寄せて口を開いたのは龍翔だ。
「だが、それでは献上した者達が納得せぬだろう? 総督、ひいては王都への献上品となれば、安い物ではあるまい。賊の襲撃にあったと言われても、納得するまい?」
「は、はい。それはもちろんでございます。襲撃の後、何人もの商人達から申し入れがございました。幸い、
「燃え残り、って……」
貞の言葉に、明珠は
「ええっ!? 倉を壊した上に、中の物を運び出さずに燃やしちゃったんですか!? なんてもったいない……っ!」
てっきり、倉の中の品を運び出してから燃やしたのかと思っていたが、そうではなかったらしい。
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