11 ここじゃちょっと言えないコト!? その2


「やっぱ細い肩だね~。あと、ちょっとなで肩?」

 左手一本で器用に盆を支えた安理が、正面から明珠を見下ろし、小首を傾げる。


「わっかんないなぁ……? オレには、ただちょっと顔の可愛いコにしか見えないケド?」


 肩を掴んでいる右手の力はそれほど強くはない。

 だが、刃のような眼差しに、射抜かれたように身体が動かない。


「龍翔様は明順チャンのドコがあんなにお気に入りなワケ? 可愛い顔に惑わされるような御方じゃないし、よっぽど……」


 肩から離れた手が、するりと腰へ降りてくる。

 安理の手が、腰に回ろうとした瞬間――、


 突然、大きな手に右腕を掴んで引っ張られた。同時に、視界の端で、長い脚が容赦なしに安理を蹴り飛ばす。


「うおっとぉっ!」


 がしゃんっ!

 盆の上の茶器が固い音を響かせる。割れたり落としたりしなかったのは、奇跡に近い。


「きゃっ!?」

 よろめいた身体を、力強い腕に抱きとめられる。

 誰何すいかせずとも、鼻腔に届いた香の匂いで、腕の主を知る。


「明順! 何をされた!?」

「り、龍翔様! あの……っ」


 明珠が声を上げても、龍翔の腕は緩まない。強く抱き締められて、香の匂いに溺れそうになる。


「ちょっ、ひどいなあ。盆を落としたらどうするつもりっスか?」

「わたしが蹴る前に下がったくせに、何を言う」


 明珠にはわからなかったが、どうやら安理は龍翔に蹴られる前に、自分から下がって勢いを殺したらしい。


 というか、それより。


 龍翔の声が、凍えそうに低い。

 何にかはわからないが、とんでもなく怒っていることだけは確かだ。


「で、安理。明珠に何をした?」

「あ、ひでー。何かしたの確定なんスか?」 


 飄々ひょうひょうと肩をすくめる安理は、龍翔の怒りに気づいてないのだろうか?

 龍翔が発する威圧感に、背筋が震える。腕にさらに力がこもり、明珠は思わず声を上げた。


「龍翔様、苦し……」

「す、すまん」


 龍翔の腕がわずかに緩む。が、ほんのわずかだけだ。明珠の身体は、いまだに龍翔にすっぽりと抱きしめられている。


「あのっ、緩めるんじゃなくて、放してくださいっ!」


「ぷーっくくく!」

 安理が爆笑する声が聞こえてきて、明珠は必死に龍翔の胸板を押し返した。


 こんなの、恥ずかしすぎる。

 灯火がさほど明るくないせいで、真っ赤に染まっているだろう顔を見られずにすんでいるのが唯一の救いだ。


「何をした、って……」

 ぶくくくくっ、と笑い声を立てながら、安理が切れ切れに言う。


「オレはただ、明順に助言をしようってしただけっスよ。ねー? 明順チャン?」


「助言、ですか?」

 そんなの、もらっただろうか。


 ようやく龍翔の腕の中から解放された明珠が小首を傾げると、龍翔の目がすっ、と細くなった。


「助言? お前が明順に何を助言することがある?」


 低い声は、獣の唸り声のようだ。明順は背筋が凍えて仕方がないのに、いったいどういう神経をしているのか、安理は恐れる様子もなく、にへら、と笑う。


「えー? ココじゃ、ちょっと言えないっス~」


「貴様……!」

 黒曜石の瞳が、剣呑にきらめく。


「せっかく、入れてくれたお茶が蒸され過ぎて苦くなっても嫌ですし、とりあえず、部屋に戻りましょーよ?」


「あっ、そうですよ! 厨房のおばさんに、部屋に戻ったくらいでちょうどいい具合になるって言われて……」


 きっと高いお茶だろうに、濃くなりすぎたらもったいない。

 安理を睨みつける龍翔の袖を引くと、龍翔が明珠と安理の顔を交互に見た。


「?」

 小首を傾げると、龍翔が深くふかく吐息する。


「……明順の茶に免じて、とりあえず、部屋までは問いただすのを待ってやる」


「わーっ、龍翔様やっさしー♪」

「やっぱりやめだ。安理、そこへ直れ。今すぐ叩っ斬ってやる」


「あ、うそうそ!」

 安理があわててぷるぷるとかぶりを振る。


「冗談っス! 部屋に戻りましょーよ! 明順チャンが困ってるっスよ?」


 ◇ ◇ ◇


「あ、あの、龍翔様? お茶が入れられないんですけど……?」


 明珠は困り果てて龍翔を見た。

 部屋に戻るまで、明珠の手を握ったままだった龍翔は、部屋に戻って椅子に座った今も、明珠の手を放してくれない。


「茶など、安理に入れさせておけ。こいつはたいていの侍女よりそつなく、何でもこなす」


「ぷっくっく。はーい。龍翔様のご指示とあれば、茶でもなんでも入れますよ~っと。明順チャンも座ってなよ」


 笑いながら安理が、明珠よりよほど手慣れた所作で三人分の器に茶を注ぐ。


「はあ、ありがとうございます……」

 明珠は龍翔に手を引かれるまま、隣の椅子へ腰かけた。


「はい、どーぞ♪」

 安理が優雅な手つきで龍翔と明珠の前に、それぞれ茶器を置く。


 が、龍翔は口もつけずにずいっと茶器を押しやった。


「で? ココじゃ言えない助言というのは、何だ? 内容によっては、首と胴がおさらばすると思っておけよ?」

「龍翔様、せっかちは嫌われるっスよ?」


「お前に嫌われたところで、痛くもかゆくもない。そういうお前こそ、死に急ぎたいなら、手伝ってやるぞ?」


 ひやり、と龍翔から冷気が立ち昇った気がして、明珠は身を強張らせる。


「えーっ、オレ、嫌ってほど長生きして、子どもや孫や曾孫ひまごに、「じーちゃん、もういい加減、この世からおさらばしてくれよ~っ!」って泣いて頼まれるのが夢なんで、遠慮しときます。助言ってゆーのはですねぇ……。明順チャン、ちょっと立ってみて」


「は、はい」

 ちょいちょい、と合図され、おそるおそる立ち上がる。


「龍翔様、この明順チャンを見て、どう思います?」

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