終末世界の青写真 【SF】


「やっぱりもう私以外の人間なんていないのよ」


 一面に広がる大草原のど真ん中で、一人の少女が投げやりに言い放つ。白いホバーバイクに腰掛けながら、嘆きすら放り投げるかのように、彼女は小麦色の右腕を勢いよく振り上げた。


「そうかもしれまセンね、ニーナ」


 反対側から淡々と機械音声が返ってきた。あまりの無感情さに我慢ならないと、ニーナと呼ばれたその少女はしかめ面で振り返る。

 後ろでは彼女の二倍ほどの高さの銀色の球体が、春の朗らかな日差しを遮って大きな影を作っていた。大自然の中で、そのフォルムはあまりにも幾何学的に均衡がとれ過ぎていて、そこだけ違う空気が流れている。


「現在、半径5km以内に人型の生体反応は確認できまセン。衛星ネットワークや短波での通信も――」

「はいはい、ティム、そんな話はもういいわ」


 ニーナはうんざりといった様子で、ティムという球体の説明を打ち切った。


「ティムはそれでいいの? このままだと私で人類は絶滅しちゃうよ?」

「ワタシの使命は人間を危害から護るコト。今の守護対象はニーナ、あなただけデス。安心してくだサイ。対象が1人の場合の防衛率は100%デス。何があっても守りマス」


 微妙に噛み合っていない返事を聞き流して、ニーナはホバーバイクのシートにごろんと横になった。草花の香る風が優しく彼女を撫でる。


 ティムは変なスイッチでも入ったのか、これまでの防衛遍歴を誇らしげに語り始めた。


「四方八方から襲い来る殺戮兵器! ワタシはニーナを抱え込み、正確無比な銃撃で――」


 実際、ニーナから見てティムの護りは完璧だった。言葉の通り正確な銃撃で応戦し、いざとなればニーナを内部に取り込んで、爆弾くらいじゃびくともしなかった。おまけに治癒機能まで備わっている。一度ニーナは腹部を撃ち抜かれてしまったことがあったが、すぐに処置が行われて傷跡すら消えてしまったほどだ。護るというより、もはや死なせてくれない。ニーナが拒食に陥った時などは無理やりにでも点滴をしてくる始末だ。


 ティムが言うには、ニーナは赤ん坊の頃からティムに護られてきたらしい。人間の文明はとうに崩壊してしまい、ニーナは物心がついてから他の人間を見ていない。しばらくは自律型の殺戮兵器とやらの襲撃に度々さらされていたものの、それもいつしか収まっていった。最後に襲われてからはもう十回目の春になるだろうか。今となっては、ほとんどティムはただ喋るだけのボールと化している。


 目の前でなおも熱弁を振るうティムを見ながら、ニーナはぼんやりと考えた。自分が死んだらティムはどうするんだろう、と。人間を護るモノとして創られて、護る対象がいなくなってしまったら、ティムは活動を停止してしまうのだろうか。それともその時、新たな目的にでも目覚めるのだろうか。

 なんとなくニーナは人類を存続させなきゃいけないとは思っていたものの、最近はもう難しいのではないかという結論に傾いていた。


「ティム……この前さ、夢を見たんだ」


 思い出したようにニーナが口を開く。独り盛り上がっていたティムも、それを聞いてパタリと語るのをやめた。


「男が出てきたの。男なんて、よくわからないはずなのに、夢で私はすごくドキドキしてて、それがなんだか気持ち悪かった。やっぱり……私は子孫を残すように創られてるってことなのかな?」

「ニーナ、残念ながらワタシは夢の中まで助けに行くことはできまセン。でも大丈夫、現実では防衛率100%デス」


 ティムの返事はやっぱり噛み合わない。

 ニーナはなんだか無性に動き出したくなって、敷物代わりにしていたホバーバイクを一瞬で走行モードに切り替えると、一気にフルスロットルにまで持っていった。ギュィィンという激しいモーター音を響かせて三つのタービンが高速回転、ニーナを乗せて景色を置き去りにする。ティムが何かを叫んでいたが、もうその声も届かない。見渡す限りの大草原を一直線に突っ切っていく。


「ああああああああっ!!」


 ニーナは叫び続けた。肺の空気を全て押し出さんばかりに。伸びきった緑の景色に叫び声を転がせて、ニーナは進む。まだ進む。

 無限に続くかと思われた大草原にも確かに端は存在していて、ニーナの遥か前方に崖が見えて、そこからは大地がごっそりと削れていたのだけれど、それもあっという間に目の前まで近づいてきた。

 しかしニーナはスロットルを緩めない。今度は一気に肺に空気を吸い込んで、ホバーバイクごと大空へと飛び出した。


「いーやっほぉおー!!」


 その瞬間、確かにニーナは空をんでいた。決して目をとじることなく、全方位に広がる景色を焼き付けていく。空の青を。雲の白を。草木の緑を。流れる川のその青を。


 けれど、それも束の間の出来事で、すぐに自由落下が始まってしまう。ホバーバイクは地面の少し上を浮くもので、空を飛ぶようには創られていない。もちろんニーナ自身だってそうだ。

 それでもニーナはハンドルから手を放して、羽ばたくかのように両腕を広げる。無慈悲な大地がぐんぐん近づいてくる。ああ、大地が。


「危ないデス」


 いつの間にかティムが追い付いていた。いつもの台詞と共にヒュンと球体から銀色の鞭が伸びてニーナとホバーバイクを絡めとる。ティムはニーナを上に乗せると、そのままシューと空気音をたてて地面に軟着陸した。


「崖が見えなかったのデスか? 安全運転をお願いしマス」


 苦言を気にする様子もなく、ニーナはしばらくティムの上で寝そべったまま、さっきまでいた空をぼんやりと見ていた。


「ねえティム……私、もう人間探し、やめる」


 ぼそりとニーナが呟く。


「私がどう創られているとか、人類が絶滅するとか、しないとか……」


 地面に降り立って、くるりと回ってティムを見て、


「そんなの、もう……どおっでもいい!」


 言い切った。

 そんなニーナの表情は、春の日差しに照らされて、とても晴ればれと。


「では、この後はどうするのデスか?」

「そうね……」


 視線が上へと向けられる。空を通り越し、それよりもっと、遥か上空へ。


「今度は宇宙かな」


 ニーナはけらけらと笑って走り出した。

 その後をティムがゆっくり追いかけていくのだった。


「任せてくだサイ。何があっても守りマス」




――終わり


※匿名短編ロボバトル参加作品をアレンジしたものです。

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