第4話

「なぜ街中に魔物がいる!?衛兵は何をしていたのだッ!」


 言葉と共に、踊り入ったのは『紫』であった。

女性と呼ぶには未だ幼さを残した横顔に、確固たる信念を宿し、紫瞳が吹き飛ぶマサムネを捉える。


 貴族特有の、お高い生地で作られた青いシャツをはためかせ、短いスカートを翻すと、次いで腰まで伸びた紫髪が煌めき宙を踊う。


―――至れよ神気ッ!


 その手に嵌めた革製の指切り手袋オープングローブから伸びる細い指先を突き出し、凛とした口調で言葉が紡がれ、

応じるように現れた紫色に輝く亀裂にその右手を滑り込ませると、其れは力一杯に"引き抜かれ"この世に顕現する。


 輝く其れは、鉄の迷宮<クロムルート>で発見された遺物の中でも、”銃”と名付けられたものであった。


 今までに見る風化したり欠損したものではない、紛う事なき完全。

いかなる剣の煌めきより美しく、洗練された銀を放ちながら、先端がマサムネへと流れていく。


 少女が歩む無駄のない一連の動作に行く末を直感し、ガルフォニクは椅子を跳ね除け駆け出す。

視界の隅では身を呈し、マサムネへ覆いかぶさるアズサの姿が目に映った。


―――放てよ!閃光のッ―――


 仄めく紫色の燐光が少女に浮かび上がり、やがて両手に握られた銀の先端へと光が収束し―――


それは遂げられる。


―――バスタードライブ!!


銀の咆哮と、アズサの絶叫が部屋を満たしたのは同時であった。








――――死んだ



 そう直感したアズサの意識は瞬間的に凍りつき、強張った身体はその身に抱く獣を力一杯に抱き締め絶叫する。


 何故こんな目に遭わなければいけないのか。

遠い日の母との何気ない食事風景

喧嘩別れした友達に謝っていない事


 まだ出来たばかりのあまねこ亭で、忙しく接客をしていた頃

そして……、いつも店の隅っこに入り浸って酒を求めては、その実、私の事をいつも守ってくれてる人

記憶の片隅から様々な思い出が駆け巡っては消えていく。


 母が旅立ち、ならず者がやって来ても追い返す力もない、経営もままならず苦労の日々であったが、様々な人と出会い、支えてもらって、決して不幸な人生ではなかったと振り返り


(お母さん……ごめん)


覚悟した瞬間、襲い来る轟音と衝撃が、小さい身体を魂底より震わせ、視界を白く染め上げた。




 どれくらい時間が過ぎただろうか、数瞬かもしれないし、数秒かもしれない

訪れた静寂の中に、自らが抱く獣の心音が、凍りついた意識をゆっくりと氷解していく。


(生きてる……?)


 パラパラと頭に降りかかる木屑に、顔を上げ、飛び込んだのは、光に照らされるガルフォニクの背中であった。

見上げれば酒樽一つ分の穴が天井を穿ち、吹き込む風に塵が煌めいていた。


「どけっ!!そこに魔物がいるであろうが!」


 掴まれた右腕を振り動かし、紫気を纏う少女から放たれた怒気に、未だ震える身体は反射的にマサムネを抱き寄せる。


「なんだ男よ、我の邪魔立てするならば容赦はせんぞ!」


「遺物なんて持ち歩きやがって、ちょっと火遊びが過ぎるんじゃねぇか?どっかのお嬢様よ」


 威力を見る限り、アズサすら殺してしまう可能性があったのだ。

睨みを利かすガルフォニクの赤色の瞳と、鋭く睨む紫瞳が交差し、次へのきっかけを待つかのように、緊張が高まりそして




アズサは限界を迎えた。



「なんて事してくれんのよッ!このイカれ女!!」


 突然の罵声に押し入った少女は目を点にすると、そろりとガルフォニクの脇から顔を覗かせる。


 アズサは震える身体は抱く獣に縋りつきながらも、その身いっぱいに放たれた感情は留まる所を知らない。


「友達を殺そうとした挙句、よくも私の大切な家をぶっ壊しておいて良く平然としてられるわねッ!?頭おかしいんじゃないの!?」


「なっ何を言う魔物がーーー」


「うるさいっ!魔物じゃないって言ってんでしょ!?こんな可愛くて紳士的なマサムネが魔物って言うなら、貴方の方がよっぽど魔物よ!この……このぉ……ッ!!」


 喋らなければ……、喋らなければ、と溢れ出る感情に制御が利かず視界が歪み、ツンとする鼻を啜り顎を上げるが、やがて一筋の涙がアズサ頬を伝い


「ばかぁ……」


辛うじてで出た言葉をきっかけに、ついに声を大にして感情のままに泣き始めてしまった。


「なっ、何故泣く小娘よ……!?わ、我は悪くない!悪いのはこの……」


 紫髪の少女は予想外の出来事に慌てふためきながらも、彷徨う視線を男に戻せば、憐れみに満ちた視線が覗く。


「あ~あ、なーかしたー」


「そんな……我はそこの魔物を……その―――」


「魔物じゃないって……いってる……のにッ……!」


 次第に冷めていく熱は居心地悪く、尻すぼみに言葉を濁しながら、紫髪の少女はバツが悪そうに俯きはじめる。


 やがて年相応の女の子へと変貌を遂げた彼女の右手には、吼えたる銀の姿はもう居なかった。

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