第3話

 「やれやれ……アズサ嬢がピンチであるぞ、我が主人よ、行かなくて良いのか?」


 黒狼が呆れ顔で主人たるガルフォニクへと視線を上げる。


「まぁ待て、もう少し待って救った方が恩が売れて、たらふく酒が飲めるかも知れねぇだろ?」


とんでもない理由で待ったをかけるガルフォニク。

下衆はこんな所にも居たのである。


 黒狼は足元に注がれた小皿に目を向けると、やれやれとため息混じりにその大きな図体を起こすと

程なくして銀縁の眼帯をつけた黒狼がテーブルの下から這い出でて、その体格が露わなった。


「大陸酒を飲みアズサ嬢の膝を借りて微睡み眠る至福の時間を潰した罪は重い、若輩者といえど赦される罪などないのである」


――――――なぁそうだろう、我が主人よ。


「お、おいっ、良い所だから待てって!」


 上から降る言葉にもはや語る言葉はなく、マサムネはその足を争いの場へと進める。

そんな様子にガルフォニクは両手で額を抑え、天井を仰いだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


―――――おい貴様、ここは紳士が嗜む場であるぞ、か弱き乙女に手を上げるとは大の大人が聞いて呆れる―――――


「どこのどいつだ!出てきやがれッ!」


 背筋が凍るような低く唸る声に、先ほどまで自分しかいないと思っていた男は慌てそして気づく。

それは、大人の腰ほどの体格をもつ黒狼であった。

店を満たす紋石の光に、艶やかな漆黒の毛先が微かな黄金を纏い、右目を覆う銀縁の眼帯が鈍い光を放つ。


「犬……だと……?」


「狼だ愚か者ッ!!」


間髪入れずに喝を入れ、黒狼の左目は眼光を鋭くし、その紅い目で男を射抜く。


「ちょっとガルフォニク!!何で人間のあんたより先にマサムネの方が私を助けに来てんのよ!!アンタ良くこの状況でしらない顔できるわね!?変態!色欲魔神!お酒抜きッ!!早く助けなさいよ、ギルドのマスターでしょッ!?」


「なに……ギルドマスターだぁ?」


 男が足元で喋る犬の飼い主を探し、目線を延ばすと、そこには面倒臭そうに顔を顰め、空のグラスを呷る男の姿があった。


「テメェ……聞いたことがあるぞ、喋る犬に死にたがりの……”あの”ガルフォニクじゃねぇか」


 男の緊張した雰囲気から一転、毒気が抜けたように安堵し笑い出すとスラスラとその言葉を得意げに語り出す。


 「まともな依頼一つもこなせず、毎日酒に溺れては娼婦相手に腰振ってる情けない男がこんな廃れたようなお店で酒飲んでるとはなッ!しかもそんな男がいきがって大陸酒リトルグランデなんて飲みやがって、似合いはしねぇんだよ」


(クソ、余計なキーワードを口走りやがって……)


 お前に俺の何が分かるのだ、とガルフォニクは内心悪態をついた。


 「所で、俺の事はどうだって良いんだが、そこのお嬢ちゃまは気性が荒くて外にのさばる魔物ミニオン共の方がよっぽど利口に見えるくらいだぜ。手を出すなら後数年は待つか、待たないとお前の粗末なナニが食いちぎられるだろうぜ」

 

「なっ、何て事言ってんのよ、阿呆ガルフォニク!」


「そりゃてめぇみたいな軟弱者だったらの話だろうがッ、黙らせてからゆっくり遊んでやるよ」


 それと俺のは粗末じゃねぇ、と、売りことばに買いことばの終わらない応報にガルフォニクはやれやれと深い溜息をついた。


 「話のわかんねぇ野郎だなぁ……こちとら、ギルドの財産俺の財布削って、やっと注文できた最上の大陸酒だってのに、お前等みたいなクズ野郎のせいで落ち着いて飲めやしない、あげくの果てにはお前等ロリコンかよ、俺の親友にロリコンがいるが、そいつは言ってたぜ、イエスロリコンノータッチってな」


 自慢気に言い放つガルフォニクに対し"あんたも私のお尻触ってたでしょ!"とアズサから悲痛な叫びが木霊する。


(こまけえ事気にする嬢ちゃんだなぁ……)


「俺か?俺は別にロリコンじゃないからタッチしても良いんだよ」


「てめぇ、ギルドマスターだからって偉そうに……調子に乗んなよ若造が。俺様の機嫌を損ねた代償は高くつくぞ」


 特に悪びれもせず堂々と言い放つガルフォニクに男が凄む


「間違いなくリトルグランデの方が、お前のしょうもない機嫌に比べたら価値があるに決まってんだろ」


 それよりーーーと言葉を置くと、ガルフォニクは臨戦態勢で男を睨みつける黒狼を指差した。


 「お宅の足元にいる犬っころをどうにかした方が良いと思うぜ」


 その言葉に呼応するように、男達の前に立ち塞がる黒狼の毛並みが疼き、牙を剥き唸りを上げる。


「この……、犬風情が人間様に一丁前に盾突きやがって……!」


その剣幕にたじろぎつつも威張る男


「今更我輩に恐れ慄いても遅いわ、格の差すら測れぬ若造がーーーッ」


 高らかに吠え、立て付けの悪い木製の窓枠やカウンターに並べられた酒類やグラスが音を鳴らす。


「犬っころだからって容赦しねぇ!!!」


 腕に抱えたレアを適当に押し退かせ、男は対する黒狼を力任せに蹴り上る。


 しかしそれは事は叶わず、目の前の黒狼が前足を軸に体軸をずらすと、流れるようにその足に食らいつき強靭な顎を横に振るう、ただそれだけで、男はその巨体を宙に浮かせテーブルを薙ぎ倒し倒れ込んだ。


「アズサ嬢、請求はいつもの場所で頼むッ!」


「おいっ!クソ犬!!さり気なく俺のギルドで立て替えようとしてんじゃねぇよッ!」


 奥のテーブルにいる酒飲みから声がかかるがそんな事しった事ではない。


「主人よ、そんな冷たい事を言うなよ、我も主人と同じ”ぎるど”に属しているのであろう?」


 嬉しそうに目を細め黒狼は頭を数度振ると、ジャラジャラと金属音が響き金色に光り輝く一枚のプレートがその存在を主張する。


 「なっ、金板ゴールドプレートだと!?」


首に下げられた、ギルド区内では強者を証明するソレを目の当たりにし、男は見る見るうちに顔色を変え己の愚行を呪う。


「今更泣き言を言ってももう遅いわ、勉強代だと思って大人しくしておれッ」


「くっ、くそう、たかだか犬如きに……!」


 覚束ない足取りで入り口を目指し逃げ去ろうとする男に、黒狼はそれを許さず唸り言葉を紡ぐ。

それは人間の言葉に非ず、四肢を伸ばし姿勢を低くしたマサムネは、その身に宿す闇が解き放たれ更なる漆黒が周囲に仄めく


「やり過ぎだバカ犬ッッ!!」


 自らに”直接伝わる”力の波に跳ね起き、咄嗟に叫んだガルフォニクの言葉は耳に入らない、やがて完成した力を纏いマサムネは疾駆し逃げる男を眼前に捉えその名を吼える。


「奥義ッ―――――」


 しかし、放たれた言葉は断ち切られ、勢い良く飛び出たマサムネの表情が”それを見て”徐々に驚愕に染まっていく。


―――――んなッ、この力はッ―――――


 瞬く間に迸る紫色の閃光に貫かれ、鳴き叫び弾かれるように吹き飛ばされた姿にアズサとガルフォニクは黒狼の名を叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る