11 ここじゃちょっと言えないコト!? その3


 いつになく真面目な口調で問うた安理に、龍翔が手をつないだままの明珠に視線を向ける。


 黒曜石の瞳が明珠の全身を見つめ――。居心地の悪さを感じて、思わずうつむく。


 きっとまた、顔が赤くなっているに違いない。

 明珠にとっては長い時間が過ぎた後。


「……男物を着ていても、明順は愛らしいな」

「は?」

「龍翔様、大正解っ!」

「はいぃっ!?」


 何だろう、このやりとり?

 龍翔と安理のやりとりに、はからずも間の抜けた声が出る。


「あのっ、あのですねっ、私なんかが愛らしいなんて……っ」


 自分の方がよほど綺麗な顔立ちをしているくせに、龍翔はいったい何を言っているのか。


「龍翔様、わかってるじゃないっスか。それなら、どうして明順に教えてやらないんです?」

 明珠の言葉を無視して、安理が龍翔を責める。


「明順」

「は、はい!」


 深く響く美声に、引きこまれるように顔を上げる。

 黒曜石の瞳が、明珠を真っ直ぐ見つめていた。


 秀麗な面輪おもわに、あでやかな笑みを浮かべ。


「お前は、何を着ていても愛らしい」


「ふえっ!?」

 腰が、砕けた。


 がたたっ!


「おいっ!?」


 椅子にぶつかりながらへたり込みそうになった明珠の手を、龍翔があわてて引く。

 なんとか転ばずにすんだものの、龍翔に抱きとめられる形になって、明珠は恐慌に陥った。


「す、すみませんっ!」


 立ち上がりたいのに、身体にうまく力が入らない。

 恥ずかしくて、とても顔が上げられない。


「どうした?」

「こ、腰が砕けてしまって……」

 龍翔の腕の中から逃げ出したいのに、逃げ出せない。


「腰?」

 いぶかしげに眉をひそめた龍翔が、不意に身をかがめた。かと思うと。


「ひゃああっ!? 何なさるんですか――っ!?」

 急に龍翔の膝の上に横抱きに座らされ、心底、驚く。


「ん? よくわからんが、腰が抜けたのだろう? なら、わたしが支えてやる」

「大丈夫です! 結構です! 下ろしてくださいっ!」


「しかし、椅子から落ちて怪我でもしてみろ、大変だ」

「いえっ、それより……っ」


 私の心臓が壊れる方が先だと思うんですけどっ!


 抗弁しようとして、先ほどから「ぶっひゃっひゃっひゃっひゃ……!」と、腹を抱えてとんでもない笑い声を上げている安理に気づく。


「く、苦し……っ! も、ダメ……っ。オレ、笑い死にしそう……っ!」

「お前が死ぬのは勝手だが、人の迷惑にならないところでくたばれよ?」


「ひどっ! 龍翔様ひどっ! オレが笑い死にしそうなのは、龍翔様のせいなのにっ!」


 「あー、ひどいひどい」と、言葉とは裏腹に、まったく傷ついてない様子で、安理が目元ににじんだ涙をぬぐう。


「オレが言いたかった助言ってゆーのはですね。肩と腰っス」


「肩と、腰?」

 指摘された瞬間、龍翔が腕を回している腰に意識が向いてしまって、さらに居心地が悪くなる。


「あの、龍翔様。お願いですから下ろしてください……」

 明珠の声を無視して、安理が説明を続ける。


「首とか手とか、見えているところは仕方がないっスけど、もうちょっと工夫しないと、すぐに少年じゃないってバレるっスよ。今は夜で薄暗いんで、誰も気づいてないみたいっスけど……。肩のところの裏地に折り畳んだ布を縫いつけて、もうちょっと肩をいからせて、腰には着物の下に布を巻いて、細腰を寸胴ずんどうにしたら、少しはマシになるかな~って」


「なるほど……」

 そんなことは、思いつきもしなかった。


「ふむ……。男と女では身体つきが違うからな……。そういった工夫も必要なのか……」


 龍翔も感心したように頷いている。


「安理さん、教えてくださってありがとうございます!」

 ぺこりと頭を下げると、一瞬、驚いたように目を見開いた安理が、にへらっ、と笑う。


「い~えっ、気にしないでいーよ~? 明順チャンには、今後も、ぜひともオレに笑いを提供してほしいしねっ♪」

「あの、笑いを提供する気なんて、私は全然……」


「じゃっ、オレはお邪魔みたいなんで、隣室に戻りま~すっ」


 やっぱり明珠の言葉を無視して、ひらひらと手を振った安理が、隣室へ去っていく。


 人の話は聞かないし、何を考えているのがさっぱりわからないところも多いが、悪い人ではないように思う。


「あの、龍翔様。もう大丈夫ですから、下ろしてください。明日着る服に、当て布をしないといけませんし……。龍翔様も、そろそろお休みにならないといけませんでしょう?」


 身じろぎすると、ようやく龍翔が腕を緩めてくれた。急いで床に下りる。


「では、わたしは隣で着替えてこよう。お前も、先に着替えるといい」


 明珠は恥ずかしくて仕方がないのに、龍翔は何でもない様子で夜着を持って、内扉へ歩いていく。

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