8 英翔様が二人です!? その3


 龍翔の言葉に、ていが顔を輝かせる。


「ありがとうございます! はん総督も、お喜びになることでございましょう。すぐに戻りまして、歓迎の準備をいたします」


「過度な歓迎は控えよ。我々はあくまで、反乱鎮圧のために来たのだ。無用な騒ぎで反乱者を刺激するのは下策であろう?」


 そもそも、龍翔は派手な歓迎など、好まない。見世物になるなど、御免こうむる。


「こちらにも何かと準備がある。今日の……そうだな、日暮れ前くらいに官邸へ行こう。夕食はこちらでとっていくゆえ、余計な宴などは不要だ」


 龍翔の言葉に、貞が頷く。


「身の回りの世話をする者も、慣れた者を連れてゆくゆえ、わたしのために新たに侍女などを用意する必要はない」


「かしこまりました。ですが、何か不足があった際には、遠慮なくお申しつけくださいませ」

 かしこまって頷いた貞が、「ところで」と言を継ぐ。


側仕そばづかえの方々のお部屋もご用意いたしますので、人数をお教えいただけますか?」


「四人だ」

 脳裏に浮かんだ面々を即答する。


「全員男だ。一人はわたしと同室にするが、あとの三人は一室にまとめてくれればよい」


「ですが……。それでは、手狭でございましょう。側仕えといえど、第二皇子殿下ゆかりの方々を軽んじるなど……。かえって、総督の名に傷がつきます」


「ならば、その方等の好きにするが良い」

「ありがたき幸せ。他に、ご要望などはございませんか?」


「いや。範総督には、しばらくの間、世話になると伝えてくれればよい」

「かしこまりました」

 貞が深々と頭を下げる。


「龍翔殿下をお迎えすることができ、嬉しゅうございます。ようやく総督によい返事を持ち帰れます。では、さっそく戻りまして、龍翔殿下をお迎えする準備をいたします」


 丁寧に礼をし、退出しようとした貞が、ふと鍔を見やる。

「ところで、先ほど宿営地の中で、見慣れぬ立派な馬車をお見かけいたしましたが……?」


「ああ、あれは王都から来た商人のものですよ。王都に年老いた母がいるのですが……母にとってわたしはいつまでも幼く、頼りなく見えるらしい。伝手つてがあるごとに、しょっちゅう手紙を寄越してくるのです」


 いかつい顔に苦笑を浮かべて鍔が答える。もともといかめしい顔つきの上、頬に傷があるせいで、熊とでも素手で格闘しそうな武骨な形相の鍔だが、笑うと、驚くほど人好きする雰囲気に変わる。


「泣く子も黙る鍔将軍を幼子扱いされるとは。さすが、将軍のご母堂様でいらっしゃいますね。使いの商人殿が乾晶へこられるのでしたら、お教えください。将軍のお知り合いとなれば、便宜べんぎを図らせていただきましょう」


「かたじけない」

 鍔が軽く頭を下げる。


「では、失礼いたします」

 と、最後にもう一度、丁寧に礼をして、貞が出て行く。


 天幕の入り口の揺れがおさまり、間もなく、がらがらと走り出す馬車の車輪の音が聞こえてくる。


 その音が離れてから。


「矛盾はなかったか?」

 と鍔に問う。

 ろくな予備知識もなく貞に応対したのだ。


 貞の口ぶりからすると、三日前、乾晶に着いて以後、毎日、龍翔に官邸に滞在するよう、勧めに来ていたのだろう。

 今まで宿営地にいたのは影武者だと、早々に疑われてはたまらない。


 龍翔の言葉に、鍔は太い首を縦に動かす。


「大丈夫かと。もともと、安理はさほど貞殿の前には出ておりませんでしたし。……ふだんはアレですが、龍翔様のおそば近くにお仕えしているだけあって、本気で化ければ、ちょっとした仕草や言い回しまで、龍翔様に瓜二つでございます。影武者だと見抜く者は、そうそうおりますまい」


「だ、そうだ。よかったな安理。鍔将軍に認めてもらえたぞ」

 振り向き、笑いながら奥の部屋との仕切り幕を開ける。

 そこでは、安理が屈み込んで聞き耳を立てていた。


「やったー♪ じゃあ、特別手当とかもらえたりします!?」

「欲しいのか? なら、季白に言え。用立ててくれる」


「龍翔様、甘いですよ。わたしがこの目で安理の働きを見たわけではありませんからね。特別手当は、安理の働きを正当に評価してからです」


「ちぇーっ、季白さんのケチ~。ま、別にいいっスよ、言ってみただけっスから。それより」

 立ち上がった安理が、目を輝かせて龍翔を見つめる。


「いったい、どんな術で元に戻ったんスか? 幻術……じゃないっスよねえ? さわれるし」

 ぺたぺたと無遠慮に龍翔の肩や胸にふれてくる安理に苦笑する。


「安理! 不敬ですよ! 慎みなさい!」

 季白が目を怒らせて注意する。


「一時的に、禁呪を弱めているだけだ。何もしなければ、二刻ほどで少年の姿に戻ってしまうがな」


「へーっ、この明珠チャンの仕業なんスよね?」

 さりげなく明珠の方に伸ばされた安理の手を、途中で叩き落とす。

 何がおかしいのか、安理が「ひゃっひゃっひゃっ」と変な笑い声を立てた。


 龍翔は無視して、残りの面々に視線を向ける。


「おおよそは聞こえていただろうが、夕刻には総督官邸へ向かうこととなった。その前に、お互いの情報の共有と、今後の打ち合わせをしておくぞ」


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