死を望まれる者達【3】
オーグが山中に大声を響き渡らせてから間も無く、二人の姿は依然として畔にあった。
濡れたままの服を着続けていると風邪を引く可能性があるが、とある理由で服を着たままオーグは地面に座り込んでいた。一方アレンも、絶対に服は脱がないでくれ、とオーグが並々ならぬ勢いで懇願したために、未だに濡れた服を着ている。
それでも透けてしまうものは透けてしまうが、何も遮る物が無いよりはマシだ。……マシだよね? と胸中で自分に問い掛けつつ、オーグは複雑な心持ちのまま、こうしてアレンと共に日光を受けていた。
幸い、今日は日の光が強い。風は時折冷たいが、それでも身体に直接当たる日射しはオーグの身体を温めてくれる。
そんな中で、まず口を開いたのはオーグだった。
「……どうして、黙ってたんだよ? もしかして、俺が勘違いしてるのを知っててからかってたのかよ」
子供らしく頬を膨らませ、露骨に不満を表に出すオーグに、アレンは気不味そうに頬を掻く。
「いやぁ、知ってたのは知ってたんだけどね。僕がちゃんと訂正しようとしたら君、その後走って家を飛び出しちゃったから」
「…………あ」
思い当たる節があった。
今はもう思い出したくもない、アレンに八つ当たりをしたちょうどあの時。あの時に、アレンは訂正しようとしていたのだ。
完全に気を遣わせてしまった。自分が触れてほしくないことを、自分で掘り返してしまった。
居心地が悪そうに引き攣った笑いを浮かべるアレンを横目で見て、オーグも同様にばつの悪さを誤魔化すように頬を掻いた。
よくよく考えれば、全て自分の八つ当たりだ。
男のアレンを女の子と間違えたのも、間違えた挙げ句にそれをわざとだと疑っているのも、全部ただの言いがかりをつけているだけだ。
急に自分のしたことが恥ずかしく思えて、オーグは一つ溜め息を吐いた。
「……ごめん、恥ずかしい思いをさせちゃって」
「僕の方こそ、ごめんね。あの時以外にも、言えるタイミングはいくらでもあったはずなのに」
互いに顔を見合わせて、先程の謝罪を告げる。
その際、日に当てられて体が温まってきたのか、それとも風邪の兆候が早くも現れてきたのか、アレンの頬はやや紅潮していた。
その赤みから生まれる妙な艶っぽさに、先程のアレンの水の
なんと言うか、アレンは危険だ。無自覚の悪意、とは言えないまでも、それに近いものがある。
口には出さずに、オーグはそう確信する。
いくら本人が男であると主張したとしても、その身体の線や声色とその口調、何よりその振る舞いが女性的なものなのだ。勘違いをしても仕方が無い。
と言うか、男だと理解していても、時折垣間見える女性らしさによって本当は女なのではと疑ってしまうことすらある。そして何より、当の本人がそれを自覚しておらず、オーグの心を揺さぶる蠱惑的な仕草が自然と出てしまっているのだから恐ろしかった。
「……ほんと、アレンは少し自分の行動に気を付けた方がいいよ」
「…………? 何か言った?」
「な、何でもない! 風邪引かないように気を付けてねって言っただけ!」
「だったら服、脱いじゃいたいんだけ――」
「それだけは絶対駄目だから!」
尚も自分から無防備になろうとするアレンに、思わず声を荒らげてしまうオーグ。一方そんなオーグを尻目に、オーグの気なんて知りもしないアレンはただただ不思議そうな表情を浮かべるのみだった。
そんな一幕を終えて、ある程度身体が火照ってきた頃に、アレンが口を開いた。
「……そろそろ、家に帰ろうか。流石に早く着替えないと風邪引いちゃうし」
断る理由が無い。と言うか、改めて考えてみると何故こうしてじっとしていたのかが不思議なくらいだ。冷たい風邪に吹かれることも無いし、目のやり場に困るアレンの服装は改善出来る。
オーグの身体を心配したアレンの提案に、オーグは二つ返事で承諾した。
先に立ち上がったアレンがオーグへ手を差し伸べてくる。その手に掴まり、オーグも立ち上がった。
――昨日とは一転して、その時のオーグの頭からは警戒という言葉が抜け落ちていた。
それ自体は悪くない傾向だろう。いつまでも気を緩めることが出来ないのは精神的な磨耗を引き起こす。肉体的にも疲労が溜まっているオーグにとって、せめて精神面だけでも健全に保つ必要がある。
だが、昨日は警戒することを余儀無くされていた要因があったのに、一日日を跨いだだけでそれが綺麗サッパリ無くなる――なんてことはあるはずがない。
火の無い所に煙は立たない。
オーグ達が騎士に追われていたことにも、相応の理由がある。そして、その理由をオーグは今もその身に宿していた。たとえ濡れてしまっても、決して脱がなかった服――そのフードの中に。
そう、本来はこの瞬間にも、オーグは警戒しておかなければならなかった。たとえ、アレンが信頼の置ける存在だとしても、その理由だけは晒すことは出来ないのだから。
それはオーグの予想だにせぬタイミングで、何の前兆も無しに起きた。
唐突に二人の間を通り抜ける、冷たく強い風。
それにより、オーグが眠っている時も決して外さなかった――フードが捲れた。
その瞬間、オーグは悟った。
ああ、もう駄目だ、と。
オーグは諦めたように、視線を下に向けた。
周囲の木々はその枝を揺らし、喧騒を露にする。鳥達は一斉に枝から飛び立ち、また別の休息の地を探す。
不意に、二人の視界に陰りが生まれた。つい先程まで地上を照らしていた日光が小さな雲によって遮られたのだ。
一つに結んだ黒髪を風に煽られている、アレンは目を丸くして
――それは、耳だった。
捲れたフードの中から現れたのは、その双眸同様輝くような銀色の頭髪。アレンとは違って伸ばしているわけではなく、手入れのされていないその髪は無造作にはねている。
何よりも注目するべきは、その耳。本来耳があるはずの位置は髪で覆い隠され、本来何かがあるはずのない頭部に二つの耳は生えていた。
その耳は明らかに人間のものではない。それは犬や猫といった動物が持つそれに近いものだった。
耳ではあるが、人間の耳ではない。
ならば、オーグが一体何者なのか、何故追われているのか、それは誰の目にも明瞭だった。
ヒトならざる、獣が有する器官を持つ。その事がこの世界で何を示しているのか、分からぬ者など居ないのだから。
未だに驚愕を隠せないアレンを置き去りにして、オーグはその場を飛び出した。
アレンには迷惑をかけたが、自分達の正体が明かされた以上この場に居ることは出来ない。それは則ち、オーグとその父親の死を意味するのだから。
「――――!? オーグ! 待って!」
空かさず呼び止めようとするアレンの声を背中に受けても、オーグは一度も振り返らずにただ地面を蹴った。
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