第七項-2
アンドロマリウスを封印した際の戦いによる怪我が酷かったクラムの回復を待って、皆は動き出す。クラムの手で封印の陣を描き力を込めた紙を皆が手にして、彼らはそれぞれルーフィルの領地を離れた。『ルーフィル』の名を行使し他の領地からも用意出来る人員を数人ずつそれぞれに付かせて。アーサー自身も、メシュティアリカや秋良、呉羽の協力のもと、クラムの魔法陣を手に城を後にする。
何せ個々が強い力を持っている悪魔が、封印が叶ったアンドロマリウスを除いてもまだ71体居るのだ。そしてそれぞれの悪魔が、いくつもの悪魔の軍団を率いている。それに、元々悪魔の対処は死神と契約をした自分の役目であった筈だからと、アーサーは自らが動くことを譲らなかった。
世界の各地に協力を仰げば、悪魔の災厄に困っているのはどこも同じで。悪魔を退ける方法があると知るなり快く手を貸してくれる領主は多かった。
それぞれの地で兵を借り、出陣と撤退を繰り返しながら悪魔との戦争は激化していく。その過程で人々は、多くの土地とヒトを滅ぼされ、失っていった。
それでもクラムたちは、決して諦めることはしなかった。
「『天の眼の届くところに我は在り、心の満つるところに力在り。汝立つところに黄泉は開く。落ちよ神の
杖を掲げたカムラが唱えた呪文に、精霊たちが反応し集まる。黒い雲が渦を巻き、その中心が光ったと思えば、巨大な鋭い剣のようにまとまった電撃が、悪魔めがけて勢いよく振り落ちた。
「『止まれ』!」
黒い馬にまたがった戦士の姿をした悪魔――序列66番のキマリスは素早く避けようとしたが、レカから放たれた『声』にほんの一瞬、動きを封じられる。だがそれも、雷の刃が届くまでの時間稼ぎには足りない。
ダメか、と次の詠唱に入ろうとしたカムラは、キマリスが率いてきた他の悪魔たちの動きがおかしいことに気付いた。
「レカ、あっちの悪魔なら操れる?」
「え?」
これまでは長である72柱を先に何とかしようとして、見向きもしていなかったそれらの率いる軍団の方。長さえ封印出来ればどうとでもなると思い、クラムの作ったその場凌ぎの魔術で各街への被害を止めることしかしていなかった。
長に対してレカの『声』が一瞬でも効果があるなら、それよりも格下の悪魔たちにはもっと強い効果が現れるかも知れない。
「なるほどね……やってみるわ」
キマリスが雷の刃をかわして体勢を整え直すまでの間で、他の悪魔たちを見てはカムラの言わんとすることを察したレカは、すぐに対象を変えた。
相手の数が多ければ多いほど、一声では届かない。だからアーサーは、レカに唄をも教えた。ましてやこれは後で気付いたことだが、レカの声はよく伸びる。空に響き遠くまで届く歌声で、数ばかりのそう強いわけではない悪魔たちなら操れる可能性は高い。
――悪魔たちよ、お前たちの主を止めなさい。
唄に、力を乗せる。レカを止めるために襲いかかるキマリスは、カムラの指示で兵たちが集まっては止める。更にレカの『声』で操られた悪魔たちもキマリスの動きを止めるよう絡みついた。
今だ、と、カムラはクラムに渡されていた魔法陣をキマリスに向けて発動させた。キマリスの足元に陣が浮かび上がり、光の糸がその身体を縛っていく。姿を変えて逃げられる前に封印を施さなければ。
「ソロモンの名と血に於いて、契約締結の儀を行う。悪しき悪魔に封印の枷を。『ソロモンの鍵』の内に眠りたまえ」
呪文によって完全に発動した魔法陣はキマリスにも止めることは出来ず、変化も間に合わずに陣に吸い込まれていく。そしてすうっと、そのまま姿を消した。後に続くように、他の悪魔たちも忽然と姿を消し、ようやくこの場での戦いが終わったことに、兵たちもレカもカムラも安堵した。
すいっと、レカは横目でカムラを見る。これがあの、いつもぼうっとしていたカムラなのだろうか。リジーと出逢った辺りから、カムラはしっかりし始めた。彼が起こす奇跡が、決して偶然なものではなく、今回のように計算しつくされたかのようなそれへと変わっていった。時折昔のような気の抜けるような仕草や言葉が戻ってはくるものの、まるで別人だ。
戦場にリジーが出てくる時は尚更、それが顕著に現れた。いつだったか、二人が結婚するという話になった時には元孤児仲間たちの誰もが驚き、そして同時に納得もしたものだ。子どもが生まれてから、リジーは戦場に立たなくなった。カムラが止めたらしい。
誰よりも子供っぽかったカムラが、誰よりも先に親になってしまった。戸惑いもしたが、祝福もした。仲間の幸せは嬉しかった。
(だけど、じゃあ、わたしは……?)
想う相手は居る。だがそれを伝えることも出来ないまま何年も過ぎた。戦いの中に身を投じているからと、いつ
まだほんの数体ではあるが、今のところ悪魔の封印は順調に進んでいる。勇気を出すなら……。
ぐっと、レカは身体の影で拳を握り締めた。
悪魔が全て封印され、戦いが終わった時。その時に、彼に積年の想いを告げよう。それさえ出来れば、きっとどんな結果になっても後悔は無いだろうから。
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